22 神 千里の日常 -6-

「腑抜けた顔だな。」


 ロビーのソファーで前屈みになってると、隣に高原さんが座った。


「…早いっすね。」


 時計を見ると、七時。

 て事は…俺はもうここに、二時間以上こうやって座っている事になる。



 …昨日、じーさんちで幸せそうな千秋と知花を見た。

 何てことない。

 知花が俺の兄貴と仲良くしてるだけだ。

 …そう思えるはずだったのに…


 朝霧との事だって、そうだ。

 あいつは、知花と子供達の面倒を見ていてくれた。

 SHE'S-HE'Sのドラマーとしても、なくてはならない存在。

 信頼できる奴だ。


 なのに…


 俺は、カンナの涙を信じた。

 その結果…知花を傷付けた。


 だが、夕べ知花に対して咄嗟に出た言葉は…本音だったのかもしれない。

 俺はずっと、自分が出来なかった事をした朝霧に嫉妬してて…

 千秋にも…自慢の兄貴だと思いながら、知花が出来る男に揺らぐんじゃないかって…



「あー…もう、自分の器の小ささに落ち込んでました…」


 そう言いながら、膝に肘をついて顔を乗せる。


 …やっと…知花と子供達を取り戻せたのに…

 何やってんだよ俺は…



「そうか。知花の事で悩んでるのか。」


「…何も言ってないっすよね…」


「見てりゃ分かる。」


「……」


 顔だけ向けて高原さんを見ると、吹き抜けを仰ぎながら…何か考えているような横顔。


「今日、昼前にアメリカに発つ。」


「…はい。」


「来週帰るから、その翌週にイベントでもするか。」


「…はい?」


「最近みんな何もやってないから、ストレス溜まってるんだろうな。」


「え…えーと…」


 ま…また、この人は…!!


 ビートランドでは、年に一度…創立記念日である8月13日に周年イベントがある。

 そして、クリスマスは遊んでもいい日という事で、その日にもちょっとしたイベントがある。


 それ以外は、高原さんが気まぐれで何かを企てるが…

 来週帰国して、その翌週…!?


「二週間後に何かをするって事ですか?」


 さすがに無理だろ。と眉間にしわを寄せると。


「二週間後?んー…十日後だな。」


 高原さんは笑顔。


「と…」


「しっかり鍛えとけ。発つ前にそれぞれの部署に企画書を回しておく。」


「はい…?」


「リハと録音だけじゃあな。マノンとナオトからも、何かしたいってうるさく言われてたし、ちょうどいい。」


「……」


「じゃ、ちょっと段取りして来る。腑抜けてる場合じゃないぞ。」


 呆然としてる俺の背中をポンポンと叩いて、高原さんはエスカレーターを上がって行った。


 ただでさえ忙しいのに…

 自分で仕事を増やしてどーするんだ…あの人は。



「……ふっ。」


 十日後か。

 確かに腑抜けてる場合じゃない。

 着替えて走って来るか。



 立ち上がって軽く体を伸ばす。

 ルームに行こうとエスカレーターに乗ると、にわかにエレベーターホールが賑やかになった。



「十日後!?マジか!!」


「血が騒ぐぜー!!」


「もう来てるスタッフ集めろ!!」



 ……朝一で来たのか残っていたのかは分からないが。

 すでに連絡が回ったらしいスタッフが走り抜ける。


「あっ!!」


 その中の一人が、俺に気付いて戻って来て。


「神さんっ!!きっきき聞きましたか!?」


 目を爛々とさせて言う。


「ああ…高原さんの無茶ぶりな。」


「あはは!!無茶ぶりですか!!でもここでF's観れるチャンス、そうないんで楽しみです!!」


「…そっか。」


「俺らも張り切りますんで!!楽しみにしてて下さいっ!!」


 ガッツポーズをして走って行くスタッフの背中を見て、腑抜けてた気持ちが飛んだ。


 帰ったら…知花に謝ろう。

 そして、カンナと千秋…


 二人にも、ちゃんと話をしよう。

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