第9話 友人の忠告

 早朝、腹を減らしてまだ開いていない食堂の扉の前でたむろっていたギルフォードとルイスに、かたい声が投げつけられた。


「ちょっと、あんた達」

「あ? ……っと」


 そこに女性の姿を見てとったルイスは、微動だにしないギルフォードと違い、すぐさま人当たりのいい表情を浮かべた。


「やぁ、ステラ、おはよう。今日も綺麗だね」


 にっこりと笑顔で挨拶したルイスだったが、庶民組の女騎士、ステラの表情は険しい。

 ツカツカと近付いてくると、首をかしげたルイスと隣で茫洋としているギルフォードを順々に睨み付けた。


「言っとくけど、ヴィラローザって、性格悪いの」

「……は?」


 そして、聞いてもいないのに首狩り魔こと、ヴィラローザの悪口を吐き出したのだ。


「そりゃあ、もう、すごいの。――まず、あの子は自分が一番じゃないと気が済まない、お山の大将気質でしょ。そもそも、自分が一番強いって信じて疑ってない自信家だし、男に負けるはずが無いっていう謎の上から目線で見下し気質だし……アレよ、手の施しようがない感じなの」


 それは、大多数の人間が抱いている、ヴィラローザ・デ・エルメの印象だ。

 それなりに親しくしているはずのステラにまで、ここまで貶めされるとは、自分の予想よりも遙かに性格が悪いのかと戦いたルイスとは反対に、無関心風だったギルフォードの目は剣呑に細められる。


「……ヴィラローザは、自分に正直に生きているだけだ」

「正直だったら、なんでもいいって? そんなわけないでしょ。……正直者で成功できるなら、ヴィラローザはもっと上の立場に行ってるわ」


 きゅっと、不機嫌そうにステラの眉が寄る。

 彼女がわざわざ声をかけてきたのは、ヴィラローザの悪評を吹き込むためでは無い。


「あんた達は男だから、一夜の過ちだとか一晩限りの相手だとか……そういうのも、勲章やら甲斐性やらで片付けられるんでしょうけどね……――女は、そうはいかないの」

「……あ~……食堂の……。あのさ、ギルフォードの言葉が圧倒的に足りなかっただけで、別にそういうことを匂わせて、彼女を嵌めようとしたわけじゃ……」

「あんたには聞いてないわ、ルイス」


 きっとキツイ視線を向けられ、ルイスはすごすご引き下がった。

 どうにかしろと、隣のギルフォードの脇腹を小突く。


「……最初はこっちだって、あのヴィラにもようやく春が来たって思ったわ。……でも……あの子、日に日に落ち込んでいくんだもの。――なんとか吐かせたのが昨日よ。……よりにもよってあんた達……人違いで、あの子に散々迷惑をかけたそうじゃない!」


 ルイスは、ステラがわざわざ怖い顔で話しかけてきた理由を察した。

 それも、人が少ない早朝の――まだ開かない食堂の前で、だ。


「いや、それ誤解――!」

「だから、あんたは黙ってなさいってば、ルイス! あたしは、この男に言ってるの!」

「……なんの話だ」


 ギルフォードが、短く言葉を返す。

 すると、ステラは焦れたように首を左右に振った。


「今の流れで察しなさいよ! あんた達のせいで、ヴィラはここ最近ずっと上の空なの! それなのに、あのピカピカ変態野郎に目を付けられて……! 何かあったらどうするのよ!」

「いや、首狩って終わりじゃないか?」


 ルイスは、あの首狩りお嬢さまが勝利する場面しか描けなかった。

 なので、ごく当たり前のように平然と答えてしまう。

 しかしそれは、女子特有の連帯感の前では、火に油を注ぐようなものだったらしい。

 ステラがますます眦をつり上げた。


「ヴィラをなんだと思ってるの!」

「なにって……首狩り魔」

「その通り!」


 身も蓋もない答えだが、ステラもはっきりと同意をしめす。

 だが遅れて数秒、慌てて我に返った彼女に、ルイスは「馬鹿」と罵られた。


「ひどいなぁ。……でも、ヴィラローザなら心配する必要ないだろう? なにせ、このギルフォードと並び称されるような女だし」

「あんたって……ほんっと貴族相手だと態度が冷淡よね」

「いや、この場合は、本当にヴィラローザの力量から見てなんともないって思ってるからで……」


 嫌味でもなんでもなく、純粋な力量を測って答えたというのにすげなくされ、ルイスは情けない声で弁明する。

 だが、ステラはもういいと押しのけ、ギルフォードを睨んだ。


「あんたもそうなの? ……こいつと、同じ考え?」

「――…………」


 ギルフォードは、ステラの質問に答えなかった。


「どこだ?」


 質問に対して、言葉の足りない質問で返す。


「は? どこって……?」

「どこにいるか、言え。殺してくる」


 ――は……?


 ルイスとステラの呆気にとられた声は、奇しくも重なった。

 お互いの声で我に返り、ギルフォードの言葉を聞き違えた訳ではないと目配せし合う。


 そして――こういう場面では、常に貧乏くじを引きがちなルイスが、今回もやはり声をかけるはめになった。


「ぎ、ギルフォードさ~ん? ちなみに、どこのどちら様を殺りに行く気でしょうかね?」

「ピカピカ変態野郎」


 即答された。

 ルイスは頭を抱え、ステラは「なにこの人?」と視線だけで語る。


「……そのピカピカ野郎は、誰だが分かって言ってるのか?」

「知らない。だから、詳しい情報を教えてくれ、今すぐにだ。今朝のうち速やかに始末するから」

「……お前って奴は……なんでこう……! いっそもう、暗殺者にでも鞍替えしろよ……っと、いまの無し無し、本気にするなよ! 絶対だからな!?」


 言ってしまってから、ルイスは慌てた。

 冗談がまったく通じないのがギルフォードだ。本気にされたら困る。最強の暗殺者が誕生しそうだ。それこそ、冗談では無い。


「ピカピカ変態野郎っていったら、デザメールに決まってるじゃない。あんた、知らないの?」

「ステラ! 君も、なんでこの状況でバラすかなぁっ!?」


 さてどうやって話を誤魔化すかと、ルイスが頭をひねったところで、横で胡散臭そうに二人を見ていたステラから情報が暴露される。


 デザメール。


 その名前を聞いた瞬間、ギルフォードはかっと目を見開いた。


「……そうか。あの男か……」


 吐き出された低い声からは、不穏なものしか感じない。

 さすがにステラも、不味い事をしたと気付き顔を強張らせる。


「……やっぱり、あの時すぐに殺しておけばよかった」


 あの時とは、どの時なのか――野暮な問いなど不要だった。デザメール自身が、かなり脚色して広めた男子寮での一悶着を示しているに他ならない。


「ダメだ、やめとけギルフォード! 相手が悪すぎる!」

「……ヴィラローザが狙われているんだろう? ――ならば、始末する」

「ちょっと、ヴィラが狙われたのは誰のせいだと思ってるのよ!」

「なに?」

「あんた達でしょ!? 人違いであの子に付きまとって、困らせて……変な噂で変態野郎が調子に乗ったんじゃない」

「人違い? 何のことだ?」


 そこで三人は、探るように視線を交わした。

 ステラにしてみれば、ようやく目当ての人物と会話が成立したに等しい。

 数回瞬きをした後、真意を確かめるように口を開く。


「……ヴィラのこと、本気なの?」

「本気とは?」

「あの子の事、本気で好きなのかどうかって聞いてるの! ……誰かと間違えているとか、ない?」

「無い。俺が、彼女を見間違えることなど、絶対に有り得ない」


 ギルフォードの即答に、ステラは閉口した。そして、難しい顔で考え込む。


「ステラ、もしかしてなにか行き違いがあるんじゃないか?」


 これまでの会話の流れから察したルイスが、根本を指摘する。

 ステラも、同じ事を考えていたのだろう。


「……だよね。なんか、そんな気がしてきたわ」


 眉を下げると、肩をすくめて見せた。


「ヴィラ、あんたが人違いで自分に迫ってきたって思ってるみたいだよ」

「なぜだ」

「自分で聞きなさいよ、そんな事。……なんでもかんでも、べらべら答えると思ってるの? 言っておくけど、あたしはあんたの味方じゃなくて、ヴィラの味方なんだから」

「そうか、わかった」


 ギルドフォードは、あっさりと頷いた。

 あまりの引き際の良さにステラは怪訝な眼差しを向ける。

 しかし、彼はそれを気にも留めず歩き出した。


「お、おい、ギルドフォード? どこ行く気だ?」

「女子寮には入れないわよ!」

「女子寮には行かない。……ヴィラローザの顔は見たいし、聞きたいことも言いたいことも沢山あるが……――今は、まず片付けるべき物がある」


 最後の一言に、ルイスとステラは、忘れていたことを思い出した。

 二人の中では、話題がそれて終わったものだと思っていたのだが……――ギルフォードは、残念ながらしっかりと覚えていたらしい。


「デザメール……。ヴィラローザが目を覚ます前に、この世から消えてもらう」

「待て待て待て待て待てぇーっ!!」


 慌ててルイスはギルドフォードの肩を掴んだ。


「はぁ!? ちょっと……! なに怖い事言い出すのよ! あんたが馬鹿な真似したら、またヴィラローザが巻き込まれるでしょ! あの子、ツンケンしてて自信家で手の施しようがない性格の悪さだけど、年相応に繊細な所がある女の子なんだから、これ以上困らせるんじゃないわよ!」


 動揺のあまりか、ステラは友人を貶めているんだか、心配しているんだか分からない内容で、思いとどまるよう説得する。

 それでもずりずり歩いて行く男の背中に、ステラは深刻な声音を投げつけた。


「――本当にやめて、ギルフォード。……ヴィラはどれだけ強くても、女の子なんだよ? これ以上好奇の目で見られたら、あの子だって傷つくわ」


 問答無用だった男の足は、たった一人の名前が出ただけで、ぴたりと止まった。

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