拾陸 古の宝剣



木の幹が、蔓が如く編みこまれたトンネル。

そこを少し歩いたところで、二人は広間に出た。

数センチ程の浅さの水が張られた円状の空間。

天からは太陽の光が降り注ぎ、それに射止められるようにして、中央にはたった一本、古く錆びついた剣が、地面に刺さっていた。


「ここ…は…?」


ユウがそう言葉を零す。


「綺麗な場所…——ユウ?」


感心の声を漏らすスノーとは対照的に、無言で歩き出すと、ユウはそのまま中央に佇む古く錆びた剣の前に立った。

スノーも少し遅れて、駆け足で彼に近寄る。


「これは…まさか…」


「……?」


いまいちピンとこない様子のスノー。

その彼女を他所に、ユウは静かに手を伸ばす。

それを眺めるだけのスノーだったが——


「!?」


一瞬、なにかを感じ取ったスノー。

どこでもなく、この錆びついた剣から——悪意を。


「待って!」


「?」


スノーが声を上げると同時に、ユウはその剣に・・・・触れていた。・・・・・・


「ッ!」



これは....!?



自分の何かが吸い取られて行く感覚。

それを感じ取り、すぐさま手を離そうと試みるが、なぜか離れない。

いや、離せない、離そうとできなかったのだ。


「くッ…!?」


「ユウ!」


間も無くして、ユウは意識を失う。

錆びついた剣は既に消え去っており、ユウだけが横たわっている。

だがスノーはそれに一切の意識を傾ける事なく、彼の肩を揺さぶった。


「ユウ! 大丈夫!? ユウ!」


しかし、返事は無い。

すぐに口に耳を近づける。


「スー…スー…」


僅かに聞こえてくる、寝息。

それに、スノーは安堵した。


「ッ…!」


それも束の間、突如変わり果てた辺りの様子に、スノーは刀を構える。

綺麗な円柱状に形成されていた壁の、その岩肌はだんだんと消え去って行き、木々へと変化して行く。


そして、茜色の光がスノーを照りつけた。


「これは…結界が解除…された…?」


「グルル…」


「ッ…」


木々の隙間から垣間見える黒肌。


「ハイオーク…」


——ハイオーク.....それは、古代林、その深層にて形成された極めて過酷な環境に対し対し進化を見せた“オーク”の上位種に当たるモンスターである。

その性質上、性格は非常に獰猛且つ好戦的。

人里近くに出没した際は、すぐさまその討伐依頼が出される物だった。


「ッ…」


スノーの眉間にシワが刻まれ、こめかみより汗が滴る。

それはハイオークに遭遇したからでは無い。

——彼のその背に、大量のハイオーク達が居たからであった。


「こんな数…なんで…——ッ! まさか....!」


スノーは一瞬、ユウに視線を落とす。



——ユウの魔力が枯渇して居ない....

間違いない、ユウの魔力に惹かれたんだ.....近くに天敵になりそうなモンスターがいない.....

そして人間の魔力反応が二つ、しかも片方は気絶してる....向こうにしてみれば、格好の獲物ってことか…!



スノーが刀を上段に構えた。


「グルァアアアアァァア!」


先頭のハイオークが叫び上げると、一斉にスノーに襲いかかった。


「スゥ…」


スノーが一つ、息を吸い込む。

そして——



バサッ…



すれ違った途端に、数体のオークの、その首が宙を舞った。


「グリィ…!」


ハイオーク達がその足を竦ませる。



ヒュンッ



「!」


空を切り裂く音が響き渡った。

それに彼等はジリジリと後退していく。

そして——



ドォンッ!



「ッ!」


突如響き渡った轟音。

それと共に、ハイオーク達が炎に攫われていく。


「今度は....!?」


「ギュルオォォォォオォオオオオ!!」


「ッ......」



視線を上げたスノーを、今度は大咆哮がその耳を劈いた。

その声の主に、スノーの刀を握る手にさらに力が入る。


「荒くれの蛮竜…ワイバーン…」


小さくそう呟くようにそう言う。

しかし、眉間にシワを刻んだ彼女は、その口を開いた。

瞬間、駆け抜ける旋風——


「——————!!」


掻き消された声は、しかしワイバーンには届いたはずだろう。


「ギュルオォォォォオオオオ!」


だが、その言葉にワイバーン達はこれと言った反応を示すことはなく、威嚇と見受けられる咆哮を返す。


「やっぱり…わからないんだ…」


「じゃあ....仕方ない。」、そう続けて、スノーは刀を構えた。

そして、また聞こえぬほど小さな声で、なにかを口ずさむ。

そして——



ヒュンッ



空を裂く音。

共に舞い上がる鮮血は、ワイバーンの羽先の爪を切り落としていた。


「ギュルオォォォォオオオオ!!」


ワイバーンが断末魔の咆哮を上げ、数本後退する。


「ッ.....」


しかし、スノーはそれに表情を曇らせた。



——遅い…魔力の限界が近いんだ…



ワイバーンが口を大きく開ける。

するとそこに魔方陣が形成され——


「ヴァアッ!!」


そこから複数の火球が放たれた。

それがスノーと、その周辺に直撃し、爆発が巻き起こる。

チリチリと後に燃え盛る炎、それに照らされながらワイバーンはその様子を見ているだけだったが——


「ッ!?」


突如火を破るようにして駆け出してきた白髪しろかみの少女にひるむ。

そして一歩、反応が遅れてしまった。



ヒュンッ



ワイバーンの反応を一切許さずに一瞬で振り切られた一刀。

それは、ワイバーンの堅殻の隙間を縫い、その下の筋肉を両断し、骨の隙間を縫って、そして——その首を落とすに至った。


「……」


刀を一つ素振れば、血に叩きつけられた返り血が弧を描く。

そうしてワイバーンの亡骸を眺めるスノーは、どこか悲しそうな目をしていた。


「ギュルオォォォォオオオオ!」


「ッ…」


しかし、その空間は一つの咆哮で壊れ去った。


「!?」


上空を見上げたスノーがその目を丸くする。

茜色に染まる空を悠々と飛び回る十数もの飛竜、それにだった。


「まさか…群れだったの…!?」


「ギュルオォォォォオオオオ!」


再びの咆哮、それと共に急降下した全てのワイバーン達。

スノーが再び刀を構える。



ドンッドンッドンッ



全てのワイバーンが地に足を着け、スノーを取り囲んだ。


「————!」


叫んだ言葉は、しかしまたも風は吹き付ける。

ワイバーンの相変わらずと言った様子に、スノーはこめかみから汗を滴らせた。


「やっぱり…半分だけじゃ…!」


その言葉に、悔恨の意が篭る。


「わからないんだね…!」


そして、スノーは向けられる敵意に対し、踏み込むのだった。


——一閃。

まさにそう呼ぶに相応しい彼女の剣撃は、次々にワイバーンの足を、爪を、翼を、そして首をを斬り落としていく。

だが、彼女がその刀を一振りする毎に剣速は徐々にと鈍っていくようだった。


「ハァ…ハァ…ハァ…」


一体どれほどが経っただろうか。

刀を杖代わりに片膝をつき、肩を上下させるスノーの姿があった。

既に十を超える遺体が地を横たわっている。

しかし、それでもその数は、元の半分程度だった。


「うっ.....!」


突然の強い疲労感、それは頭痛を伴い、メキメキと言った音が頭に響き渡る。

そして、彼女の頭に、黒い、髪飾りの様な物が出現——否、生えて来たのだった。


「ああ…解けちゃった…」


一言そう呟いたスノーが、力を振り絞り、立ち上がる。


「ッ…!」


しかし、その動きが止まった。

同時にその巨大な口をこちらへと向けるワイバーン達。

そこには全て、魔方陣が浮かび上がっている。


やがて放たれる火球達。

それは、茜色の光と合わさり、彼女に死の実感を植え付け、そしてその視界を茜色に染め上げた_____





「…ぅ…ん…?」


ユウは、その目を覚ました。

辺りを見回すが、広がるのは闇、闇、闇....

ただただそれのみが広がっている。

僅かに、波紋を連想させる紋様がうごめくようにしているが、やはり一体ここがどこなのかという解には至らない。


「——俺は…確か…あの剣に触れて…——気を失ったのか…」


そう小さく呟いたユウは、その後上体だけを起こしただけで、暗闇だけを見つめていた。


「やあ、ボクの世界にようこそ。」


「!?」


突然の声、それにユウはすぐさま振り返る。

いつの間にか、身体も完全に起き上がっており、そして鞘のみが残った腰に手をかけていた。


すると、そこには一人の少女が立っている。

黄金色に妖しく輝く髪を腰まで伸ばし、真っ白なワンピースを着ている。

歳は十四、五歳と言ったところだろうか。

ユウは、それにゆっくりと口を開いた。


「お前は.....? ここはどこだ.....?」


その言葉に、軽く口角を上げた少女、そして彼女は口を開いた。


「むかーしむかし、あるところに、一人の男がいました。」


「……?」


突然そう言い放った少女、ユウは何のことかわからず、ただただ見つめる。


「その男の剣さばきば正に天下無双のごとく。あらゆる称号を欲しいがままにし、やがて彼が国を治めると、世界中のあらゆる場所から、一切の戦争が消え去ったと言います。」


「一体なんの話だ、俺が聞いてるのは——「彼はその身一つで神の領域にすら達し、最弱の種、ハリスでありながら剣の神にまでなり上がりました。その神の名は——」


「ヨハン。」


ユウがそう言った。

そして続ける。


「それがどうした? 誰でも知っているようなおとぎ話だ。一体なにが言いた——


少女が指を一本たてて、ユウの言葉を遮る。


「話はまだ終わってないよ。」


「……」


ユウの黙り込んだ様子に、少女は満足そうに微笑むと、再び口を開いた。


「しかし、彼が神に成り上がると、《ヨハン》という抑止力を失った世界は、今か今かと待ちわびていたかのように、戦火に包まれました。各地で戦争が起こったのです。そして、王ヨハンの後を継いだのは彼の親友、カーサスでした。」


「そこも知っている、御伽噺をしに来ただけか? お前は。」


「だーかーら、まだ終わってないってば!」


頰を膨れさせ、そう言った少女に、ユウは溜息を一つ吐くと、再び黙り込む。

すると少女はまたニッと笑い、口を開いた。


「しかし、カーサスの継いだ国は、様々な大国に攻め入られ、僅か一週間と経たぬうちに陥落してしまいます。これに憤慨したカーサスは、親友ヨハンが握っていた、二振りの刀を手にしました。」


「?」



国が陥落ちた時、彼は死んだんじゃなかったのか…?」

それに二振り…?」

ヨハンは二本の剣を持ってたのか……?



ユウがそんな疑問を覚えたが、少女は構わず続けた。


「一つは疾風の如き風を纏い、一つは雷電の如きいかずちを纏うその剣を以って、彼は幾多の国をたった一人で攻め落として行きました。しかし、戦火の火種となっていた全ての大国を滅ぼしたところで、彼は気が付きます。これは無意味だと、天で自分を見守る親友が、こんな事を願うはずないと。——彼は、親友の剣が二度と穢されぬよう、それぞれを別の場所に封印し、自害しました。」


「……」


「そして、その剣の一つの名は——雷電。」


「——終わったか? ……それで、結局お前は何が言いたい?」


「だから、ボクの正体を明かしただろう?」


「は…?」


何を言っているんだと言わんばかりの表情をするユウに、少女が口を開く。


「雷電。それがボクの名前だ。」


「雷電?  ああそうか、英雄の宝剣と同じ名前とは、そりゃ大層な事だな。——付き合ってられん、俺はここを脱する方法を探す。じゃあな。」


「もー!」


「!?」


突然目の前に移動——否、瞬間移動した彼女に、ユウは動揺を覚えた。


「だからボクがその宝剣、雷電だって言ってるじゃないか!」


「はぁ? じゃあ証拠を——ッ!」


なにかを言いかけたところで、ユウはある事を思い出した。

途端、すぐさま少女——いや、“雷電”から距離を取る。


「まさか、ここは…!」


それに、にっと笑い、口を開いた。


「そう、御察しの通り! 固有結界だよ。」


やっと納得してくれた、そう嬉々としている彼女に対し、ユウはこめかみより汗を滴らせる。


——固有結界。

それは、“聖剣”や“魔剣”などと称される、精霊の宿った剣の、それも上位の物が創り出すことの出来る“別世界”の総称。

ただでさえ上位の者のみが扱えるとされる固有結界であるにも関わらず、彼女——雷電は、これほど広大な世界を構築している。


これは、それほど彼女が強大な力を有しているということに他ならない。

つまり、彼女が、彼女こそが英雄ヨハンがかつて握っていた宝剣に宿る精霊——雷電なのだ。


「——それで、何故俺はここにいる....?」


あくまで平静、それを装うようにして、ユウがそう言った。

雷電がその口角を上げ、口を開く。


「君がボクに触れたからさ。」


「——つまり、誰でも良かったわけか。」


「そ!  結構長い間封印されてたからねえ〜、お腹が空いてるんだ。」


「俺はお前の餌って事だな……英雄がかつて振るっていた宝剣。それは魔剣だったって事か?」


「ヨハンと一緒にいた時はまだ聖剣だったってば! ——まあ、魔剣の方こっちの身体も居心地は悪くないけどね。」


「——なにか俺に条件があるんだろ。まさか天下の宝剣様が、ただただ餌に対して自分の存在を示すだけの小さい事をする様な奴なんて事はないはずだ。」


「うん、まあ大したことじゃないんだけどね〜。——君を、ただ食べるだけじゃ面白くない。ボクが君に与える選択肢は二つだ。ボクとの戦いに勝ち、自分の物にするか。それとも、ボクとの戦いに敗れ、食い殺されるか。——まあ、後者になる事は確実だろうけど、門番オーガを殺したのは事実だし、期待はしても良いかな?」


「アレはお前の仕業だったのか…て事は、結界もか…それで、生きたきゃお前に勝て。それが条件だな?」


「そうそう!」


雷電がウキウキとしながらそう答える。


「……」


すると、ユウの目の前に、一本の剣が出現した。

光に当てると黄金色にその刀身が輝く、一本の刀だ。

ユウは、それを抜くと、正面で構える。

向こうでは、雷電が全く同じ刀を持って立っていた。


「これはボクの宿る剣を具現化したもの…君にはボクと一騎打ちしてもらう。それと、この世界じゃ魔法は使えないよ。」


「……」


その言葉に、試しにとユウは魔力を込めてみる。

しかし魔法が発動する気配は無い。

確認が済んだのを見て、雷電は口角を上げると、口を開いた。


「——それじゃ、かかってきて。」


「ああ…そうさせてもらう。」


ユウはそれを握り締め、踏みこんだのだった——

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