拾伍 異質な守護者


周囲に生え渡っている無数の木々達。

その中の一つ、半ばで千切られたように折られているそれは、モンスターの仕業だろう。

空洞の存在するそれは、切株の様に小さく佇んでいる。


浅く中を覗けば、そこから白い毛並みが確認できた。


「……」


「クゥン....」


手を伸ばせば、小さく泣きながら舌を出す。

その姿に、静かな微笑みを浮かべたユウは、呟やく様にして言った。


「——もう大丈夫だ…ありがとう、助かった。——じゃあ、帰ろうか。」


その横顔を眺めていたスノーの青い瞳は、その奥で口ずさんだ。



——へぇ…そんな顔も出来るんだ…



「——行くか。」


「へ? あ、うん!」


立ち上がりながら言われたその言葉に応答すると、少し遅れて彼女も、その後に続いた。


「……」


「……」


特に会話の続く事もなく、やはり彼らの間に流れるのは“沈黙”のみだ。

そして、いつもの様にこのまま街まで戻るのかと思われたが——不意に、スノーはその唇を開く。


「——ねえ、ユウ…」


「…?」


足を止めずに振り向いたユウ。

彼女は続けた。


「…あのサイクロプス…誰が召喚したと思う…?」


若干伏せ目がちにそう言ったスノー。

ユウは、少し考え込む様にした後、それに答えて見せた。


「——さあな。確かに召喚獣サーヴァントによる被害は少なくはないが……だが、この辺りだと聞いた事がない。」


「……」


無言でそれに答えるスノーの様子に、なにか心当りがあるのかと、ユウが口を開こうとした時、既に彼女が言葉を発していた。


「——私、もしかしたら…あの子が仕業かもしれないって…」


「——あの子…?」


ユウがそんな声を漏らすと、スノーはゆっくりと頷き、大きな躊躇いを持った様に続ける。


「ギルドの酒場で、私にオーガを討伐するように言ってきた…」


「どうしてそう思う…?」


「初めて、あのサイクロプスを見た時ね…一瞬、本当に一瞬なんだけど、赤黒いマントが見えた・・・・・・・・・・んだ。・・・


「——それだけじゃ、断定はできないだろ。」


「やっぱり違う、よね....」


「——さあな。だが…いずれにしたって、この事はギルドに報告する必要がある。また同等の召喚獣サーヴァントを召喚されたら、大きな被害が出るからな。」


「うん…」


再び、二人と一匹。

その間を沈黙が訪れた。

しかし、落胆する様にしている彼女に、ユウはその口を開いた。


「——仲良くしてみたかったのか?」


「……わからない。」


「…そうか…」


それを最後に、やはり訪れたのは沈黙だった。

そして歩く事数分——突然、ユウの前方を歩いていた狼がその足を止める。

その様子は以上であり、牙を剥き出し、そして威嚇をする様に唸っている。


「どうした…?」


ユウは、魔力の塊を前方へと飛ばしてみる。

すると——彼は凍てついた様に、しかしすぐに臨戦態勢に入っている。


「ユウ…?」


スノーが心配そうな声を上げた。

それに、ユウがようやく口を開く。


「気をつけろ! なにか…なにか来る…!」


「ッ…」


ユウが腰の純刀に手をかけようとした。

しかし、そこには刀はおろか、鞘すら残っていない。

ユウはそれに顔をしかめると、両腕から雷刃を形成した。

彼の背後では、スノーが腰の刀を抜いて正面に構えている。


「ッ!」



バリッ…!



突如、ユウが全員を覆うように雷の球を形成した。

それと同時に木々を薙ぎ倒して、何かが飛んでくる。



ドォンッ!



球に直撃し、真っ二つに折れたそれは、巨大な大木だった。


「グルォォォォオォオオォォオ!!」


間も無くして、響き渡る“咆哮”は、“それ”が飛ばされた方角だった。



ドスンッドスンッドスンッ…



一定の間隔で鳴り響く地響き。

やがて、それは姿を現した。


浅黒い肌に、全高4mを超える巨体、ガッシリとした体躯に、巨大な大剣を右手に持ち、頭からは禍々しく赤色に輝いた、一本の巨大な角が天に向かって聳えている。

その姿に、ユウは言葉を漏らした。


「オーガ…こいつが依頼対象の…!?」


「まさか…これも召喚獣サーヴァント…!」


その異様な様子に、スノーはそう声を漏らした。


「いいや、こいつは召喚獣サーヴァントじゃない…だが気をつけろ、明らかに異常種だ…!」


目の前に佇むそれは、やはり明らかに通常のオーガとは違っていた。

通常種は、縄張りに侵入したとしても警告なしに攻撃を加えるほど好戦的ではない。

また、彼等はこれほどの体高を有さない。


そして一際目を惹く頭上の紅い角は、これも通常種の物とは一線を画した。

すぐにユウは右腕を突き出す。


ドォンッ!!


放たれた黄金の光線だが、しかしユウはその表情を歪めて小さく言葉を漏らす。


「やっぱり…簡単にはいかないか…」


瞬時にそれを危険と判断したのか、オーガはそれを躱していた。

それを確認したユウは、殆どのタイムラグを無しに、右手から再び雷刃を形成する。


そして踏み込めば、蒼い稲妻は地を疾り抜け、彼へ追従した。

瞬間、差し込まれたヤイバは腱を捉えている。

しかし——



パリンッ…!



ガラスの割れたような音。

それと共に、オーガの足に触れた雷刃が、真っ二つに折れた。


「ッ…!」



ブンッ…!



オーガの振った大剣が、ユウの鼻先を掠める。

それに、思わず距離を取ると、右腕にチラリと視線を落とした。


「……」



折れたのは左だけか…右が残ったのは腱に正しく刃を差し込めたからか…?

いずれにしろ、恐ろしく硬い。

さっきのあれも、到底致命傷にはなり得ていないか……



「ヴァウォォォオォォ!!」


狼が遠吠えを響かせると、あたり一帯を蒼い雷が包み込んだ。

全く不規則に召喚されたそれは、突如一斉にオーガを襲った。



バチバチバチッ!



しかし、そんな音を立てながら、全てオーガの手前で消滅した。

オーガの周りを蒼白い球が包み込んでいる。

——魔法防御魔法だ。


「ヴァウ!」


しかし、狼はその内側に身体を滑り込ませる。

それに少しの動揺を見せたオーガだったが、冷静に振りかざされた大剣は、しかし狼を捉えることはない。

気づけば、その腕をよじ登ってきていた。

そして、狼はそのうなじへ牙を突き立てる。


「グォォ!」


オーガは少し暴れるようにしたが、すぐに、振り回されている狼の身体を掴むと、それを地面に叩きつけるようにして投げた。

だが、その身体は地面に叩きつけられる事は無く、宙を一回りし、去り際に一対の雷を飛ばした。

それはあえなく防御魔法によって弾かれるが——


入れ替わるようにしてその懐へと潜り込んだのは、今度はユウだった。

反応の遅れたオーガは、防御魔法内に侵入を許してしまい、足元への到達までも許してしまう。


ユウはそこに手を触れる。

彼の指の間から音を立てて黄金色の光が漏れ出でると同時に、触れられていたオーガの足からは鮮血が舞い散る。


致命傷に思われたそれに、しかしユウは眉間に刻まれたシワを一層に深くしている。



ヴンッ



鈍い音が空を切り、ユウの眼前を鉄塊が掠め取っていった。

軽く舌打ちをし、距離を取ったユウは静かに呼吸をしながら、“オーガ”を捉えている。



——全く効いてない…やはり、急所に全力を打ち込むしかない、か。——とは言え躱されるか、或いは防がれるだけ…——さて、どうしたものか…せめて武器があれば……



「?」


ふと、ユウの視界の隅にスノーの姿が写った。

純刀を片手に持ち、もう片方の手は首飾りを握りしめている。

そして、スノーがその首飾りを引きちぎった瞬間だった。


「グルルル.....!!」


「!」


突如オーガがスノーの方を向き、その大剣を振り上げた。


「ッ…」


スノーがそれを紙一重で躱す。

ユウはオーガとの距離を一瞬で詰めると、魔法防御内への侵入を試みた。

しかし——


「くッ....!」


今度はオーガの左腕が薙ぎ飛ばされたのだった。

それに再び距離を開ける。


「ユウ!」


スノーが声を上げた。

そして、刃の収められた純刀を彼に向かって投げ渡した。

狼がそれを口に咥える様にして受け取ると、ユウの元へと着地する。


「10秒だけ…10秒だけ、時間を稼いで!」



何をする気だ…?



その言葉にユウは思考した。



この状況下で彼女に出来る事.…——まさか、逃げ——



そこまで思考したところでユウは、軽くその口角を上げた。



——可能性は絶対じゃない。

もしかしたら、本当に逃げるかもしれない。

でも…彼女なら——彼女なら大丈夫だ、そんな気がする…



「——わかった、10秒だな…!」


そう答えると、ユウはその白刃を現した。


「——手を貸してくれ、奴の注意をこっちに逸らすんだ。」


その言葉に、狼は当然と言った様子でその牙をオーガに向けた。

ユウはまた、口角を上げる。


「グルォォォォオォオオ!」


オーガが咆哮を上げるが、しかし二人は怯むことはない。

相手に動きを捉えられないというのは理解している、彼等は一気に踏み込んだ。


「ヴァウ!!」


狼より放たれた四、五程の雷球。

それはユウの背を通り、彼の眼前に聳える防御魔法に突き刺さった。


「ハァ!!」


それと同時にユウは刀を突き出す。



パリンッ!



——防御魔法で、物理と魔法を同時に防ぐ事は極めて困難な行為だ。

それゆえか、ガラスのように砕け散った“それ”に、ユウはさらに踏み込んだ。

そして——その刃を差し込む。


「グルォォォォオォオオ!」


脚を切り刻まれたオーガは激痛のあまり叫びを上げると、遂に倒れる。

しかしその寸前ですらも、右手の大剣をユウへと叩きつけた。



ドンッ…!



再び鉄塊がユウの眼前をかすめた後、地面へと叩きつけられ轟音を立てる。

しかし今度はその隙を見逃さない。

一歩、前進し——斬りつけた。


「グルォォォォオ!!」


オーガは断末魔の咆哮を上げる。

それと共に、鮮血と、彼の親指が宙を舞った。



ドスンッ…



堪らず腕を引っ込めたオーガに、ユウはすかさず追撃を試みた。

しかし——


「くそッ....」


斬りつけた後、素早く距離を取ったユウ。

今度も、その眉間には深いシワが刻まれていた。



——浅い…指くらいならまだいけるが、肉の厚く、骨の太い部分にはまるで刃が通らない....!



「グルルル.....」


「!」


突然、オーガがユウに背を向けた。

そして走り出した先——そこには、スノーが立っていた。


「まずい....!!」


ユウが駆け出す。

だがもはや間に合わない。

オーガは、振り上げた拳をスノーへと振り下ろす。

そして——


宙を舞ったのは鮮血と、その真っ黒な拳だった。


「!?」


「グルォォォォオォオオ!!!」


手を失ったオーガが断末魔の咆哮を上げる。

何が起こったのかと、スノーの方へ視線を移すと、その手には——一本の刀が握られていた。


鍔は拵えておらず、柄は銀に輝いている。

反りは存在せず、所謂直刀だ。

さらに、彼女の蒼に靡く髪は、次第に色素を失って行き、真白に輝く。


「——雪…みたいだ…」


思わずそう呟いた後、なにかを問おうとした。

しかし、口角を上げたユウはそれ以上なにも言わなかった。

その刀がなにかを知っていたからだった。


髪のことは知らなかったが、やはりユウは一切なにも問わなかった。


——お互いに詮索し合わない。

これが、互いの秘密を共有する、彼等の関係だったからだ。


そしてなにより——彼女を信じて良かったと思えたからだった。


「伸びきった筋肉と…靭帯に…関節…そこを通せば、どれだけ分厚い筋肉を備えようと、どれだけ太い骨を持とうと——斬り落とせる。」


「なるほど…」


苦笑しながらそう呟いたユウは、オーガを斬りつけながら彼女の隣へと立つ。

その一切は浅い物だったが、しかし牽制にはなったのだろう。

距離を取ったのは、今度はオーガの方だった。


「——あいつの首を切り落とせるか?」


「ッ…——なにも....聞かないの....?」


意外というその表情にユウは答えた。


「詮索は無しだ。それが俺たちだろ?」


スノーは、それに一つ、笑みをこぼす。

そして、口を開いた。


「——出来る。でも——刀が届かない…」


「刀が届けばいい訳だ——奴の脚を潰す。その後は頼んだぞ…」


「——うん、わかった...!」


「もう一度付いてきてれ....!」


「ヴァウ!!」


刀を握る手に力を入れ、ユウは、狼と共に再びその距離を詰める。

すると、オーガは親指を失ったその掌を前に向け、防御魔法の力を高めた。

ユウはそれに表情を歪めるが——


「右が薄い!」


背から放たれたスノーの言葉、それに、また口角を吊り上げた。


「聞いた通りだ....!」


その言葉に、狼乗せより放たれた雷球が防御魔法の右側を貫いた。

同時に、ユウも刀を突き出す。



パリンッ!



再び砕け散る防御魔法。

足元に入ったユウは、その右足のみに斬りかかった。

次ぐ二手、三手——怒涛の如く刻み込まれる刃は、まさに乱舞と言ったところか。



パリンッ…!



しかし、その音を最後に刀は中心から真っ二つに折れる。


「くッ…!」


だが、それが最後の一手にはならない。

ユウが素手で掴み取ったそれは——宙を舞っていた刃だった。

そしてそれを硬く握りしめると、オーガの右足に突き刺す。



ドォンッ!!



響き渡る轟音と、黒い皮膚の隙間から漏れ出た黄金の閃光。

それは、オーガの右膝から下を蒸発させた。


「グルォォォォオォオオ!!!」


響き渡る断末魔の咆哮。

遂に、オーガは倒れた。


「ッ!」


そして頭を上げたその先に佇むは——白銀の刀を上段に構えるスノー。


「スゥ.....ハァ.....」


一つ、呼吸を行う彼女。

オーガはそれに最後の手と、頭の大角をスノーへと突き立てようと試みた。

しかし——



ヒュンッ



何者の追従も許さず、文字通り、一瞬で振り下ろされたスノーの刀。

それは、空を切るのみの音を立てる。

オーガの動きが完全に止まった。

そして——



ザッ……



ホロリと、地面に転がり落ちた“頭”。

間も無くして首から血の噴水が涌き出で、オーガの身体が完全に地についた。


「————」


その間近にいたにもかかわらず、その身体には愚か、刃にすら血の一切をつける事なく佇むスノー。

白銀に染まる髪をなびかせた彼女は、小さくなにかを呟いたのだった。


「——大丈夫か?」


「うん、なんともないよ。」


「——すまない…」


そう言いながら、ユウは真っ二つに折れた刀を彼女に見せる。

しかし、それに小さく微笑んだスノーはそのまま唇を開いた。


「——大丈夫だよ、入門用のものだったし。」


「入門用、ね。どう見ても達人のそれだったが?」


「わかってるくせに…」


「ああ、大体はな。」


ユウが笑みをこぼす。

それに、スノーもまた笑みをこぼした。


「お前もよく頑張ってくれた…ありがとう。」


片膝を落とし、狼の首筋を優しく撫でると、一吠えした後、彼のその身体は雷となり、やがて消え去った。

それを最後まで見届けたユウ。

彼が立ち上がると、スノーは一つの疑問を問いかけた。


「——それにしても…このオーガは…」


「希少種……なんだろうが、俺の知る限りでは記録にこんな奴はいない。すぐギルド帰還して、提出すべきだろう。」


「ああ、えっと…それなんだけど…」


「どうした?」


気まずそうに声を上げたスノーに、ユウは疑問符を浮かべる。


「ここ…なんだか結界が貼ってあるみたいなんだ。」


「結界?」


「うん、なんとなく、なんだけどね。感じるんだ…——でも、だからジョフさんも私達を見つけられなかったんだと思う。」


「結界、か…」



確かに、俺たちがこいつに出会う前に、ジョフが片付けていてもおかしくないはずだ。

そもそもあんなに強大な魔力を有しておきながら、俺もあの距離まで来てやっと存在に気がついた。

あの辺りで結界内に入ったわけか…



「でも結界なんて、一体誰が…? こいつは使役されているような奴じゃなかったはず…」


「わからない…さっきの召喚獣サーヴァントと同じとも思ったんだけど……」


「まあ、違うだろうな。これは人間の仕業というよりも、どちらかといえばモンスターの——


言いかけたところで、ユウはあるものを発見した。


「ユウ?」


「——なあ、こんな道....あったか?」


彼が発見したのは、薄く光る木の幹が複雑に編みこまれるようにして出来たアーチ、それで形成されたトンネルだった。


「無かった....と思う....」


「——行ってみるか。」


その言葉に、スノーが小さく頷く。

それに、ユウ達はトンネルへと足を踏み入れたのだった。

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