拾肆 古代林の召喚獣


「!?」


木々の間を駆け抜けて、茂みからスノーの場所へと辿り着いたユウは、その先の光景に驚愕した。


先に到着していたはずの雷狼種。

それは、頭部より血を流しながら、ぐったりと横たわっている。

側で防御魔法を形成し、首の装飾品に手をかけるスノーは、そのこめかみから汗を滴らせていた。


「スノー!」


「ッ!」


ユウは思わずその名を呼んだ。

同時に駆け出していた身体は、すぐさま彼女の前に出ると、居合とともにその“モンスター”が握る大剣、その刃を鋭く弾いた。


「ユ、ユウ…この子、私の事を守って…!」


「——そいつの事、頼んだぞ…!」


そう告げるスノーに、一言返すと、あまりに重い攻撃に、地響きと共に砂埃が舞い上がる。

そして、一歩すり足で近づくと——


「ッ!」


その腕に鋭い斬撃を放った。


「グルォォォォオォオオ!!」


断末魔にも聞こえる咆哮をあげる。

そうして数歩、後退るソレに対し、ユウは刀を向けた。


「こいつ…一体…?」


ユウが声を漏らす。

彼の目の前に立つモンスター。

額から生えた短い二本の角に、大きな一つ目の巨人——その特徴は紛れもなく、中位の危険度を持つ“サイクロプス”であるといえる。


しかし——ユウは、それをサイクロプスだとは思えなかった。

対峙すること自体は初めてではあるが、書物上での特徴は一貫して前述の角に、一つ目、三メートル近い巨体.....


——これに加え、ゴブリンにすら及ばぬ低い知能に、その見た目とは裏腹に案外臆病な性格だ。


しかし、彼の前に立つそれは、通常種とは異なり皮膚は薄暗く、頭から生えたその角は、とても肥大化している。

さらに四メートル近い巨体を有し、明らかに人の持てぬような武器....自作されたと思われる大剣をその手に持っていた。

そして、もう一つおかしな点が存在した。


「——やっぱり、見えない…」


魔視によって、その魔力を視る事が出来なかったのだ。

比較的下位に存在するサイクロプスに、ジョフの言っていた、魔力を抑えるだなんて芸当はまず不可能だろう。


また、この見え方はジョフの時とは明らかに異なっている。

ジョフの時は、明らかに視認できなかった。

正確にいえば今回は視認自体は出来ている。

しかし、その色はあの時のような淡い緑色ではなく、赤黒いものだったのだ。


「こいつ——やっぱりか…!」


それに対して、ユウは一目見た時から持っていた仮説を、確信に変える。


「どうしたの…?」


「こいつは…召喚獣サーヴァントだ。」


「…ッ」


スノーの声が止まった。

召喚獣サーヴァント——それは、調教テイムによる使い魔の使役とは異なり、全く別の場所に存在するモンスターを、召喚術サモニングによって召喚、一時的に契約を交わすことで使役されたモンスター達の事だ。


召喚獣サーヴァントの特徴として、召喚された際、その召喚士の手によって大幅に強化されるというものがある。

それに伴い能力の変化は勿論、外見的特徴にも影響を及ぼす事がある。


さらに、彼等の有する魔力は術者が持つ事になる為、そもそも存在しないそれを魔視によって視認することは不可能である。

ユウの見た赤黒い糸は、術者の意思——即ち、操り人形の糸のようなものだったのだ。


召喚獣サーヴァントって…それじゃあこのモンスターは…」


「ああ、誰かが操ってる。山賊なんかじゃない、あいつらに召喚術こんな芸当できる奴なんて居るはずがないんだ、あればそもそも山賊である必要がないからな…」


「じゃあ一体…一体誰が…?」


「さあな、この手の召喚獣サーヴァントは言葉を話せないから、術者をあぶり出すのも不可能だ。——死んでもらうしかないな。」


ユウが刀を握る手に力を込めた。

瞬間、目にも止まらぬほどの速さで一気に距離を詰めると、防御魔法の貼る余地も与えず斬撃を叩き込む。

だが——


「くそ……」


ユウは表情を歪め、再び距離を取った。

一つ、刀に視線を下ろす。

すると、そこには刃にヒビの入った純刀が握られていた。


純刀こいつは繊細な物だ、丁寧に扱えよ。』


ジョフの言葉が脳裏を過る。



——確かに、少し扱いが雑だったな。だが、もう使えそうにないか…



サイクロプスの方はと言えば、モロに受けたにも関わらず、痛みに悶える姿は見せるもそれが通っている気がしない。

斬った際の手応えは、いずれも浅いものだったからだ。

彼が今悶えているのだって、慣れぬ力に本来の身体ならば激痛を覚えるそれに、錯覚しているにすぎない。

即ち——入門者向けの純刀この刀では力不足なのだ。


「ユウ…」


「——大丈夫だ…」


心配そうな声を上げるスノーに、ユウはそう答えると、雷刃を形成した。

そして、足に力を込めると——再び、一瞬で距離を詰め、その足を切り刻んで行く。


十、二十、三十——一瞬で数十にも及び繰り出される斬撃に、大量の血飛沫が舞う。

しかし——ユウはそのどれもが浅いものだと実感していた。

再び距離を取るユウ。


サイクロプスの方はと言えば、未だ痛みに悶えるのみである。


「まずいな…」


ユウが表情を歪めた。


このままでは、こちらの攻撃の一切が効いていない事が相手にバレてしまう。

そうなれば今以上に厳しい戦況を強いられてしまう。

なんとしてでも一瞬で勝負をつけなくてはならなかったのだ。


三度目の踏み込み。

ユウは再びサイクロプスの全身を斬り刻んで行く。

遂に血の一切は羽ばたかなかった。

腱、胸、頸、頭、喉——思いつく限りに急所を斬っていくが、やはり全て浅い。


それに舌打ちをし、少し距離を離す。

そして右腕を突き出すと——



ドォンッ!!!



轟音と共に黄金色の光線が放たれた。

砂埃が辺りを舞う。

ユウの頰を汗が滴り落ちた。


「くそッ…判断ミスだったか…!」


明ける砂埃。

その先には——青白い球体、防御魔法に身を包むサイクロプスの姿があった。


——こちらの攻撃の一切が通じない事に気がついたのだ。


スノーが治療を終えたのか、雷狼種を両手で抱えて、立ち上がる。


「ユウ…一旦逃げよう…!」


「いいや、行ける.....」


スノーの提案を断ったユウ。

そう言った彼には、当然勝算があった。

防御魔法、これには決定的な欠点が存在する。

触れられていた場合、その力を発揮できない・・・・・・・・・・のだ。

つまり、サイクロプスの身体——それも、急所に触れた状態で、最大出力の魔法を放つことに成功すれば、殺害する事ができる。


「おい、あいつの——ジョフのところまでいけ。」


「え…?」


ユウの言葉に、スノーはそんな声を漏らした。


「あいつにまた頼るのは少々気がひけるが…こいつはどう見ても異常だ、あいつなら簡単にやれるはずだ。行け!」


「でも、そしたらユウが…!」


「——こいつから逃げるなんて出来ない。俺が引きつける。早くしろ!」


スノーが戸惑いを見せる。

ユウは再び口を開いた。


「行け!!」


「ッ…絶対、すぐに戻ってくるから…!!」


そう言い残し、スノーはようやく走り出す。


「グルォォォォオォオオ!!!!」


サイクロプスが咆哮をあげた。


「いくぞデカブツ…!」


ユウが再び踏み込む。



カキッ…!!



しかし、防御魔法に対して放たれたそれは、触れたと同時に先が消える。

ユウがそれに、また表情を歪めた。

素早く雷刃を形成し、斬り込む。

だが結果は変わる事なく、先が消されるのみに終わった。


——やはり、防御魔法とは相性が悪いか....

これじゃ埒が…——ッ!?



ドンッ!



眼前を掠め取っていった大剣が、地面に叩きつけられ、轟音を立てた。

ユウの眉間にシワが深く刻まれる。

しかし、上げられた口角。

彼の身体は、攻撃の為に一瞬解かれた、防御魔法。

その中に滑り込まれたのだった。


そして跳び、その顔に手を突きだそうとする。

しかし——


「ッ!」


内側から形成された防御魔法。

それによる衝撃波で後ろに飛んだ。


「惜しかったな…」


着地したユウが、小さくそう呟く。

見れば、防御魔法内に侵入できないようにか、防御魔法の球の大きさを極限まで小さくしている。

その両端からは腕がはみ出ている程だった。


「やっぱり…賢くなってるな。だが——所詮は猿知恵、か。」


再び振られる大剣。

それにユウは舌打ちをした。


「まずは…こいつをなんとかする…」


一言、そう呟くと、刀を握る手に力を込めた。

一方、サイクロプスの方はといえば、調子にでも乗ったのか、その大剣を再び彼めがけて叩きつける。



ドォンッ!!



再び鳴り響く轟音。

地面に叩きつけられた大剣。

そこから数センチメートル体を逸らした場所に、ユウは立っていた。


一瞬で、そしてギリギリでそのたたきつけを躱したのだった。

赤紫に輝いた瞳は、サイクロプスの手を・・・・・・・・・、真っ直ぐと捉えている。

そして——


「ッ!」


振り抜かれた雷刃。

赤黒い物体と共に鮮血が宙を舞った。


「グルォォォォオォオオ!!!」


親指を切断されたサイクロプスが断末魔の叫びをあげ、大剣を手放す。

指——人体学上、そこには一切の筋肉が存在しない。

骨と、その他神経のみで形成されるそれは、関節に於いては最も脆いと言っても過言ではないのだ。


口角をあげたユウ、彼が捉えていたのは、今度は大剣の方だった。

振りかざされた両手を下ろす。

すると、今度の柄が綺麗に切断された。


「これで....素手だな。」


「グルル.....!」


するとサイクロプスは、今度は側の木に手をかける。

そして——



ドォッ…!!



再び轟音。

それと共にその木を引き抜いたのだった。


「ほぅ…やっぱり、ゴブリンより頭はありそうだな…」



古代林ここは確か…多雨林だったはずだ…なら、行ける…!



我ながら無謀、と続けるように内心で唱え、ユウはその口角を上げた。


「グルォォォォオォオオ!!」


サイクロプスがそれを振る。



ドォンッ!



鳴り響く轟音。

瞬時に形成された磁界によって、数十分の一にまで威力の緩和されたそれを、ユウは何の苦もなく受け止める。


「捕まえた.....」


口角をさらに吊り上げると、彼は——



バチバチバチバチッ!!



その木に雷を流し込んだ。


「グルォォォォオォオオ!!」


サイクロプスが再び断末魔を上げる。

数十秒に及んだ放電。

それが終わると、防御魔法の溶けたサイクロプスが両膝をついて項垂れる。


ユウは一瞬で距離を詰め、飛び上がると、その手を突き出した。

だが——


「ッ!?」


突然、サイクロプスの腕が飛んできた。


「チッ...!」


それが横腹に直撃したユウが舌打ちをする。

空中に放られた身体。

もう片方の拳が飛ばされる。

しかしユウは、身体を回転させるようにしてそれを躱すと、その上に掴まる。


ユウがその腕を走り出せば、視界の隅から迫るもう片方の腕。

だが彼は止まらない。

躊躇なく接近し、そしてガラ空きとなった目玉に——空の鞘を突き出した。


「ぐッ...!」


サイクロプスの腕が直撃し、ユウの身体が飛ばされる。

しかし——


「グルォォォォオォオオ!!!」


目に深々と突き刺さった鞘に、サイクロプスが断末魔をあげた。

ユウは着々と同時に一瞬で距離を詰める。

直後張られた防御魔法。

ユウはギリギリ、足元に滑り込む事が出来た。


そして——



ダダダダダッ



突如サイクロプスに対し、魔法が飛ばされる。

それは防御魔法に容易に弾かれた。

どこかの冒険者かと視線を向けると、その先に居たのは——スノーだった。

彼女が水の槍を幾本も放っていたのだった。


「あいつ…」


なぜ戻ってきた。

そう続くような事を呟くと同時にユウはその口角を上げた。


「だが——」


ユウはサイクロプスの身体を駆け上がる。

視覚を失っていたサイクロプスは、スノーに意識が向いていた為、完全に反応が遅れていた。

ユウは頭上に到達するなり、その頭に手を突きつける。


「最高のタイミングだ…!」



ドォンッ!!!



スノーを賞賛するその一言共に放たれた黄金色の光線。

それは、サイクロプス頭上から胸、腹、股間を貫く。


やがて、頭部を失ったサイクロプスが膝から崩れ落ちた。


「よし…」


「ユウ!」


スノーがユウの元へ駆け寄る。


「よかった…で、でも…もしかして私、要らなかった…?」


気まずそうにスノーがそう問いかける。

ユウはそれに笑いを零す。


「ちょっ、ちょっとなんで笑うの!?」


「いいや、悪い。ちょっとな…——不要じゃなかったさ。お前のおかげで反応が遅れた。そのおかげでこいつに触れられたんだ。」


「ええっと....よ、よくわからないけど間違ってなかったのなら....」


「——今日はもういいか....サイクロプスこいつの事をギルドに報告しないといけない。悪いがオーガは明日だ。」


「うん、帰ろ!」


「ああ、そうだな…——それより、あいつは?」


「えっと…ジョフさん?」


「違う、狼の方だ。」


「ああ、近くの安全そうな場所にいるよ。」


「そうか…」


ユウ達は、スノーが雷狼種を隠したと言った場所まで、歩を進めたのだった。

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