拾柒 魔剣霆ノ化身・雷電


ヒュッ…!



ユウの刀が、空を切る。

雷電はそれを容易に躱していた。

それを理解して居たユウは、次いで二手三手と斬撃を繰り出して行くが、その刃は雷電を掠めるどころか、彼女の握る刀にいなされる事すらも無い。



カキッ…



ようやく、雷電がその刃を受けると、間も無くして両者は鍔迫り合いに発展——否、鍔迫り合いへと持ち込んだのは彼女の意図的なものだろう。

圧倒的実力差を内心に秘め、ユウは奥歯を噛みしめる。


「——素人か…でも筋はいいね、それもかなり。」


「くッ…!」


雷電が刀を振り切ると、あの華奢な体の一体どこからそんな力が湧いているのか、ユウはあまりの力に後ろへ後退した。


「でも——やっぱりまだ出来上がっていない。それじゃ、ボクに傷をつけるどころか虫一匹殺せない。」


「言ってろ…!」


ユウがその距離を詰める。

そして刀をおもいきり振った。


「なっ…!?」


しかしそれは、躱されただけでなく、雷電はいつのまにかユウの後ろに回り込んでいる。


「まったく、がっかりだよ。」


「くッ!」


背を蹴られ、ユウはバランスを崩し、地面に身体を付けた。


「大振りは厳禁。いくら魔剣と言っても、これは純刀——とても繊細な剣だ、そんな扱い方じゃダメ。」


「くそッ…」


ユウはすぐさま立ち上がると、再び距離を詰め、今度は突きを繰り出した。

それも容易に躱され、背に蹴りが入る。


「少し剣先がブレてたけど、今のはいいね。やっぱり、君は筋はいい。でも基礎が固まってない時点で君の剣は実用的じゃないな。」


「チッ...!」


舌打ちの後、再び斬りかかる。

しかしそれは刀でいなされ、柄尻で鳩尾を突かれる。


「ッ…!」


常人なら動けぬ激痛だろう、しかしユウには効かない。

彼はそのまま、再び刀を突き出した。


「へぇ……頑丈だな。」


頭を軽く逸らしただけでそれを躱した雷電が軽くそう言い放つ。


「でも——」


「くッ!」


腹に浴びせられた蹴り。

それにユウの体は数m程跳んだ。

すぐに受け身を取る。

すると——


「ッ!?」



カキッ…!



鉄のぶつかり合う音が響き渡る。

一瞬で距離を詰めていた彼女が、ユウに斬りかかったのだ。

彼女はそのまま二手三手と攻撃を続ける。

それを紙一重で躱し、往なすユウだったが、最後はまたも後ろ蹴りを浴びせられ、後方に飛ばされた。


「やっぱり、素人じゃこの程度か……」


「……」


ユウはゆっくりと立ち上がる。

そして、呼吸を一つ。

刀を正面に構えた。


——冷静になれ。

相手は英雄の宝剣——こんな心理状態でどうにかなる訳がない。

…模擬戦を思い出せ…

——感覚を、五感を研ぎ澄ますんだ…そして、“観察”しろ。

そして、“分析”しろ。

そして——最善の“判断”を下せ。


「落ち着いた?——それじゃあ、もう一度行くよ!」


信じられない速度で距離を詰める雷電。

そして放たれる連撃。

ユウは、それを確実に往なし、躱していく。


「…ッ」


その表情は歪んでいた。



.....まずいな、防ぐ分にはまだ余裕を持てる。

だが、隙が一切無い。

攻撃に転じられない。

このままじゃただただ押されるだけになる…



「ッ!」


そして、再び放たれる蹴り。

ユウはこれを待っていた。


それを躱し、刀を上段に構える。

眼裏まなうらに映すは白髪しろかみの少女——スノーの姿。

そして——



ヒュンッ



何者の反応も許すまいという、文字通り一瞬の一太刀。

スノーには遠く及ばぬが、それは美しく。

空を切るのみを漏らす。


「彼女の剣か....やっぱり君は凄い。」


「!?」


それすらも容易に躱していた雷電。

ユウは反射的に距離を取る。


「ボクの門番オーガの首を落とした剣。あの子も確かに凄いけど、あれはまだ頷ける。——でも、たった数度それを見ただけで模倣できた君はもっと凄いと思うよ、まさに天才的だ。」


「……」


「確かにもう少し君を見ていたいのも事実だけど…」


「ッ!?」


一瞬で後ろに回り込んだ雷電、それにユウはすぐ反応する。

しかし遅い、ユウはその背を雷電に斬られた。


「くッ....!」


「やっぱり、空腹には勝てないな。」


そう言い、ニッコリと笑う雷電に対し、ユウはこめかみより汗を滴らせながら、刀を構えた。


「もうそろそろ終わりにしよう。」


「ッ!」


再び、一瞬で距離を詰める雷電。

そして放たれる斬撃は重いの一言。

一つ一つを往なすのに精一杯であり、一瞬でも気を抜けば、その刃は確実にユウの首を狩りとらんとしていた。

だが、それでもまだ彼女は手を抜いているように見える事実に、ユウはその眉間に皺を深く刻む。



カキッ....



「しまッ!?」


往なし切れずにユウの刀を通した雷電の刃。

一瞬で体をそらしたそれは、ユウの左肩に突き刺さる。


「ッ!!」


ユウはそれに、最悪の事態を一瞬で思考し、素早く真後ろに下がった。



ヒュンッ



予想通り、横に振られた彼女の刀。

それに、雷電が関心の笑みを浮かべた。



——危なかった....もう少し遅かったら、今頃左腕が飛んでたな....



ユウは、またも正面で刀を構える。


「頭の回転も早い…いいね。」


雷電が、また関心の声を上げた。


「そうだな…そんな君に免じて…食い殺した後は、ボクの門番にしてあげよう。まあ意識は無いんだけど。」


「笑えない冗談だ…」


「ありがとう、君との時間はとっても楽しかった。最後に、名前を教えて欲しいんだけど?」


「……」


「あぁ....やっぱり駄目か。残念、人ではヨハンとカーサスに並んで、ボクが覚える三人目になるはずの名前なのに。」


「生憎…ここから出る気でいるんでな…」


「うんうん、やっぱり君は面白い。でも残念…空腹じゃなかったら生かしておきたかったんだけど。」



ヴンッ…



鈍い音ともにユウの眼前を、黄金色の剣線が掠めた。


「ッ……!」


気付けば、雷電の刀のその剣先は、ユウの喉元に突きつけられている。

瞬間、ユウの思考が最大限に回転した。


「さあ…これならどうする!?」


雷電が嬉々とした眼でそれを突き出す。

それと同時、いや、それより一つ早く——ユウは、一歩踏み込んだ。


「ッ!?」


雷電はそれに一瞬の動揺を見せた。

彼女の刃は、ユウが首を傾けたことにより、喉を貫く事なく、その首を掠める。

そして握り込まれるユウの刃。


黄金に輝くそれは、無防備となった雷電の身体に差し込まれたと思われた。



カンッ…!



鉄のぶつかり合う音。


「くッ…!!」


ユウの刀が下に大きく弾かれる。

雷電が、刃を引き、彼の剣をいなしたのだった。


「素晴らしい....」


追撃すらせずに、ただただ雷電は感心の声を漏らす。


「まさか、そう来るとは…相手がボクじゃなかったら…いや、君の剣がもっと速ければ、あるいは…——今頃首を落として居たのはこっちだったね。」


「ッ!?」


突然、彼の左肩から血が噴き出した。

それに一瞬ユウは視線を落とす。

するとそこには——あるはずの左腕が、消えていた。


「あらら....あんまり突然だったから、勢い余って君の腕、落としちゃったよ。」


「くッ....!」


「ああ、そうそう。君、かなりのピンチだけどさ。外でもおんなじようなことが起こってるんだよ。」


「何....?」


ユウは片腕で刀を構えながら、睨みつけ、そう声を漏らす。



パチッ…



彼女が指を鳴らした。

瞬間、脳裏にある映像が浮かんだ。


「ッ!  これは....?」


「外の状況だ。どう? 面白いでしょ?」


そこには、倒れた自分の姿があった。

そして、それに背を向け、片膝をつく白髪の少女——スノーだった。

その眼前には、十数ものワイバーンが群がっており、彼女にその牙を向けている。


「継続力には欠けるみたいだね、彼女。もしボクの門番オーガの首を、狩ったときの剣があれば....今頃全滅だったと思うけど。」


「帰せ…」


「ん?」


思わず、声を漏らした。

それに雷電が不審な顔をする。


「俺を帰せ、今すぐ....!」


一瞬で距離を詰めたユウ、次いで、刀を振る。



カンッ



しかし、それは容易に弾かれてしまった。

そして反撃の蹴り。

これをもろに受け、ユウは体勢を崩し、一瞬その背を地面に着ける。


「そうだね....面白い事を思いついた。彼女も喰べよう、そして次の門番にするのは君達二人だ!」


「黙れ....!」


雷電が剣を構える。

そして一瞬、口角を上げると、その口を開いた。


「——それじゃ、せめて一瞬で殺してあげるね。君が.....死んだ事にも気が付かない内に——」


「!?」


文字通り一瞬。

差し込まれた彼女の刀は、ユウの心臓を貫かんとした。



——ああ、まずい。

これは....ダメだ。

腕を失ってもいい、目を失っても、声を失っても、例え足を失っても。

俺なら立てる。

立っていられる自信がある。

だが、ダメだ。

これは、無理だ。


——やっぱり、英雄の宝剣に挑むなんて無茶だったのか....?

俺では力不足だったんだ…もし、ジョフと行動していればこんな事にはならなかっただろう。

俺の…判断が、俺を殺したのか。

そして、彼女も……


——彼女も、だと…?

俺は、彼女を巻き込んだのか....?

一度、彼女の命を救った。

だが彼女は、二度、俺の命を救った。

じゃあ、今度は俺が守らなくちゃいけないんじゃないのか?

——死んだら、立てない。

——死んだら、剣を握れない。

——死んだら、彼女を守れない。


——まだだ、まだ、死ねない…!!



「ッ!?」


雷電の刀が止まった。

その刃は、ユウの心臓を貫いてなどいない。

文字通り、彼の胸の、目の前で止まったのだった。


「まだだ....まだ....死ねないんだ.....」


小さく声を漏らす。


「これが火事場の馬鹿力、というやつかな…?」


彼女の刃は——ユウの残された右手にがっちりと握られている。

それが、彼女の刺突を止めていたのだった。


「いいの? このままじゃ、指全部無くなっちゃうよ?——まあ、命に換えれば安いか。」


「俺は....」


「それじゃあ、遠慮なく…——ッ?」


刀を引き抜こうとした雷電。

しかし、その手が止まった。



——抜けない....?



「俺は、まだ死ねないんだ!!」


「ッ!」


瞬間、雷電はその刀を離した。

そしてユウの握っていた刀を拾い上げ、一瞬で距離を取り、それを構える。


「その眼…——もう一度訊く、でも今度は名前じゃない。——君は…君は、一体何者だ....?」


瞳の割れた・・・・・ユウを前に、雷電がその質問を投げかける。


「俺は、ここから抜け出す…必ず…!!」


一瞬で振り切られる刀。

それに雷電は、思わずその刃を受けた。


「ッ....」


ユウの頭になにかが流れ込んできた。

これは、記憶だろう。

誰のものかは定かではない。

しかし、満身創痍の彼に、そんな事はどうでもよかった。

今、彼の中にあるのはここから抜け出そうというその意思のみ。

それに従い、彼は刀を振るった。


「なるほど、そういう事か.....」


雷電が小さく呟いた。


「これは参ったな....」


雷電がその瞳を閉じる。

後ろに引く彼女に対し、追撃を図るユウ。

その刃が彼女の身体に届く瞬間——



カンッ



彼女の瞳が開くと同時、再びユウの刀は弾かれた。

そして、次ぐ二手——いいや、もはやそんな程度ものではない。

彼女はまさに一瞬と取れる鋭い剣速で、連撃を繰り出す。

それは、ユウの腱を、全て切断していた。



ドンッ…!



そしてその胸に後ろ蹴りが入る。

ユウは体勢を立て直そうとした。

しかし体が思うように動かない、腱を切断された彼の四肢は、最早動かせるようなものではなかったのだ。

だがそれでもと、彼はその両肩を地につける事なく、踏み止まる。


だが、雷電はまたも一瞬でその距離を詰めた。

そして、刀を握るその手を一瞬で左腕に持ち替え——

彼の剣ではなく、それを握る腕を、その柄で弾いた。

絶えず何者かの記憶が注ぎ込まれる頭の中で、ユウは今度こそと、死を覚悟した。


差し込まれる刃。

そしてそれは——



彼の眼前で、雷と消え去った。



「なん…だ?」


ボロボロの身体で、尻もちをつく彼。

その瞳は、もう割れてなどおらず、普段通り円形に、そして美しく輝いていた。

いつの間にか、絶えず降り注いでいた記憶も、その一切が消えていた。


「おめでとう、君の勝ちだ。」


「なに…?」



パチッ



雷電が一つ、指を鳴らす。



パリンッ



すると、ガラスの割れた音が響き渡り、その漆黒の欠片が飛翔する。

その裏から、青空と白い雲が垣間見る。

眼下には水面がひろがっていた。


「……!」


いつの間にか、ユウの左腕は元どおりになっており、全身の腱を切断され、立つ事すらままならなかった彼の身体も、何事もなかったかの様に完治している。


「…どういう事…だ?」


「君はボクとの勝負に勝った。今からはボクは君のもので、君は、ボクが仕える三人目の英雄人間だ。」


「——待て、決着はまだ着いてないはずだ、いや、それどころか今のは——


人差し指を立てた雷電。

それに、ユウは黙り込んだ。

すると、その口角を上げた彼女は、唇を揺らした。


「今度こそ、君の名を教えて欲しいんだけどね?」


「——ユウだ。ユウ・サキト。」


それを聞いて、雷電がなにかを悟った様に、くすりと笑った。


「ユウ…サキト、か。くすくす」


その名を呼んで、雷電が小さく笑った。

それに続け、彼女はその口を開く。


「——わかったよ、ユウ。さあ、君の世界に、帰る時間だ。」


そして、ユウの視界は閃光に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る