拾壱 模擬戦闘


バシッバシッバシッ…



ユウが木剣を一振り、空を裂く度に、練習台のカカシのようなそれは、音を立てた。

なんとなくで振っているだけではあるが、それをジョフは無言で、また、顎を摩りつつ、真剣そのものの眼差しで観察していた。


「——ユウ。」


「…?」


若干息を切らせ、こめかみから汗を滴らせたユウが、その紫の瞳をジョフに向けた。

ジョフは、ユウの元によると、その背から腕を握る。


「こいつは両刃だ。なにも片方だけ使えば良いってもんでもない。まあ、そう言う剣術が大半ではあるが、一対一の戦局においては、相手の隙を突く事が重要だからな。あと、お前の振り方はこいつには合わない。これは引いて切るんじゃなくて、どちらかと言うと叩き斬る武器だからな。」


ジョフは説明しながらユウの構え方を修正する。

そして、出来上がったそれで斬るように指示をだした。



バシッ!



大きな音が響き渡る。

しかし、それは他からも鳴り響く同様の音に吸い込まれ、一部となった。


「…剣を握る位置が下すぎるな。もっと、上に方を持て。あと、ハイグリップに。」


「こうか?」


「ああ。それと、手と手の間隔をもう少し開け。腕もだ。だが脇は閉めろ。」


ジョフの指示通りに構えると、腕で三角形を作り、顔のすぐ隣のあたりで剣を構える事となった。


「一度それで行ってみろ。」


ユウはそれに頷くと、練習台に斬りかかる。



バシンッ!



先程よりも大きな音が響いた。

それがさっきよりも大きいものだとわかったのは、周りの音に飲み込まれず、一際大きく響いたからだった。


「なるほどな....」


ジョフは、小さくそう呟いた後、今度はユウに一本の、長い棒を渡した。

それは、ユウどころかジョフの身長よりも長いものである。


「槍だ。思うように振ってみろ。」


それに頷き、ジョフから棒を受け取ったユウは、両手でそれを持ち、構えると、突きを繰り出した。


「ユウ、両腕で突くんじゃない。左手の中で滑らせるイメージで、右腕で突け。」


ユウがそれに無言で頷く。

そして再び練習台に構えると、それを突き出した。



バチンッ!



先程とは変わった音が響き渡る。

それもまた、一際大きく館内に響き渡った。


「……」


ユウは、槍を刺突のみではなく、叩く、薙ぎ払うなど様々な振り方をして行く。

その都度、間違った部分があった場合のみ、ジョフはその口を開いた。


そして暫くして、ジョフが再び動き出す。


「ユウ、次はこいつを使ってみろ。」


そう言い、渡されたのは一本の長い木剣だった。

その刃は、根元に近い部分に突起が存在している。

初めは大剣だと思っていたが、その突起に違和感を覚えたのだった。


「ツヴァイヘンダーだ。」


「ツヴァイヘンダー?」


「柄から、この突起までの間には刃が存在しない大剣だ。だから、ここまで握る事ができる。」


そう言い、ジョフは柄尻に近い方と、刃の根元の辺りを掴んでみせるのだった。


「ほら。」


それを受け取ると、ユウはまずはと、先程ジョフに修正された剣の構えを取り、練習台に斬りかかった。



バシンッ!!



2メートル近い全長。

そのためもあってか、重量が乗り、今までで一番大きな音を立てた。

しかし、ユウはそれに気を漏らさず、続けて斬り続けていく。

そして、リカッソと呼ばれる、刀身部の刃の取り付けられていない部分を握ると、大きく振り倒す。

先程よりも細やかな動きを取りやすくなったと思った。

また、ユウはそれだけでなく、そのまま刺突を繰り出すなどして、まるで槍の様な扱いもして見せる。


「……」


それを無言で眺めるジョフは、相変わらずユウが新しい何かを行うと、間違った部分を修正する時のみに口を開き、後は彼を観察するのみに終わっている。


そして、その後もユウは様々な武器をその手に取った。

片刃の直剣や、大剣、特大剣、短剣、短刀、戦斧や手斧、斧槍、そして長柄槍や、短槍、投げ槍、槌や鈍器、さらには弓や大弓まで、様々な武器を練習台に向けて放ったのだった。


そうして数時間後、ユウは、汗を滴らせながらベンチに座っていた。


「ほら。」


戻ってきたジョフが、その手に持つコップをユウに渡す。

中には、半透明の液体が入っていた。

ユウがそれを喉に流し込むと、その舌に塩っぱさと、酸味、さらには甘味まで感じた。

間も無くして、スポーツドリンクの一種である事に気がつく。

ユウがそれを飲み干すと、ジョフがその口を開いた。


「ユウ、結論から言うとだな....お前は、なんでも使えるらしい。」


「?」


疑問符をその頭に浮かべるユウに対し、ジョフは続けた。


「あらゆる武器に関する基礎が大体出来上がっている。誰かに教えてもらってたのか?」


「いいや....ない。」


「そうか....だとすれば、お前は天才かもな。」


「……」


「冗談じゃないぞ? 大真面目だ。基礎を少し教えただけで、後は自分の中で最善を導き出して、それを行う。だから、振りに無駄が少ない。まさに、1を教えれば10を覚えるって奴だ。」


「そう....なのか....」


自分の意外な特技を知り、ユウは少しの動揺を見せたのだった。


「お前の中で、一番使いやすかったのはどれだ?」


ジョフのその質問に対し、ユウは少し考える素振りを見せた後、一本の木刀に手を掛けた。


「これ…だな。」


「純刀か…」


ユウが手に取り、ジョフが純刀と呼んだそれは、反りのついた片刃の剣だった。

その見た目は、前世に於ける日本刀を彷彿とさせる。


「確かに、お前の癖で言えば悪くはないな...まあそれでぴったりとは言わんが、こいつは繊細な物だ、扱いには気をつけろ。」


ジョフは、そう言った後、「いくぞ」と続ける。

ユウは、それに「ああ」と答えた後、木刀を置いて、椅子から立ち上がると出口へと向かった。

しかし、その足は止められる。


「!?」


突然、ジョフに首根っこを掴まれたのだった。


「なにを…」


それに、不快を露わにしながらユウはそう言い放った。


「誰が帰るっ言った。」


「…?」


ジョフが親指である地点を指す。

そちらを見ると、そこには練習用の木製の武器を互いに打ち付け合う、屈強な男達がいたのだった。


「おい…あれやるのか?」


「当たり前だ。練習台殴ってなんになる、一回くらいはやっとけ。」


それにユウは、溜息を一つ吐くと承諾したのだった。





「……」


木刀を持ったユウは、大勢の観客の囲まれる中、フィールドに立っていた。

それに対峙する相手は、一人の男。

その手には、身の丈程の巨大な特大剣を握っている。


「んん? なんだ、お前が俺の相手か。まあ、練習くらいにはなってくれよ。」


ユウに対し、男がそう言い放つ。


「ユウー、練習でも死ぬときは死ぬ、気をつけろよー!」


柵の向こうから、ジョフのそんな声が聞こえてきた。

凄まじい事を後に言う男である、そんな事を考えながら、ユウは刀を顔のすぐ隣で構える——八相の構えを取った。

男も、肩にそれを担ぐ。

両者の間に、審判が出てきた。


「魔法術、魔導術、精霊術、呪術の類は使用禁止。相手が降参するか、実戦であれば致命傷に至る攻撃を受けた時点で試合を終了とする。それでは....始め!」


審判が手を振り上げた。

それを合図に、ユウは大きく踏み出し、その剣を大きく振るった。


「!」


しかし、魔法の使用を禁じられていたのを瞬時に思い出し、その剣速が鈍る。



カンッ…!



木の打ち付けられる音と共に、手に衝撃が伝わってきた。


「せぇあ!!」


「ッ!」


ユウはすぐに屈む。

すると頭上を特大剣がかすめていった。


すごい力だ....だが、これでもうガラ空きだな。


そう思い、刀をわき腹に突き立てようとするが——


「ッ!?」



カンッ!!



迫り来る特大剣にユウは直ぐに刀を構えた。

轟音と共に、ユウが一歩下がる。


——特大剣をあんなに軽々...ゴリラか?


「何やってる、ユウ! 振りが雑だぞ!」


ジョフの声が飛んできた。

それに、ユウは正気を取り戻す。


振りが雑....確かに、そうだ。


「……」


再び、刀を両手で握り締める。



——いいか、これは“戦い”なんだ。

試合形式と言えど....いや、だからこそ、互いの技術が差を生む。

冷静に“観察”しろ。

そして、それを“分析”しろ。

その上で——最善の“判断”を下せ…!」


「スゥ…ハァ…」


ユウは構えを変えた。

刀を握る手はそのままに、刀を前に突き出し、正面で構える、正眼の構えを取った。


「龍人剣術…」


ユウのその構え方を見て、ジョフがそう声を漏らす。


「そうか…だから…」


続いて何かを理解したように、また声を漏らした。



ブンッブンッ…



立て続けに、薙ぎ払うように振られる特大剣。

その振り方はどこか威嚇のようにも見え、どう考えても相手がユウのことを甘く見ている事が伺える。

しかし空を切る“それ”に対しユウは、その構えのまま、無意識に行なっていた摺り足で、後ろに下りつづけていく。


「どうした!? 逃げてるだけじゃ何もないぞ! 降参したらどうだ!?」


ユウはそれに一切の耳を傾ける事なく、彼を観察する。・・・・・・・


そして——


「ッ!!」



カンッ!!



ユウが放った一刀。

それが大きな音を立てる。

打ち上げられた両腕。

男は、完全に体勢を崩していた。

何が起こったのかわからないと言う様子である。


——パリィ。

ユウは、振られたその特大剣の刀身に対し、柄でそれをいなした・・・・・・・・・のだった。


瞬時に入り込む刀身。

そして——



スッ…



その刃が男の喉を撫でた。

瞬間、自身の首が落ちる錯覚に陥る。


「ッ…」


男は硬直していた。


「そ、そこまで!」


一歩遅れ、審判の放ったその一声で、歓声が舞い、男は我に帰ったのだった。


「やったな、ユウ。」


「そうだな…でもそろそろ帰りたい。」


「ハハハ、元からそのつもりだ。」


フィールドから下りたユウは、ジョフとそう言葉を交わすと、今度こそ出口へと歩をすすめる。

しかし——また、彼は足を止めた。


「待ってくれ!」


その声に、ユウは振り返る。

そこには、対戦相手の男が立っていた。

ユウは、難癖でもつけにきたのかと思った。

しかし、男はユウの手を取り、口を開く。


「凄いな、あんた! 名前はなんて言うんだ?!」


「えっ....?」


予想外の事に、ユウは再び、動揺を見せる。


「あ、ああ! 俺はジャンだ。ジャン・アリエース。」


「ユ、ユウ・サキトだ....」


「ユウ・サキトか....わかった、今日はありがとう、また機会があれば頼むぜ!」


「あ、ああ....」


「そっちのあんたは....?」


「行くぞ、ユウ。」


ジャンの問いかけに、ジョフはまるで聞こえていなかったように、ユウにそう言葉をかける。


「あ、ああ。」


少し後ろを気にしながらも、ユウはジョフについていった。

後には、名前を教えてもらえずしょんぼりとしたジャンが残されていたと言う。





夕焼けに染まる街、未だ人々の行き交う商店街を、二人は歩いていた。


「それにしても…ユウ、龍人剣術なんてどこで覚えた?」


「龍人剣術?」


「……」


ユウが疑問符をまた、頭に浮かべそう問いかける。

それに、ジョフは「いいや、なんでもない。」と、口を開いた。


「さて…帰るか。」


「ああ…」


そう言い、二人はギルド支部へと歩き出した。

そうして数分、人通りの少なくなったところで、二人は足を止めたのだった。


「…こんなところで何してる?」


ユウがそう言い放ったのは、青い髪を持つひとりの少女——スノーだった。

彼女は、なぜかギルド支部の裏口で立っていたのだ。


「え、えっと....その....本当にすみませんでした!!」


そう言い、スノーは渾身の土下座を行う。


「ッ!?」


当然動揺する二人。

聞けば、昨晩酔っていたとはいえ犯してしまった失態に酷く責任を感じていたようだった。


「いや、大丈夫、大丈夫だから。って、俺がそんな男に見えてたのか?」


「本当にごめんなさい!!」


いい、と言うジョフと、頭を下げるスノー。

その両者のやり取りにユウは呆れながら、先にギルド支部へと入っていった。


「この話はこれで終わりだ。取り敢えず、中に入るぞ。」


「は、はい....」


しょんぼりとしたまま、ギルド支部へと足を運ぶスノーの背中に、ふとジョフが声を掛けた。


「どうしました?」


「嬢ちゃん...昨日から思ってたんだが.....どうして変異魔法を使っている・・・・・・・・・・?」


「ッ....」


その言葉に、スノーは動揺を見せた。

下唇を噛みながら、こめかみより汗を滴らせる。


「——まあ、何かしらの事情があるんだな。詮索はしないでおこう、それでユウにも言われたしな。」


「……」


その言葉にホッと安堵の息を一つ。

そして、今度はスノーがジョフの背に声を掛けた。


「この事は…その…ユウには内緒でお願いします。」


「——わかった、いいだろう。」


ジョフのその言葉に、スノーは「ありがとうございます!」と、礼の言葉を言うと、足早にギルド支部の中へと入っていった。


「ったく…謎ばっかな奴らだな、ほんとに…」


ユウとスノー、その二人への言葉だろう。

顎を摩るジョフは、届く事のない程の声で、小さくそう呟いたが、その口角は無意識に上がっていたのだった。

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