拾弐 孤独なオオカミ

2章——The lightning bolt——






「ユウ、これはどうだろ?」


クエストボードの前に、他の冒険者たちと肩を並べて立ちながら、依頼を探すユウに、スノーは一枚の紙を指差した。

それを見たユウは、早々にその紙を剥がす。


雷狼種らいろうしゅの討伐……か。」


ユウが小さくそう呟いた。


——雷狼種。

それは、この世界に於ける“狼”——その“変異種”と称される個体の一種である。

狼は、通常群れで行動するが、ごく稀に、狼達は変異種と呼ばれる個体に進化する。


これにより、強大な力を手にするが、その代わりに群れから追放されるという代償が存在する。

また、それだけには収まらず変異種はその膨大な魔力を自分だけで抱え込む事が出来ず、その多くが短命となる。


雷狼種とは、この内雷魔法に高い適性を持つ個体が変異種へと進化した個体のことだった。


「——目的地も近いし、これが一番いいかもな。」


ユウがそう口にすると、スノーも同意したようにその国を縦に振った。

彼等はそのまま依頼書を受付まで持って行き、そこで簡単な説明を受けた後、ギルド支部を後にする。

そして、その足で目的地へと向かったのだった。





「……いないな。」


森を歩き続けて数時間。

額に汗を貼り付けた二人は、夕焼けに染まる森の中で立ち尽くしていた。

依頼の討伐対象である、雷狼種、その姿の一切が見当たらないどころか、彼の痕跡の一つすらも発見できていなかったのである。


「もうすぐ夜か…」


「どうしよう…? とにかく、今日はここまでにしておく?」


「——いや…あと30分だ。30分だけ探そう。……ここからは二手に別れるぞ。見つけたら、こいつを使え。」


そう言いながら、ユウはポーチから青紫色に輝く綺麗な石を一つ、取り出して見せた。


——通信結晶。

そう呼ばれる、冒険者達に広く使用されている冒険必需品アイテムの一つである。

同じ人間による魔力を受ける事で、そのチャンネルが設定され、離れた位置からでも通信を行う事が出来るものである。


その分布は極めて広範囲であり、洞窟などでは頻繁に採取可能で、たいていどこでも手に入るという特徴を持つ。

また、『結晶』と称されてはいるが、その性質は、どちらからと言うと石などに近い。


「うん、わかった。」


スノーは、ユウの言葉にそう答えると彼とは別の方角に歩き出したのだった。

——そうして数分、やはり現れないと思っていたその矢先だった。



ジリッジリジリッ....



「!」


突然、スノーは、そう言った音を耳にした。

聴きなれたそれに、スノーは唾をのむ。


——この音は、雷を——雷魔法を帯電させた際の音だ。

即ち——


「近い…!」


ようやく掴めた雷狼種の痕跡。

それに、スノーは通信結晶へと手を掛けた。


「ユウ…見つけた…!」


小さくそう呟く。

間も無くして、返事が返ってきた。


『わかった、すぐに行く。今——



バチッ



「ッ!?」


突然、蒼く輝く雷が結晶を貫き、スノーはそれを地面に落とした。


「グルルル……ヴァウッ!」


眼前の雷狼種は、スノーに対して威嚇を行う。


バチッバチバチバチッ!


雷狼種の周囲を、雷が強く鳴り響き始めた。


「こっちも…見つかった…」


こめかみから汗を滴らせ、スノーは腰に差された純刀を抜くと、正眼の構えを取る。


両者の睨み合いが続く中——先に手を出したのは、雷狼種の方だった。


「ヴァウッ!」


「ッ…」


一吠えすると、高速で、針のように尖った雷が放たれる。

スノーは、一撃目を身体を逸らし、紙一重でかわす。

そして同時に放たれていた二撃目を——



カンッ!



その刀を以って撃ち落とした。

そして、左手を前に突き出すと、その掌から水の槍を飛ばす。

しかしそれは容易に躱されていった。

そして——


「ッ! あっ……」


突然背を向けて逃げ出した雷狼種に、スノーは思わずそう声を上げた。

しかし、素早く正気を取り戻した彼女は、その刀を納刀、急いで走り出した。


「ッ…」



カンッカンッカンッ....



逃げながらもう放たれ続ける雷の矢を、スノーは防御魔法を使って全て撃ち落としながらその背を追い続けていた。


そして、ようやく雷狼種はその足を止める。

かと思えば、唐突にこちらへと方向転換を行い、噛み付いてきた。


「!?」


間一髪でスノーはそれをかわす。

そして、素早く平常心を取り戻すと、続く二撃目、それを居合斬りを繰り出す事で中断させ、刀を振り上げて、握るその手に力を込めた。


「!」


瞬間、雷狼種は悪寒を感じ取った。

首筋に走る、瞬間的な恐怖心。

あたかも首を落とされるような錯覚を覚えた彼は、続く三撃目で、彼女を仕留めるつもりでいたのにも関わらず、急にその脚に力を込めると、後方へと下がる。



ヒュンッ...!



スノーの一刀が空を切る。


「……」


スノーはそれを見て、構えを変えた。

先程まで正面に出していた刀をそのまま頭上に掲げる——上段の構えだ。



——出来れば…ユウがこっちに着く前に仕留めきりたい…



内心そう呟くと、彼女はその一歩を踏み出した。

しかし——


「ヴァォオオオオオオン!」


「ッ!」


突然の遠吠え。

それに、スノーは直感的になにかを察知し、その足を踏み留めた。



バチッバチバチバチッバチバチバチッ!!



途端に、雷狼種の周りを大量の雷が帯電し始める。

それはもはや、彼女では近づけぬ程の大きさだった。


「…これは…ちょっとまずい…」


それを見て、後ずさるのは、今度はこめかみから汗を滴らせた彼女の番だった。


「ヴァオンッ!!」


一吠えしながら突っ込んできた雷狼種に対し、物理を度外視した全力の魔法防御魔法を展開、大量の放電した雷を弾き、なるべく距離を取ろうと意識する。

その戦法は、もはや彼を狩るものでは無かった。


——逃げの一手。

それのみに集中している。


「ヴァウッ!」


しかし、尚も接近する雷狼種は、魔法防御魔法で作られた球の中に侵入してきたのだった。


「ッ…!」


スノーは、それに少しの動揺を覚えつつも、すぐさま外へと出すために、その刀を振った。

しかし、その意図を理解しているのか、雷狼種はギリギリ球の中でそれをかわす。


「ガウッ!」


カキッ


「くッ....!」


雷狼種の噛みつき。

それを間一髪で構え込んだ純刀に突き立たせる。

雷狼種は、口の中の切れるような勢いで、そのまま暴れまわろうとした。

しかし——


「そこッ…!!」


突然巻き上げられる水柱。

惜しくも間一髪か、展開された防御魔法によって傷を与えるに至らなかったが、それによって空高く打ち上げられた雷狼種に、スノーはようやく球から外へ出すことに成功したのだった。


スノーは再び構えを変える。

降ろされた刀を顔のすぐ構える、八相の構えを取った。


「ヴァオォォォォォン!!」


「!?」


再びの遠吠え、それを咄嗟に危険と感じたスノーは、防御魔法を置き去りにその中から飛び出す。


ドォンッ!


轟音、それと共に極太の、蒼い光線が防御魔法を容易く貫いた。


「ッ....」


それに冷や汗をかく。



——危なかった、もし油断してまだあの中にいたら....



首を振り、素早く余計な思考を取り除く。

今は、生きることを考えなくてはならないからだ。


スノーは、再びその身に魔法防御魔法を展開する。

雷狼種の方も、それを理解していたのか、先ほどと同じように再び距離を詰めてきた。

そして、スノーは易々と侵入を許す。


振られる刀、その刃はいずれも届く事無く空を切る。

そして、これで終わりと雷狼種がその牙を突き立てた瞬間だった——


「!」


再び襲いかかる瞬間的な恐怖心。

それに雷狼種は素早く後ろへ飛ぶが——



ヒュンッ!



鋭い袈裟斬けさぎり。

その刃は空を切ったものと思われた。

しかしその剣先からは鮮血を舞い上がらせていた。


「グルルル....!!」


鼻先を少し掠めたのみだった。


だが、それに雷狼種は背を向けて逃げ出したのだった。


「____ハァ....」


一息、そう吐くと、スノーは膝から崩れ落ちるかのように地面へと座り込む。

そして、首飾りを軽く握った。



——よかった。また使わなくて。



ほっと安堵の息を漏らして数分後、ようやくユウがその場に到着した。


「大丈夫か.....?」


「——うん、雷狼種はあっちに逃げたよ。」


「わかった、お前はここで休んでろ。」


その言葉に、スノーは首を横に振ると、立ち上がる。


「大丈夫、私も一緒に行く。」


「——わかった。」


ユウはそう一言返すと、スノーの指差していた方向へと走り出した。





「いた…!」


木々の隙間から漏れる、帯電する雷狼種の雷を確認したスノーがそう、小さく呟くようにして言った。


「グルルル....!!!」



バチバチバチッ…!



雷狼種が、威嚇をしながら強大な放電を行う。

それに、スノーはすぐさま魔法防御魔法を展開したが、ユウは一切動じる事なかった。


「ユウ…?」


「……」


ユウは、スノーの言葉に何も返さず、無言のままゆっくりと雷狼種の方へと歩き出した。


「グルルル……!」


雷狼種が、警戒に後ずさる。



バチッバチバチバチッ!



「ユウ! …ッ」


突然帯電し始めたユウの体、それに心配の声を漏らすスノーだったが、黄金色のそれに、すぐにそれが雷狼種のものではなく、ユウ自身のものである事に気がつく。


「……」


警戒していた雷狼種が、後ずさるその足を止めた。



バチッバチバチバチッ…



ユウの雷は、雷狼種の発するそれと同規模にまで膨れ上がるなり、黄金色の雷は、蒼色のその雷と交わった。

やがて調和するかのように、互いを阻害することなく放電は続く。


そして、狼の目の前までやってきて、ユウは腰の純刀に手をかけた。

この距離であれば、純刀の刃は容易に届くだろう。

しかし——


「!?」


ユウはそれを、地面に捨てた。

やがて、その口を開く。


「——群れから追い出されたか…」


小さく呟いたその言葉に、雷狼種の眉間に刻まれていた深いシワが、緩んだ。


「そうか....お前も....一人、なんだな....」


「....?」


小さく呟いたそれは、スノーの耳にまでは届かずに消える。

ユウは、屈み込み雷狼種の身体をそっと、優しく抱き上げた。

すると、両者の周りを舞っていた雷は鳴りを潜め、やがて消え去って行く。

そして——雷狼種もまた、蒼い雷に包まれ、やがて消えていった。



「手懐けた.....」


スノーが言葉を漏らす。

——雷狼種。

それは、狼の変異種個体に於ける一種だが、彼等の短命を取り除く方法が一つ存在する。

彼等は、その身体に合わぬ莫大な魔力が故に短命となる。

だから、その膨大な魔力を包み込む程の人間、その“使い魔”となればいいのだ。


使い魔とは、文字通り、人間に使役されたモンスターの総称。

全てが全て使い魔にできるわけではない。

雷狼種、というよりも、狼の変異種は当然使い魔にする事が可能だが、その性質上非常に獰猛で、彼等を手懐ける事など容易ではない。


それを、ものの数秒。

初対面にも関わらず、ユウは手懐けたのだった。

これは紛れもなく異常な事であり、これは、彼が調教師テイマーとして

お天才的なセンスを秘めている事すらも意味する。


「——さて、どうしたらいいんだ?」


「!」


呆気にとられていたスノーだったが、ユウのその一言で我に帰る。


「依頼内容は確か雷狼種…つまり、こいつの討伐だったわけだが…こういうのは手懐けた場合、どうなる?」


「ええっと…と、とりあえずギルド支部に行ってみようか……?」


それに、ユウは少し考えるような素振りを見せた後、「そうだな」と一言、街へと向かって歩き出したのだった。





「つ、使い魔になされたんですか……」


報告を受け、驚く受付嬢。

信じられないと思えるその顔は、流石に動揺した様子であり、だがやはりその事実を伝える彼の冒険者カードに対し、言い知れぬ気分になっていたであろう。


「それで? 討伐だがどうなるんだ? この場合。」


「は、はい。規定上では、依頼は達成となります。近辺への被害はこれで抑えられますので。」


「なるほど、じゃあ依頼達成って事か。」


「はい。」


冷静さを取り戻したのか、受付嬢はコホン、と一つ咳払い。

仕切り直しを行うと、「少々お待ちください。」と一言残し、裏へと入っていく。

しばらくして、二枚の紙と、袋を持って戻ってきた。


「こちらが、依頼達成報酬となっています。そして——おめでとうございます。お二人共、Bランクへと昇格です。」


それと共に、二人は、それぞれ承認書を渡されたのだった——





——時を同じくして、日の落ち、すっかりと暗くなった商店街。

昼間の活気は鳴りを潜め、人通りも少なくなり、家々から漏れる光と、月明かりのみが街道を照らす中を、一人の少女が立っていた。

赤黒い、マント。

そこから伸びるフードを目深に被り、隙間からは鮮血の如く赤い髪がはみ出ている。

少女は一つ、口角を上げたのち、口を開くのだった。


「——ここが…ジョディネルのいる場所…」


白い歯を輝かせながら、少女はにいっと笑った。

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