アフタヌーン・オブ・ザ・リビングデッド

 残響が響き渡り、悪魔の舌のような赤い炎が黒煙に変わる。



 地に伏したフランとアルバは、煤と共に降り注ぐ砂と小石を浴びながら、煙幕の向こうを凝視した。


 穴の奥から、焼け爛れた腕が突き出され、燃えて燻る土を掴んだ。

 フランが息を呑む。



「どっちだ……」

 眉間に皺を寄せ、サーベルに掛けたアルバの手をフランが抑えた。

「待って!」



 手がゆっくりと伸び、黒く焦げついた肘と肩が徐々に現れる。

 焼け残った服の袖には、赤い糸で縫った跡があった。



 穴底から這い出したカザンは、火傷と土と死人の体液で全身を染め、肩で息をしながら立ち上がった。


 爛れた皮膚の下の筋肉が蛆のように動き、新しい肉を作ろうともがいている。



 彼が掲げた左手には、焼け溶けて形を失いかけた包丁が握られ、そのひっ先は新鮮な血を滴らせ、赤く脈動する心臓が突き刺さっていた。



すっげぇDude……」

 アルバが口元を歪めて、嘆息混じりに笑う。

 フランは深く息を吐いた。



 死人たちが、糸が切れたように崩れ落ちていく。

 いくつもの死人を継ぎ接ぎした巨人は、遊び疲れた子どもが眠るように地面に倒れ、動きを止めた。



 死者と殺人者たちの立つ庭を、囲むように並ぶ針葉樹の間から差す陽光が照らし出した。




 ***



 何もかもが終わった後とは思えないほど、森の中の帰路は陰鬱な暗がりに沈んでいた。



 来たときと同じ順番で並びながら、三人は血と泥で湿った靴底で、木の葉を踏みしめながら進んだ。



「おっと」


 先頭を歩むアルバが急に足を止め、虚空を見上げた。

「そろそろか」


 フランが問う前に、後ろを歩くカザンが言った。


「戦いが終わったんです。キラーズはここに留まる理由がなくなったってことだ」


 カザンの頰には痛々しい水ぶくれはまだあるが、千切られた腕も目も元に戻り、破れた服の下から覗く脇腹は真新しい青白い皮膚が張っていた。



「アルバ、お前はどうする」


 そうだなぁ、と呟き、少し逡巡してから、

「軍に戻る。帰還報告をしなきゃな。あいつらの形見を持ち帰って、死体を回収して、ちゃんと葬るようにする。お嬢さんの村にも世話になるかもな」

 と、フランに向き直り、歯を見せて笑った。


 その赤い目にもう恐怖は感じなかった。


「間に合うのか? もう時間がないぞ」

「できるさ、俺ならな」



 アルバはフランの横をすり抜け、カザンに手を差し出した。


「今回の同盟で縁が生まれた。またすぐ会うぜ。次の戦場でも味方ならいいけどな」


 カザンは少し眉をひそめてから、仕方ないという風に手を伸ばし、アルバの指先を軽く弾いた。



「早く行けよ」


 答える代わりに肩を竦めたと思うと、足音ひとつを残し、次の瞬間にアルバの姿は見えなくなっていた。



 吹き抜けた風に、フランが乱れた髪を抑えると、カザンは苦笑した。




 時刻は一日で一番日が高くなる頃だった。

「もう行くんですか」

 並んで歩きながらフランは言った。


 カザンは前を向いたまま、ええ、と答えた。



「次の戦場に行きます。負けない限り、次も、その次も」

「ずっと、終わりはないんですか」

「どうかな……いつか自分が殺した数と同じだけ世界を救ったら、終わりが来ると聞いたことがあります。最後の試練を乗り越えれば天国に行けるだとか、生まれ変れるだとか、死ぬ前に戻って人生をやり直せるだとか。

 どれもキラーズの中での御伽噺みたいなものですが」



「自分が殺した数だけ……」


 そう繰り返しながら、フランは俯いた。

 この男は生前誰ひとりとして悪意を持って殺してはいないのを知っている。それどころか不運に命を落とした人間のひとりだったことも。



 カザンは微かに目を細めて、睨むように遠くを眺めた。


「見えてきましたね、村が」


 木々の隙間から漏れる光が徐々に広がり、荒涼とした墓地と、まばらなひと影が見えた。



「そろそろ時間です」

 カザンは足を止めて、フランを見据えた。


「本当にありがとうございました」

 カザンは小さく微笑んだ。

 ひとを殴ったこともないような、少年らしさの残る表情だとフランは思った。


 それでも、彼はこの先永遠にも思える時間をひたすら戦場で過ごし、殺人者たちと戦って、殺し続けるのだろう。



 フランの胸中を透かしたように、カザンが口を開いた。


「これも、噂話に過ぎませんが」

 少し言い淀んでから、続ける。


「どこかに異能として病理を操るキラーズがいるそうです。俺が死んだ病気にも、何か関係があるかもしれない。ひとまずそれを探して……本当に全てが終わったとき、やり直せるならやり直したい。それまでは続けるつもりです」



 フランはいくつもの言葉を飲み込んで、ようやく言った。

「じゃあ、また会えますか」



 カザンは驚いたように小さく目を見開いてから、かぶりを振った。


「会わない方がいいですよ。キラーズが来るような事態なんて二度とない方がいい」


 フランは曖昧に笑って俯いた。



 森の中の静寂が辺りに染み渡る。


 カザンは一瞬目を逸らしてから、再びフランを見て言った。


「そうですね……もしどうしても、この世界に来るようなことがあれば。そのときはまた、ウッド村で雇ってください。どんな相手でも必ず戦います」


 フランは顔を上げて、血と泥と煤で汚れたひと殺しを見つめた。


「そのときは、今度こそ貴方を歓迎できる、何の隠し事もない、そういう村にします」


 カザンは小さく微笑んだ。




「でも、とりあえず今回のお礼をさせてください。みんなもきっと……」


 フランは村に向かって、小走りに数歩進んでから、足音が続かないことに気がついた。



 振り返った先には誰も立っていない。

 夜闇のように茂った木の葉が揺れているだけだった。



 フランは少しの間それを眺めてから、踵を返し、森の中の小道を歩き出した。



 眼下に広がる、時期が来れば伐採され墓標の原料になる針葉樹に囲まれてた村は、午後の静かな光が降り注いでいた。

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キラーズ・トリップ・ロワイヤル 木古おうみ @kipplemaker

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