46 国王 オズヴァルド

馬車に揺られること約一時間。小窓を覗くイシュタルは目をキラキラと輝かしていた。


「あはは、可愛らしいお嬢さんだ。城はそんなに珍しいかい?」


「はい!こんなに近くで見るのは初めてで…

っ、すいません!私ったらみっともない」


「そんなことはないよ。むしろ俺からすれば嬉しい限りだ。もっと、もーっと自慢の城を君に見てほしいって気持ちになる。

あっ、そうだ!セオと一緒に中を見て回るといいよ!案内をつけさせるから、ね?」


勢いに任せて返事をしそうになり、イシュタルはハッとしてセオを見る。結局、セオが承諾してくれないと城の見学は無理だろう。かと言って、今日はオズヴァルド王との大事な会合だ。そんな時に関係のないことを頼むのは気が引ける。

悶々と考えた末、イシュタルが首を横に振るとセオの手が頭にのっかり制止する。


「はぁ…遠慮はするな、と前に言わなかったか?それにオズヴァルドもこう言ってくれてるんだ。あまり相手の厚意を無下にしてはいけないし、ここは甘えるか」


「セオ様、ありがとうございます!」


「さすがセオ、そうこなくっちゃ!じゃあ案内はレオンハートかファルクに頼んでおくよ。

おっ!城門が開いたね、着いたよ!」


城の入り口に馬車が止まるとドアを開いたのはファルクだった。


「セオ殿、ようこそラスファリタ城にお越しくださいまし……って、国王様!?」


「ご苦労様、ファルク。ほほぉ~う…やっぱり騎士の制服はいいねぇー、よく似合ってる。

よし、準備はできているようだね。さぁさぁ、皆様どうぞ中へ!」


真っ赤な絨毯の上を歩いてオズヴァルドの後につづく。廊下の左右に並ぶ使用人や騎士達は、片膝をついて胸に手をあて頭を下げる。これは忠誠心の証しであり、オズヴァルドがいかに信頼されているかを示しているのだ。

そんな姿を見てセバスが少し驚いたような顔をしていると、


「セバス、君は今まで俺が国王だってこと、正直信じてなかったでしょ?言われ慣れてはいるけど、結構傷付くんだよ~まぁ、残念ながらこんな俺でも一応王様やってます」


と言ってオズヴァルドが苦笑いを浮かべた。


「おや…気付いていらしたとは、思いませんでしたよ。申し訳ありませんね、顔に出やすいタチでして、注意しておきます」


「うわぁー、全く気持ちがこもってないな…

ここなんだけどね…いいかい、みんな耳を塞ぐんだ、いくよ!」


使用人がゆっくりと広間の扉を開く。

オズヴァルドに言われた通り、耳を塞いだのはイシュタルだけであった。

次の瞬間、目に写るのは豪華な室内とドレスに身を包み仁王立ちをした女性の姿だ。


「兄上っ!!城内にいないと思えば、勝手にセオ殿を迎えに行っていた…?もう我慢の限界です……


ちゃんと城内にいろって言っただろ!!何回言わせるんだ、クソ兄貴!!!」


「あははー レオナ、素が出てるよ。

あれ?お嬢さん以外みんな耳を塞いでなかったの?ねぇ、キーンってなったでしょ!?

わかるよ~レオナの声はヘルツがきっと他の人より高いんだ。だから、耳へのダメージが大きいんだろうな、うんうん」


「誤魔化さないでくださいっ!!

…はぁ、もういいです。兄上、ひとりで喋ってないで中へお入りください。」


レオナと呼ばれた女は額に青筋を浮かべながら笑顔を貼り付けて言った。

どことなく面影が誰かに似ているような…、と思うイシュタルだったが席へと促されるままセオの隣へ座った。


「では、改めて…

この度は我が領地を救ってくれたことに感謝する。貴殿らの働きで、多くの民の命が救われたことは言うまでもない。


………やっぱり俺にはこんな堅苦しいのは似合わないや。

セオ、そして仲間のみんな…パウルの村を救ってくれてありがとう!本当に感謝するよ!」


「気にするな。別に俺達はお前のためにしたわけではない。まずは報酬の話だが、

………ん?」


突如、足下に魔法陣が浮かび上がる。だがその光は黒く、それを目にした途端、シンが頭を抱えるように自身の額に手をやった。


「あらあら、これはまた…やはり貴方達はお留守番すらまともにできなくて?」


光が消えた瞬間、周りの光景が一変した。そこにはシャンデリアや豪華な装飾品はなく、あるのは赤黒い絨毯とぽつんと置かれた玉座のみ。大きなステンドグラスの窓からは青白い光が差しこみ室内を照らす。


そう、ここは"堕獄の間"だ。

驚くオズヴァルド、レオナ、ファルクをよそにムタの噛み殺したような笑い声が響いた。


「くくっ、言われた通り"お留守番"はちゃんとしてるっての。現に俺達は一歩も外には出てねぇしな」


「そうだにゃ、それにこっちはちゃんとセバスに言われてるにゃ。パウルの村で見つけたアキレアの効能が分かったら来いって」


アフロディーテとバステトの間に険悪なムードが漂うなか、それをかき消したのかタイミングが良かったのか、オズヴァルドが言った。


「セオ、ちょっと待ってよ。えーっと、つまり……

二人の話を聞くかぎり、ここはセオの家?城?で、あってるよね?ということは、俺達は強制的にワープで連れてこられちゃったって訳だ」


「ここは俺の城の中、"堕獄の間"だ。そしてこの二人がムタとバステト、負傷していて留守番を任せていたが……これには条件があって、それをクリアしたから今ここにいる。ムタ、説明しろ」


ムタがポケットから小瓶を取り出しセオに渡す。中の液体は青く色付いていて、光に翳すと透き通っていた。


「あのアキレアに良く似た花を調べたところ、はっきり言って回復能力はゼロに近いな。きっと何をしてもこれは変わらないと思う。

だけどそれは回復能力ってだけの話ね、こっからはマジの話。ただこいつは強化能力にだけ特化してる、それも魔力のな。だから特化してる分、本気で改良すれば一瓶で俺達が使うぐらいのでかい魔法を、アンタら人間でも使えるようになるってこと…まぁ体が耐えれるかどうかは別だけど」


「ご苦労だったな、ムタ。おかげで全てが揃った」


「……? あのさ、君達がどれくらい強いかはファルクの報告を受けているからなんとなくは想像つくけど…

何故、この場にそれを?」


「その答えは、先にお前の話を聞いてからだ。まさか、本当に謝意を示すためだけに俺達を招待したと言うんじゃないだろう?

頼むから俺を失望させてくれるなよ、オズヴァルド」


セオの低く冷たい声に、オズヴァルドの頬を冷や汗が一筋つたい落ちる。そして諦めたように深く息を吐くと、真剣な面持ちで話し始めた。


「すこし長くなるけど…ちゃんと真実を話すよ。セオの言った通り、君達を褒め称える為だけに呼んだわけじゃない。俺はセオ、君達となんでもいいから接点が欲しかったんだ…と言ったら君は俺を警戒するかな?」


「どうだかな、いいから続けろ」


「わかった。

俺が君達を偶然見つけたのは少し前。いつもの旅人とかならスルーなんだけど、初めて君達を見たとき正直驚いたよ。だから、俺は国中を必死に探して君達…いや、セオを監視していたんだ。

そう、その日は初めて来たラスファリタ王国で奴隷に捕まり、誘拐されてしまった…そうだよね、お嬢さん」


「っ!兄上っ!!」


その瞬間、オズヴァルドの首には鈍く光るダガーナイフがあてられていた。ファルク、レオナも同様だ。


「ムタ、シン、バステト。命令だ、手を離せ」


多少間はあったものの、おとなしく武器をしまった三人だが、未だ警戒は解いていないようであった。


「じゃあ続けるね。それから俺は君達を見失ってしまったんだ。国内一の情報屋 ロイズ でさえ何一つ情報を掴むことが出来ず、まさに八方塞がりだったよ。でもそんなある日、ロイズから連絡が入った。


『名前が分かった。それと仲間は七人。ギルドに入るそうだ』


ってね。

あとは奇跡というよりは運命なんじゃないかと思ったよ。君達がレオンハートと出会って、パウルの村を救ってくれた。おかげで俺はそれを口実に君達と今こうやって話ができているんだから」


「最初から俺達に目をつけていたってことか。それで?お前が俺達に執着する理由はなんだ?」


「…俺の考えが正しければ、君達は"この世界に生きている条件"を満たしていない。それは君達が今まで【誕生】【継承】【死】、全てを経験していないと言うことなんだよ。そんなことはあり得ないんだ、だとすれば可能性は一つ。


…君達は別の世界から来たってことだ」

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