47 取引

その言葉にイシュタルが驚きびくりと肩をあげる。自身を真剣な顔つきで見つめるオズヴァルドに、セオは返事の代わりに冷笑を浮かべた。他の五人もにんまりと口角をあげている。


「ふっ…仮に俺達がそうだったとして、なにか関係があるのか?そんなもの、脅しにもならないが」


「脅すつもりは一切ないよ。ただ" 条件を満たしていない "ってのが、俺が君達を選んだ理由なんだってこと。

百聞は一見にしかずってね、見てもらった方が早い…ファルク、悪いけど服を脱いで」


「 へっ? 」


オズヴァルド以外全員が目をパチクリとさせてファルクを見た。それはファルクも同じで驚きを隠せないといった様子だ。


「はぁ…ファルクがそんなに嫌なら俺が脱ぐしかないかぁー。レオナは嫁入り前だし、女の子だし、脱がすわけにはいかないし。

……俺、王様なんだけどなぁ~」


「ぬっ、脱ぎます脱ぎます!自分が脱ぎますから!」


それじゃあ お願いね、とオズヴァルドは心底楽しそうに笑った。…若干、ファルクで遊んでいるようにみえるがあえて触れないでおく。

ジャケットを床に脱ぎすて、頬を紅潮させたファルクがシャツのボタンを外していく。


「念のため一つ聞きますが…どうして貴女が恥ずかしがっているんです」


「っ!! え、えっと、その…すみません」


「まぁ頬が真っ赤ねぇイシュタルちゃん!とても可愛いわよ~

セバス仕方がないわ、イシュタルちゃんは殿方の裸に慣れていないのよ。ふふっ、慣れてしまってもいけないけれど♪」


「あの……脱ぎましたから、早く…」


自分そっちのけで話すセオ達にファルクが言った。このままでは自分はいつまでも半裸で放置されることになる、そう思ったのだ。

イシュタルは羞恥心と戦いながらなんとか顔をあげてファルクを見た。


「っ!!その胸の赤い石は、」


「…魔法石マジックストーンか」


ファルクの体には、それも心臓付近には鈍く光る魔法石マジックストーンが埋め込まれていた。根をはるように伸びる血管は、脈打つように動いている。


「セオ、これが僕が言った"条件"だよ。これはね、ファルクだけじゃない…レオナだって、国王である俺にも、この世に生をうけた瞬間に埋め込まれているんだ。それにこれはラスファリタ王国だけじゃない。ユーテリア王国、バハール王国、大国シュメール王国も義務付けられている。

もし、なんらかの事情で埋め込まれていなかったとしても、どの国も入国した際に魔法石マジックストーンを感知する魔法が発動する。だから、遅かれ早かれバレるだろうし、逃げ切るなんて不可能なんだ。

だから君達はどこの国にも属していない。しかも俺を知らなかったってことは、逃げ回って生きてきたわけでもない。単にこの義務を知らなかっただけ。そして今、俺の思っていた可能性は確信に変わったよ。

やっぱり君達はこの世界に元々存在するものではなかったんだ」


「それを知って貴方はどうするおつもりですか?もしかすると私達は自分で石を外したかもしれませんよ」


「セバス、それはないと思っているよ。これはね、無理に外すと死ぬんだ。心臓にまるで根っこが絡み付いてるみたいになっててね、外すと血が止めどなく溢れ出す仕組みになってる」


セバスがちらりとセオに視線を移すと、セオは顔色一つ変えずにオズヴァルドをじっと見ていた。まるで次の言葉を待っているようで、セバスはぐっと押し黙る。


「それを確信だとしたうえで、ここからが本題だ。

俺はね、この体に埋められた魔法石マジックストーンは人間を監視するためなんじゃないかと考えているんだ。

俺はこの制度が不思議でならないんだよ。なにを考え、義務付けたのか…


俺がわかる範囲で話そう。今ラスファリタ王国では奴隷や国民が定期的に行方不明になっている。お嬢さんが連れ去られたのもきっと同じだろう。

その人達は一体何処へ連れていかれるのか、俺は信頼のおけるギルドを雇って調べさせたのだが…

結局分かったのは裏でシュメール王国が絡んでいることと、深追いすれば殺されるってことだ」


そう言ったオズヴァルドは拳を強く握って悲痛の表情を浮かべた。そして瞳を閉じて、沸き立つ怒りを抑えるように息を深く吐く。


「……ギルドマスターはファルクの兄だった。ファルクの騎士任命式の日をとても楽しみにしていたし、立派な弟なんだと周りに自慢していた…

だがその任命式の日、彼等は来なかった。

部屋にはいると自身の体から抜き取った魔法石マジックストーンを握りしめて、ギルド全員が息絶えていたんだ。

今となっては" 自殺 "と処理されているが、彼等が自殺するなんてあり得ない。俺には彼等は何者かによって消されたのだと思えてならないんだよ。俺達は知ってはいけないことまで、知ってしまったらしい」


ファルクはその日の光景を思い出し、奥歯を強く噛み締めた。下を向いたレオナの顔に憂愁の影が差す。


「監視されている、というよりは脅しだな。次はお前の番かもしれんぞ、オズヴァルド。

まぁ、俺達に何を望んでいるのかは大体想像はつくが…俺達もボランティアじゃない。それに別に俺は誰が死んでも関係ない。俺が頷くとすれば、それ相応の報酬と、主導権は俺だ」


「セオ…貴方はやはり悪魔のようだ。この話を聞いてなお、そんなことが言えるのですから。

兄上、この交渉は危険です。諦めま、

「口出しするな、レオナ。これは命令だよ。


分かった。全て君の言う通りにするよ、セオ。やっと見つけたんだ、俺が頼れるのは君達しかいない。

ただし、こちらも条件がある。

人々の体に埋められた魔法石マジックストーンの秘密を暴いてくれないか、例え俺が死んだとしても。そして世界に生きる者全てを解放する手助けをしてほしいんだ。

俺からの望みはこれだけだよ。」


「なーんだぁ?王様なのにもっと欲張んねぇのかよ?ホラ、全員ぶっ殺してくれーとか、国をぶっ潰してくれーとかさぁ? っいぃでぇ!!!」


ヘラヘラと笑顔を浮かべたムタの足を思い切りセバスが踏みつけ黙らせる。


「ムタ茶化すな、黙っていろ。今は俺とオズヴァルドが話しているんだ、誰も口を挟むことは許さない。

ではオズヴァルド、取引といこう。

まず俺が望むのは俺達全員のギルド登録だ。王なのだから登録費用なんて要らないだろうからな。

もう一つはムタとバステトに怪我を負わせた騎士、そいつの情報をお前の立場でも何でも使って集めろ。

魔力強化剤についてはムタが改良してからになるが……面倒だな。後はセバスと話せ。今のところはそれでいい。

この条件をお前がのめば、晴れて交渉成立だ。約束したからには俺達はお前を裏切らない、どうする?」


結局私ですか…と、セバスは小さく呟き眉間をつまんで悩む。セオはあの魔力強化剤をオズヴァルド、というかラスファリタ王国に買わせるつもりなのだ。改良、効能の実験、生産量、価格設定、その他諸々問題は山ほどある。そんなセバスを憐れんだバステトとシンが、ポンと肩に手を置いた。


「ありがとう、セオ。君と初めて会ったときから根は優しい人なんだろうなとは思っていたんだ!

俺は今ここに誓うよ。君の望みを、俺は命を懸けてでも叶えてみせる…こんな命でも役に立ってみせるさ!」


「そうか。ではこれからよろしく頼むぞオズヴァルド。俺達もできる限りの手は貸そう、お前が俺に応える限り、な。

これにて交渉成立だ、セバス」


返事の代わりにセバスが手を一回叩いて、乾いた音が木霊する。すると急に明るい光が目に差し込んで、イシュタルは反射的に目をつぶった。

何度かまばたきをしてゆっくりと開くと、そこはオズヴァルの城の広間だった。


「セバスとアフロディーテはあっちに残ったか。

……シン、お前は真面目すぎる。もし二人なら俺はイシュタルとデートができたというのに」


「すみません、セオ様。ですがセバスとアフロディーテが一応護衛をと、」


「…馬鹿、セバスの真意は俺の監視だ」


子供が拗ねるように口を尖らせたセオに、シンは困ってイシュタルに視線で助けを求める。だが、精一杯イシュタルがなだめるが、そっぽを向いたセオに成すすべはない。

結局、助け船を出したのはオズヴァルドだった。


「あぁ、そうだ!!レオナ、セオに我が城を案内してくれないかな?お嬢さんはとびきり楽しみにしていてね~」


「わかりました、兄上。ではすぐに 「 待て 」


レオンの言葉を遮るようにセオが言う。


「レオナ…いや、レオンハートと呼ぶべきか。

俺達に女装する文化はないんだ、だからお前の姿はイシュタルにとって悪影響…。

その、お楽しみ中とても言いにくい事なんだが、自身の変態的趣向は自身のみで楽しんでもらわないと、」


「なっ、なにが変態的趣向だっ!!私は正真正銘女だ!!!

……怒鳴ってすまない、いつ話そうかと悩んでいた。私はただ、外の世界を知るために身分を隠して騎士に紛れているんだ。騙すつもりはなかったんだが、」


「レオンハート様だったんですね。よかったです、女性と聞いてなんだか余計に安心しました」


安心して胸を撫で下ろすイシュタルに、レオナもほっとする。ただ、シンははじめから気付いていたようで、セオとイシュタルが知らなかった事に驚き口をあんぐりと開けていた。


「そう言ってもらえると私も助かるよ。

今はレオナでもレオンハートでも好きな方で呼んでくれてかまわない。だが外で会う時はレオンハートでよろしく頼む。

では早速城を案内しよう、こっちだ」


レオナに連れられイシュタルが後ろを振り返ると、会釈を返すファルクの隣に笑顔で手を振るオズヴァルドがいた。

王様らしくない無邪気な姿に、小さく頭を下げるとイシュタルは時が経つのを忘れるほど目を輝かせて城内を見学するのだった。

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