45 招待
イシュタルは二人に回復薬を届けた後、セオとセバスとで昼食をとっていた。
「イシュタル、あの二人はどうだった?お前が心配するほどではなかっただろう」
「はい、バステト様もムタ様も元気そうでした。まだ傷は完全には癒えてはいないですが…」
「イシュタル様、お気になさらず。あの二人は底無しの生命力を持った馬鹿なので、ちょっとやそっとじゃ死にません。
それよりもセオ様、なにかお忘れでは?」
あ、と口を開けてセオのパンをちぎる手が止まった。
「その様子だと、やはり報酬の事を忘れていましたね。少々勝手かとは思いましたが、私の独断でシンとアフロディーテに任せておきましたよ。なにせ昨日貴方は帰ってきませんでしたから、お伝えするのが遅くなりました」
「苦労を掛けたな。でもいい加減、機嫌を直してくれよセバス。
それで?お前の事だから、きっとなにか返答があったのだろう」
「ええ。なんと、ラスファリタ王国の国王から直々に招待状をいただきました。領地である村を救った我々に謝意を表して、だそうです。きっと報酬はその時でしょうね」
嫌そうな表情を浮かべるセオだったが、選択の余地などないのも分かっていて、渋々頷いた。
「話が早くて助かりますよ。まぁ国王に呼ばれている以上、貴方が行かなくてはそれは筋違いというもの。
ちなみに明日、王国の使者が迎えに来てくれるそうです」
「明日…か。まぁ、こうもうまく話が進むとなると、あちら側もある程度は予測していたという訳か。
イシュタル、明日はうんとめかし込むといい。なにせ俺の未来の妻なんだ、恥はかかせられないからな。
ムタとバステトはお留守番だ。悪いがセバス、そう伝えておいてくれ」
「わかりました。イシュタル様の御洋服も私が準備いたします。」
イシュタルは口を挟むことが出来ずに、半ば諦めて聞き流すことにした。自分の目の前で自分のことが決められていく。ここで意見をしたところできっと意味はないだろう。
だが、この選択が最悪の事態を招くとは今のイシュタルは知るよしもなかった。
次の日、イシュタルは支度をすませて、重い体を引きずるように広間へ向かった。その姿にアフロディーテとセオは唖然とし、隣には誇らしげな顔をしたセバス。
沈黙の最中、先に口を開いたのはアフロディーテだった。
「…イシュタルちゃん、その無茶苦茶な格好はどうしたのかしら?こちらへいらっしゃい。
これも、あとそれも…どれも必要ないですわ~。廃棄しましょう♪」
アフロディーテの手によって、沢山のきらびやかな装飾品が外され、無惨にも床に捨てられていく。あれよあれよという間にイシュタルのドレスは無事に落ち着きを取り戻した。
セオは傾いたリボンの髪飾りを直しながら、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「イシュタル、たくさん着飾ればいいってもんでもないんだ。セバスは優秀だがその点他人と少しずれているかもしれない…。
これは最初に俺が言うべきだったな。今度からはこうなる前に断りなさい。」
一応言っておこう、これら全てはセバスのセンスで用意したものである。本人はというと、床に散らばる装飾品を静かに拾い集めていた。その背中はこれ以上にないほどの哀愁を感じさせる。
「あの、セバス様…ありがとうございました。選んで下さったのに、」
「慰めなど必要ありません。私の至らない点は、私自身が一番知っていますから。
オセロット、これを全て片付けておいてください」
顔が埋まるほど持たされたオセロットが不憫でならない。ふらふらとしながら、広間を出ていった。
そしてセオはイシュタルとアフロディーテ、セバスと共に
「お待ちしておりました、セオ様。
今のところ問題はありませんが…鉱山はご覧になられますか?」
ーセオが ″
きっとバステトとムタを襲った敵の仕業だろうが、人間にしては魔力が桁外れである。セオほどではないが、アフロディーテぐらいはあってもおかしくはない。
「出迎えご苦労だ、シン。鉱山だが黙っておいてすまない。実はその日の夜にこっそり見に来ていたんだ。
ところで、アンラとマンユはどこにいる?」
「それが、あの兄妹と…ああ、あそこにいます。呼んできましょうか?」
シンが困った顔をして指差した方向からは、きゃっきゃと賑やかな声が聞こえてくる。鬼ごっこをしているようで、セオに気付いたアンラが大きく手を振った。
「アンラッ!セオ様に失礼なっ…今すぐ呼んで、」
「シン、待て。構わないから遊ばせてやれ。
今思えばアンラとマンユには、オセロットぐらいしか友と呼べる者はいなかっただろう。良い機会じゃないか?羽目だけは外さないようにキツく言い聞かせておけばいい」
手を振り返すセオは優しく微笑んでいた。
それからセオ達は村人達から"英雄"と呼ばれ歓迎された。まぁ歓迎と言っても豪華な食事に上等な贈答品、という訳ではない。年寄りは泣いてセオの手を握って感謝し、子供達は押し花や折り紙で作った花を贈った。きっと貰って役に立つものでも、嬉しい物でもないだろうに、イシュタルにはセオが喜んでいるように見えたのだった。
賑やかなムードの中、二台の馬車が村の入り口近くに止まった。空気は一変して静まり返った。この村に塀なんて存在しないため、今いる広場からはよく見えた。
そんな中、村人の男がたなびく旗を指差して言った。
「あれは、ラスファリタ王国の旗だ!
良かった。みんな安心しろ、敵じゃないぞ!」
「そのようですね。それに、殺意等も感じられませんし、ひとまず安心していいでしょう。
ですがこの大人数、なにかあってからでは対処しきれません。パウルさん、皆さんを連れて中へ。アンラ、マンユも同行してください」
セバスの言葉に大人達は安堵の胸をなで下ろす。だが子供達は未だ母にしがみついて離れないでいた。
村人達が避難した後ほどなくして馬車の扉が開くと、中から見知らぬ一人の男が降りてきた。
「初めまして。えぇーっと…君が" セオ "かな?」
「そうだ。お前は迎えに来るといっていた王国の使者か」
セオの放つピリッとした空気に、シンがその様子を固唾をのんで見る。だが、それを意図も簡単にぶち壊すほどの能天気な声に一同言葉を失った。
「いや~会いたかったよ、セオ!!この村を救ってくれた君達には本当に感謝しているよ!
こうしてはいられない。宴の準備だってできてるし、レオンハートとファルクも待ってるんだ。
さぁ、俺についてきて!!」
男はセオに握手をしてブンブンと振ると、ハイテンションで馬車の方へと戻っていく。その背中を訝しげそうにアフロディーテとシンが見つめる。
「あらあら、まさかセオ様の殺気が効かないとは。男から怯えた様子はありませんでしたわ」
「そうだな。殺気も感じない能天気な馬鹿か、はたまたそれを、物ともしない強者か…。見た感じは完全に前者だがな。
セオ様、どうされますか?」
「まぁ、行くしかないだろうな。アフロディーテ、アンラとマンユにここの警備を任せたい、伝えてきてくれないか。」
「わかりましたわ。すぐに」
アフロディーテが二人に伝えに行くと、セオ達は馬車へと向かった。
「セオ、その様子だと話し合いは終わった?」
「ああ、アフロディーテももう少しすればすぐに来る。それよりお前は何者だ?お前は俺の名前は知っていて、俺が知らないなんてフェアじゃないだろう」
セオがそう言うと男は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「驚いた、よ。まさか俺を知らないなんて…
最初に君に『王国の使者か』と言われた時もてっきり冗談で言ってるんだと思ってた。
それじゃあ俺は今までとんだ無礼者だったって訳だね。気付かなくてごめんね。
じゃあ改めて…
ラスファリタ王国第十三代国王、オズヴァルドだ。よろしく頼むよ」
「なんだお前、国王だったのか。国王直々に迎えとは、随分と暇なようだな」
「酷いなぁ~セオは。俺はセオ達の話を聞いて居てもたってもいられなくって、城を抜け出して来たっていうのに…だから、決して暇じゃない。むしろ忙しいんだよー?。
あ、彼女も来たようだし行こうか!さぁ皆さん、お好きな方にどうぞお乗りください」
オズヴァルドに促されるまま、セオとイシュタルが乗った。後ろの馬車にセバスとシン、アフロディーテが乗る。
「王国まではそう遠くない。魔法で移動できる距離だけど、たまには馬車もいいでしょ?みんなゆっくり寛いでね」
そう言うとオズヴァルドはセオとイシュタルの方に乗って、馬車を発進させた。
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