44 優しい竜の物語 完

◇◇◇


やけに眩しく感じて俺は目を開ける。


「 んで、なに?お前はそれで満足してるわけ?

いやー、滑稽だな笑わせてくれるねぇ!!」


体に巻き付く重い鎖。気付けば俺は見知らぬ所にいて、目の前には女顔の青年が立っていた。観客席から囲むように沢山の視線が注がれている。全く頭がついていかない。


「俺は、死んだんじゃないのか?」


「あぁ?死んだに決まってんだろ。それはもうぐっちゃぐちゃに刺されて死んださ…

それよりあの王女サマがどうなったか知りてぇだろ?お前があんだけ命かけて守ろうとした…おっと、そんなに睨むなって。ちゃんと教えてやっから」


頭上に光の玉が集まって、中にエリザベスの姿が写し出される。だがそれは思い描いたものとは違って酷い姿だった。目を背けた俺の頭を無理矢理掴みあげて青年は言う。


「おい、ちゃんと見ろよ。

こいつはな、お前が死んだあと商人に捕まって奴隷として一生働かされる。おまけに王国外に出た瞬間、ある呪いが発動した。あらかじめ魔術師がかけてたんだろう、毎夜体の内側を魔虫まちゅうに少しずつ食われて死に至る呪いだ。

くる日もくる日も激痛に耐えながら働き、死を待つしかない…お前にその苦痛が分かるか?これで彼女を救ったと言えるのか?」


違う。俺はそんなつもりではなかった。

いや、違うんだ。俺は救った" つもり "でいたのか。


「あー泣いたってダメダメー!おまけにお前は最大の罪を犯してんの。

お前、自分が毒竜だって知ってんだろ?じゃあ、あんな所で死んじゃあ国中お前の道連れになる。

死んで竜の姿に戻ったお前は腐敗と同時に体から毒を発生させたんだよ。まぁ毒竜だし仕方ねぇけどその毒は風にのり、水に溶け込み人々の口に運ばれていった。

そんでお前は自身の持つ解毒不可能な毒によって国をまるごと滅ぼしちまったってわけだ!」


「俺は、エリザベスを助けっ、」


顔面を思い切り青年に蹴られて口内に血の味が広がった。皮肉なもんで死んでもなお味覚と痛覚はあるようだ。


「勝手に喋んな、罪人風情が。お前が選択さえ間違わなければ王女サマもラクに死ねただろうし、国が滅ぶ事はなかった。全部お前が招いた結末なんだよ。そうだ、あともうひとついいこと教えてやる。

……愛しの王女サマは呪いのおかげで性奴隷にはされなかったようだぜ。まぁ夜になると魔虫の激痛で呻き声をあげるような女、気色悪くて抱けねぇよな」


殺したい。目の前にいるこの青年を今すぐに。体は拘束されて起き上がることもできず声も出ない。


「だぁーからそう睨むなって。


我、" 審判神 ミカエル " が今ここに審判を下す!己の私利私欲によって人間の魂を数十万奪い、未来ある命を消し去った…その罪は到底償いきれない。


よって罪人 " " は極刑終わりなき悪夢エターナル・ナイトメアを執行し、魔族転生を命ずる!!」


見物人達からは大きな歓声と拍手が沸きあがった。地面から無数の黒い腕が身体を掴んで引きずり込まれる。


「抵抗すんな。もうお前の審判は終わったんだよ。お前は今から極刑終わりなき悪夢エターナル・ナイトメアによってその刻が来るまで永遠に苦痛を味わうことになる。そうだな、きっとお前の人生ん中だと鱗を剥がされる時だろうな。

永遠に、永遠に、死ぬことも許されずに、何度も何度も激痛に耐える…かわいそうで涙がでそうだ。

もしお前が王女サマを助けない選択をしていれば、そりゃあ王女サマと仲間は死んでいた。だが、あの子供たちはあの毒入りクッキーを食べずに生き残る。幼い子供の先ある未来もお前が無慈悲に奪ったんだよ。


なにが正解だったんだろうな…まぁ俺にしちゃあどうでもいいか。じゃあな " "」


地面から伸びた黒い腕に首元まで引きずり込まれていた。観客からは拍手喝采。ただ一瞬だけ、ミカエルが悲しそうな顔をしたように見えた。



◇◇◇


「お 、い…っ、おいっ!!」


体を強く揺さぶられてイシュタルが目を開くと、そこにはムタの姿とローズベリーの大きな木。状況が未だ掴めず、辺りをキョロキョロとしていると飽きれたようにムタが手を差し出してきた。


「ったく、ほら起き上がれよ。

お前が回復薬を持ってくるってセバスに聞いてたんだけど、まさかローズベリーの幻覚でおねんねしてるとはな…

そりゃ待っても来ねぇはずだ」


「えっ、ムタ様?私いつの間にか眠って…

あ、あの、それは…?」


差し出された手を握ったイシュタルの視線が手首の一点に集中する。


「これか?んー、なんだったかな。昔に貰ったやつだけど、これがどうかしたか?」


「その青紫色のブレスレットって…いえ、やっぱりなんでもないです」


見間違える筈がない。あの夢に出てきた竜は紛れもないムタのその姿だった。

そして、立ち上がったイシュタルは頭の中を掻き消すように首を横に振る。ただの夢だ、そう自身に言い聞かせることにした。


「なんなんだよ…変なヤツだな。

あ、そうだ!バステトには気を付けろよ~

なんせズタボロにされて気が立ってるからな」


すたすたと先を歩くムタをイシュタルが慌てて追いかける。訓練場を通りすぎてバステトの部屋の前で止まると、ムタはイシュタルを振り返った。


「……お前がローズベリーにどんな夢を見せられたかは知らねぇけど、あれはただの幻覚だ。どうせなーんにも救えなかった竜のやつだろ?あんなつまんねぇもんは、さっさと忘れたほうがいいぞ」


へらり、と笑ったムタの声はどこか寂しさを感じさせた。


「私は…忘れません。だって、私が見た幻覚は優しい竜の物語でしたから。

行きましょう、ムタ様。バステト様が待ってます」


少し詰まりながらもはっきりと言ったイシュタルは、ムタより先に部屋へ入った。そのまま自然と閉まった扉の奥からバステトの罵声と、イシュタルの渾身の謝罪が漏れ聞こえていた。


「優しい竜の物語、ねぇ…。本当に、アイツって思考回路はどうなってんだろうな」


ムタは自身の深層を突かれたようでバツが悪そうに呟く。

彼女は人が予期せぬ回答をそれもまたストレートに、糸も簡単に言ってのける。

だが今回は正直、救われたのかもしれない。いつの間にかムタの、ドアノブを握る右手の震えは治まっていた。



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