42 優しい竜の物語 3
広場に着くとそこには大勢の人間が集まっていて、豚のように肥えた男が壇上に上がり言う。
「我が国はこの罪人、エリザベス王女の処刑をきっかけに大きな飛躍を遂げることでしょう!王国の発展を邪魔する王女を最早王女と崇める必要はない!
集まった人間どもが猿みたいに手を叩いて歓声をあげる。それを俺は遠くから静かに見ていた、はずだったのだが。なにやら抑えきれない感情が溢れてきて、それが怒りだと分かったのは近くで騒いでいた人間を殴り飛ばしたあとだった。
「お、おい!…ほぅ、よかったコイツ気を失ってやがる。竜神様、これ以上目立つ行動はやめてくれよ」
『…わかった。悪かったな』
殴ったヤツが気絶してくれたことで、大きな騒ぎにはならずにすんだようだ。
「さぁさぁ、皆様!!
お待ちかねの罪人、エリザベスの登場ですっ!」
鎖に繋がれて、王女が土壇へと上がった。少女の面影はあるものの、その変わり果てた弱々しい姿に俺は血が滲むほど奥歯を強く噛む。だが、周りの人間は逆に口を開いて歓声をあげた。
「静粛に、静粛に!
えー…王女 エリザベス は我が王国の発展を妨げたあげく、
…よって、今ここでエリザベス王女の斬首刑を執行する!!」
よりいっそう歓声が大きくなり、指笛の音が耳障りでたまらない。興奮した民衆の投げる石が身体中に当たるが王女は微動だにせず、ただ目を伏せて立ち尽くしていた。
「"元 王女"の肩書きを考慮して即死の刑にしてやったんだ。慈悲深き我らに感謝しろよ。
おい、なにやってんだ!さっさと目隠しして跪かせろ!」
男が後ろに立つ兵士に怒鳴ると、兵士は王女を無理矢理押さえ込んだ。短く乱雑に切られた髪の下から青白いうなじが覗いていた。
兵士の一人が王女を押さえ、もう一人は高々と剣を掲げる。剣先に光が反射してキラリとひかり、首元へ吸い寄せられるように振り下ろした。
軌道を変えて。
肥えた男の首が弧を描いて宙を舞う。壇上を二回ほど跳ねて止まった瞬間、歓声が悲鳴に変わった。指笛もまるで警笛のように聞こえて、ざまぁみろって笑える。
そして王女を押さえていた兵士は鎖を外し、返り血を浴びた男は血濡れの剣を投げ捨てて言った。
「みんな…頼むから、さっさと思い出してくれよ…
俺達の国は自然豊かで、笑顔溢れて、平和を大切に今まで生きてきたんじゃなかったのか?
それが今じゃどうだ…木々は焼き払われ、そこでは日夜化学兵器の製造が行われてる。漏れ出た汚染物質で食べ物はおろか水さえも満足に飲むことは出来ない。こんなので笑ってられるのか?かつて沢山の店で賑わってた市場だって、今あるのは屋台の残骸と痩せ細った物乞いだけだ。
先代国王が口癖みたいに言っていた " 平和 " ってなんなんだよ。よく見てみろ、自分が今何を着てんのか、
なんで国の中で防具つけてんだよ…俺達は今まで家族みたいに笑いあってたんじゃなかったのかよ
…いつから俺達はそれを見失っちまったんだよっ!!」
広場はしんと静まり返っていた。時折唾を飲み込む音が聞こえるが、民衆は兵士から目を離せずにいる。これは魔術なんかではない、兵士の言葉に強く引き寄せられているのだ。
「もう俺達は引き返せない。
俺達はエリザベス様を助け出す!あんたらも死にたくないなら早く逃げた方がいい。
…あとは頼んだぞ、竜神様」
兵士の男はそう言って手榴弾の安全ピンを外した。
その瞬間もう一人の兵士により、王女の体は俺の方へと投げられて、
数秒後。壇上は跡形もなく消し飛んだ。
あがる砂煙の最中、兵士の男は微笑んでいた。
『そういうことだったのか…くそっ!
それじゃああいつら元々死ぬ気で……』
「この爆発は、一体何が起こっているのですか!?あの兵士の方は、……っ!この目隠しを外してくださいっ!!」
俺は人混みに紛れて、無我夢中で走った。いたるところで爆発音と土煙が次々にあがる。裏路地に入ると王女が叫ばないように口を押さえて目隠しを外した。
『いいか、絶対に叫ぶなよ。ここらへん一帯は魔術封じが施されて魔法が使えない、もしかするとこの国全体かもしれない。だから敵に見つかれば確実に殺される、俺もお前もだ』
王女が頷いたのを確認し、俺はゆっくりと手をおろした。
「助けて下さってありがとうございます。
ですが、ここから先は私の問題。私は皆を止めねばなりません。あなたは早くこの国から逃げなさい」
『それは無理だ』
俺は通りすぎる敵兵に見つからないよう、王女の手を掴んで走る。
「ま 待って、待ってくださいっ!
やはり皆を見捨てるなどできません、私に時間を下さい。少しでも多くの者に国外への逃亡を命じてきます!
あなたは先に行って城門近くで待機していてください。必ずあとから向かいます、約束します」
足を止め言う王女に、俺は何も答えなかった。代わりに掴んでいた手を引っ張り、無理矢理担ぎ上げて走る。
「きゃっ!!ちょ、ちょっと下ろし、」
『走る気がないなら黙ってろ。絶対にお前は行かせないし、必ず助け出す。
…あいつらはお前を助けるために自分の全てを、命をかけてんだ。知ってんのか、今お前がもたもたしている間にどれだけの人間が死んでいってんのか…俺も引き受けた以上はそれに答えなきゃならねぇ。
…それにお前は約束を破るからな。あの時だって俺はお前を信じてずっと待ってた、結局俺の事だって忘れてたんだろ?』
「あなたは、もしかして……」
俺は王女の言葉を聞かずに走るスピードを上げた。襲いかかる敵を片手で防ぎながら、前方に城門を見つける。固く閉じられた門の前には傷だらけの男が二人、
「竜神様!!今扉を開けます。
どうか御無事で…エリザベス様、万歳!!!」
そう言って扉とともに消し飛んだ。
「もうやめて!私はこんなこと、こんなこと望んでいないっ!!いや……いやよ…竜神様、みんなを止めて!!」
『今は逃げきることだけ考えてろ!』
城門を手前に地面には沢山の仲間の死体が転がっていた。王女の大粒の涙が足跡のようにあとを残す。
数十人の敵に囲まれるも城門まであと少しの距離まで来ていた。あと少し、ここを抜ければ魔法も使えるし遠くへ逃げられる。
そう思った瞬間、俺の左足に激痛がはしった。体制を崩して倒れる寸前、王女を思い切り前へと投げた。
『ぐっ!は、早く逃げろ!俺もすぐに行くから!』
「竜神様!!あなたを見捨てるなんて出来な」
『仲間の命を無駄にする気か!絶対に後から追いかける、約束だ』
王女を背に俺は立ち上がる。足に刺さった矢を引き抜くと、先端に毒が塗られていた。どうりで痺れるわけだ、全く感覚がない。
『俺はな、寂しかったんだよ。ずっとひとりで…いつかお前が来るって信じて待ってた。でもこんなんだったら、こんな簡単に会えるんだったら早くこうすればよかった。
あの時は助けてくれてありがとうな、エリザベス。礼といっちゃあなんだが今度俺の故郷を案内してやるよ。特別に俺の背中に乗せてやる、だから必死で走れ。
─ 行け!!エリザベス!!』
そして俺は走り出した。敵が一斉に斬りかかり、防げなかった攻撃に肉が裂かれる。きっと何人か倒したところで、もうすぐ本隊が到着するだろう。後ろを振り返ると王女の姿はなく、降り注ぐ矢を背に俺は笑った。
『約束、次は俺が破っちまったな』
倒れた俺に無数の剣先が向けられる。人の体は毒のお陰で痺れて動かない。何度も何度も突き刺される感覚を最後に、俺は死んだ。
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