39 世界樹と七つの実
「イシュタル、こんな夜更けになにをしている。しかもそんな薄着で外に出るなど…
なんだ、眠れないのか?」
バルコニーで空を眺めていたイシュタルは一瞬驚いたが、セオだと分かり安心した。
「眠れない、わけではないと思うのですが、
なんだかその、頭のなかがぐちゃぐちゃで…
ムタ様とバステト様も心配ですし、」
泣き出しそうになるイシュタルに、セオは自身の上着を被せて頭を撫でる。
「安心しろ、ムタとバステトなら大丈夫だ。なんなら明日様子でも見に行ってやるといいさ。
怖い思いをさせて悪かったな、イシュタル。さぁ体も冷える、中へ入ろう」
部屋に戻ってベッドにイシュタルを寝かせたセオは、隣の空いたスペースに自身も寝転んだ。
「セッ、セセセオ様!あの、」
「眠れないんだろう?今日パウルの村で休んでいる時に、あの兄妹に母親がしていたのを見たんだ。人の子はよくこうして眠りにつくらしい、とても安心するそうだ」
ほら、と優しくお腹をリズミカルに叩かれてイシュタルは思う。だってこれは完全に、ぐずる子供の" 寝かしつけ "だ。なんだか恥ずかしくなって布団に口元まで入った。
「そう照れられると、こっちまで恥ずかしくなってしまうじゃないか。
そうだ、イシュタルが眠るまでなにか話をしよう」
「い、いえセオ様、大丈夫です!ちゃんと眠れますから」
「なに、そう遠慮することはない。あの母親が読み聞かせていた本の内容も、あらかた覚えているんだ。まかせろ」
そう言うとセオはぽつり、ぽつりと語りはじめた。こうなってはどうにも止まりそうにない。イシュタルは諦めて、その安心する低い声に聞き入った。
◇◇◇
《これはひとりぼっちの【神様】と大きな樹のお話だ。》
むかしむかし、ひとりぼっちの神様が何もない土地に一粒の種を埋めました。
しかしその種は待てど暮らせどいつまで経っても芽が出ない。そこで神様は考えました。太陽を作って種を暖めてはどうだろうか。
それが上手くいったのか、太陽の暖かな光のおかげで種から芽が出てたちまちに膝丈程に成長しました。
神様は大変喜びました。ですが、喜んだのも束の間、芽はそれっきり成長を止めてしまったのです。
悲しくなった神様は落胆し大地に膝をつきました。神様の頬を涙がつたい大地に落ちます。すると急に芽はぐんぐんと成長をはじめ、やがて巨大な樹になりました。神様は驚いて足元を見ると、大地は涙で潤っていました。
神様はとても喜んで、その勇ましくも美しい樹が愛おしくなり、名を″
そして神様はある日、
『私はこのままでは大きな葉に重なって影になり、実をつけることが出来ません。どうか私を助けてください』
それを聞いた神様は全ての葉に太陽の光があたるようにと、ひとつひとつ影を集めました。そしてその真っ黒な暗闇を一纏めにして
太陽の光があたるようになった葉は濃く色付いて、たくさんの鮮やかな果実が実りはじめました。ですが、その実はすぐに完熟してしまい、落下しはじめてしまいます。
神様は慌てて止めますが、大半の実は落ちてしまい最後まで残ったのはたった七つだけ。
このままでは、いずれ残った実も熟して落ちてしまう。そう思った神様はなんとしても守ろうと禁忌を犯してしまいます。それは神様は自身の欲のために自身の全てを七つに分けて実に与えてしまったのです。
神様は七つの実を守ることができました。
ですが同時に神様は全てを失ってしまいました。
瞳は暗闇に覆われたようでなにも見えない。耳は固く閉じられて、叫んでも声帯は震えない。
感覚のない体は神様を悲しみのどん底に突き落とします。
どれぐらいそうしていたのか。
神様はただただ佇んでいました。涙が流れているのかさえ感覚がないから分からない。ただ、
すると見えもしない、意味もなく開いていた暗闇に、一筋の光が差し込みました。そしてそれは見る見ぬうちに形となって、語りかけてきます。
『私は以前神様に救われた小さな葉です。
あのときのお礼に、ひとつ神様の願いを叶えましょう』
小さな葉は光を纏ったまま近づいてくると神様の右腕に埋もれるように消えていきました。神様は鈍く感覚の戻った自身の光る腕を前へと伸ばします。するとそこにはごつごつとした固いものが。
そうです。それは
何度も何度も神様は、感覚の戻った腕で
葉には感謝してもしきれない。
こんな私に奇跡をもたらしてくれた。
神様は辛うじて感覚の残った右手で自身の心の臓を取り出します。これは神様がもつ最後の、神様である証でした。
神様はそれを
どうか永遠に。
神様の心の臓は
そして
神様の宿る
そして
「今でもきっと神様が、
…で、なんだったかな、」
隣を見ると静かに寝息をたてるイシュタルの姿があって、セオは内心ホッとする。
「続きを忘れたのがバレなくてよかった。
おやすみイシュタル、よい夢を」
そう言うとセオはイシュタルの額にキスをひとつ落として自身も眠りについた。
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