38 終末

◇◇◇


うってかわってここは魔界の執務室。

セオ達がそんなことになっているとは露知らず、今日も創造神グノシスは忙しなく羽筆を走らせていた。


─バタバタバタッ!コンコンコンッ!


「グ、グノシス様!大変です!!!」


「なんじゃ総括長ヨナス、騒々しい。聞こえておるわ、少し落ち着け 」


「落ち着いてなど、いられませんっ!!


″ 聖界 ″から″ 女神長ヘラ様 ″と、″ 神使ミカエル様 ″が来られております!!!」


「なっなっ!!なんじゃって!!!

はよう御通ししろっ!!失礼のないようになっ!!」


ドアを閉めるのも忘れ慌てて出ていったヨナスの背中に、グノシスは怒鳴るように言った。

それもそのはず、二人は神の中でも最高位にあたるのだ。神最高位でもあり聖界を統括するのが、″ 女神長ヘラ ″。そして俗界で大罪を犯した魂を裁き、罰を与えて魔界に送るのが審判神″ 神使ミカエル ″。ちなみに″ 創造神グノシス ″は魔界に転送さられてきた魂を、適した世界へ魔族として振り分けるのが仕事だ。


慌てて使用人を呼んで部屋を片付けさせ、グノシスは鏡で身だしなみを確認しながら思う。


─ ″ 聖界 ″と″ 魔界 ″ ─

" 天国 "と" 地獄 "、と言った方が馴染みがあるだろうか。


俗界で生を全うした魂はミカエルによって審判を下される。送り先は神々によってその者の人生を評価して決められるのだが…

何故か【天界送り】の判決を受けた者は皆喜んで送られていく。最初こそ不思議であったが、なにやら人々は天界を死後永遠に魂を祝福される場所だと勘違いしているらしい。

実際は【天界送り】を下されると、美しい女神の待つ待合室に連れていかれる。そこで簡単なアンケートや書類を書かされた後、前触れもなく記憶を全て消されるのだ。そこまでにかかる時間は確認作業も含め僅か一時間。

…そのたった一時間が魂の祝福と言うならばきっと幸せに違いない。


ただ、ひとつ納得出来ないのが【魔界送り】が【地獄】だということだ。

それは辛い罰を受けることにはなるが、舌を抜かれたり火炙りにされるわけではない。

【魔族】という負の象徴として生まれ変わり、俗界へと転生して罪滅ぼしをするだけだ。天界のように記憶を消されることもないし、拘置中は一人部屋でのんびりと過ごすことができる。そして俗界へと転生後、そこで己が生前犯した罪を己の魂をもって償う、

これが【魂の精算】だ。

魂の精算とは神から授かりし聖なる力を宿した者に、自身の穢れの根源を浄化してもらうということ。まぁ簡単に、殺してもらうのが一番手っ取り早い。

しかし、この浄化時に受ける痛みや苦しみは想像を絶するほど凄まじい。ただ、言い方を変えればこの激痛や苦しみにさえ耐えれば魂は精算を終えて次回、天界送りとされるのだ。

だから魔界にも救済措置があるというのに真っ向から否定され、意味嫌われ、終いには【地獄】などと呼ばれるのは納得しがたい。



「グノシス様、お二人をお連れしました」


ヨナスの声に、物思いに耽っていたグノシスがハッと顔をあげる。開け放たれた部屋の入り口にはヨナスと二人の姿があった。


「ヘラ様、ミカエル様お待ちしており ぐむっ!!」


グノシスは物凄い勢いで胸ぐらを掴まれ、喉がつまる。その美しい見た目の女神からは想像できないほど低い男の声が発せられた。


「久しぶりだなぁ、グノシス~。なにやらやらかしてくれたらしいじゃねぇか。覚悟はできてんだろうな。最後になんか言いてぇことあるか、あ?」


「お辞めなさい、ミカエル。久しぶりですね、グノシス 」


ヘラに止められてミカエルが仕方なく腕を離す。何度見ても女にしか見えないミカエルだが、正真正銘 男 である。あの低い声とこの馬鹿力が証拠だ。


「急いでいるので単刀直入にお話しします。" ワールドC/007 "で今何が起こっているのか、ご存知ですかグノシス?」


「いいえ、なな なにか、問題でも…?」


「そうですか。では質問を変えましょう。

私の許可無しに報告書を偽造したりなどしていませんか?」


ヘラの冷めた視線に、グノシスの流れる汗が机に水溜まりを作った。グノシスはヘラが全て分かって聞いているのだと、すぐに理解する。もし何か問題があったとしたら、死を覚悟した方が良いのかもしれない。


「さっさと答えろよグノシス。ヘラ様を待たせんじゃねぇ。

お前だろ? ご丁寧に閲覧禁止ロックかけてんのは。あんまり俺をブチギレさせんなよな~

えっと、転生者の名前はっと…なんだよセオと愉快な仲間達じゃねぇか。こりゃあ面白いな」


ミカエルの笑い声が響いて、部屋のなかに反響する。青ざめた顔で慌てるグノシスに、ヘラは眉ひとつ動かさない。


「そそ、それだけはご勘弁を!!正直に、正直に話しますから!

" ワールドC/007 " に閲覧禁止ロックはかけています。ですがそれはセオ達が魂の精算を行わず、ましてや奴隷の少女に好意を抱く始末で…このまま人目に晒せば私は威厳を失い、最悪処分されかねないと閲覧禁止ロックに… 」


互いの間に長い沈黙が流れる。ミカエルは呆れて頭を抱えて、ヘラからはピリピリとしが漏れ出ていた。顔は貼り付けたように微笑んでいるが。


考えが纏まったのかヘラが深呼吸をして口を開いた。


「魔界を統べる者として、あるまじき職務怠慢。その発覚を恐れて定期報告書も偽造した…そうですね、グノシス。まさか貴方がそんなつまらない理由で閲覧禁止ロックをしたなんて。

…早く解除してください、問題はまだ先ですよ」


すぐさまグノシスは ワールドC/007 をスクリーンに写し出すと、音声データが流れ出す。


閲覧禁止解錠アンロック完了しました。

現在、動作不具合の問題が発生しているため″ ワールドSS/007 ″ へ一切の干渉は出来ません。繰り返します、現在動作不具合の問題が発生しているため″ ワールドSS/007 ″は一切の…』


スクリーンには赤字で大きく【 ERROR 】と表示された。驚くグノシスを余所に、ヘラとミカエルは険しい顔つきだ。


「なんじゃて!?″ ワールドSS/007 ″ !?

わしがセオを転生させたのはCランクだったはずじゃ、が…なにが起こって、」


「思ってたよりヤベぇぞこりゃあ。ちと冗談キツイぜ、どのコードもエラーが出やがる…ヘラ様、どうしますか?」


「こんな大規模な不具合が出るのは今まで一度もなく、正直なところ前例がありません。ワールドランクも C から SS に強制変更されていますし、これ以上の事態悪化は避けねばなりません」


ミカエルが色々と試すがシステムは応答しない。それどころか、システム自体が自ら意思をもったように作動しているようであった。ヘラも阻止を試みるも見るみぬうちにどんどんと制御がかかり、ものの数十秒で閲覧以外なにも出来なくなる。

三人が手探りで試行錯誤を繰り返す中、扉の前で立つヨナスに部下が耳打ちをする。


「な、なんだと!!それは本当かっ!!!」


「はは、はいっ!只今調査をしているところですが…」


沈黙の中響いた大きな声に、三人が手を止めてヨナスを見る。


「ヨナス、何か分かった!?」


「す すみませんヘラ様、ミカエル様、グノシス様…どうか、どうか 落ち着いて聞いてください…

たった今、残りの全6ワールドが消滅しました 」


グノシスが震える指で他のワールドを選択するとそこには"DELETE削除"の文字が表示されていた。半信半疑で次々選択するが、どれも同じ結果だった。

何が起きたか分からないが、まず言えることは一瞬のうちにして神が守り繋いできた世界は" ワールドSS/007 "だけとなってしまったようだ。


「おい、一体何が起きてんだ…俺達が大事に守ってきたのに、こんなことって……そうだ、" 神器 "があればどうにかなる…神器はどうなってる!!!」


「ミカエル様、神器は未だ、見つかっておりません!」


ヨナスの答えにミカエルが床に膝をつき、顔を青ざめる。グノシスは言葉を失い立ち尽くしていた。


「落ち着きなさい、ミカエル、グノシス。

こうしては、いられません。

ミカエルは消滅したワールドに与えられたの、全六つの神器の行方を探しなさい。

グノシス、貴方はこれ以上事態が悪化しないようにシステムを全て停止させ、四六時中監視を怠らず。」


「わかりました。でもヘラ様、システムを全停止させると本当になにも干渉できなくなるんじゃ、」


「グノシス、事態は一刻を争うのです。

私は急ぎ聖界に戻り世界樹ユグドラシルが復旧出来るか試みます。では異常があればすぐに報告を。

それとグノシス、貴方の処分はこの問題が片付いてからじっくり決めさせてもらいますので」


「チッ…グノシスてめぇ分かってんだろうな?お前がロックなんざかけてやがったから、こっちも事態の把握が遅れてこのザマなんだよ。報告書の偽造も忘れんじゃねぇぞ、もしこのまんま全ワールドが無くなりでもしやがったら……お前マジで殺すからな」


「ヒッ! わ、わわかってます!!」


二人が出て行くのを見送って、グノシスは脱力して椅子に座った。


「きっとわしも熟れた実のように堕とされるかもしれんな…」


「グノシス様……

まずはヘラ様に言われた通り至急監視員を配置させます」


ヨナスが数人の部下を連れて監視を始める。グノシスの執務室には常時モニターに写し出されるようにして、あれから数日が経った。

ミカエルからの神器の報告もなく、原因も分からないまま問題解決も難しい状態が続いていた。


「原因すら掴めぬままか…」


疲れた顔でモニターを見つめグノシスが呟く。油断を許さない日々が続いていて、ヨナスや他の部下達も疲労が見えはじめていた。

目の前に積み上げられた報告書に目を通しながらサインをしていると、突如モニターにノイズがはしり、おさまると人影が映し出された。


『はじめまして。僕は今日君達にひとつ忠告に来た。

僕は今この瞬間をもって君達【神様】の、この世界への一切の干渉を拒絶するよ。

ただ聖界魔界のみんなには感謝してるから、視覚ぐらいは許してあげないとね』


「なっ、なんじゃ貴様は!、もしや、ワールドの異変は…

貴様世界樹ユグドラシルになにをした!!!」


『君は確か…創造神グノシスだったかな?

まぁいいや。僕達がなにをしたか…

そうだね、僕は七つに散らばった ″神器僕の力″ を返してもらっただけさ。だってこれは元々僕の力なんだし、それは当たり前だろう?』


グノシスはモニターに映るフードを被った男を睨む。言っていることは本当のようで、メインモニター以外シャットダウンしてしまったため、部下達が慌てふためいた。


「貴様の言った事はデタラメじゃ!人間如きにそんなこと出来るはずがないわ!

我々神々に歯向かってただで済むと思って

『 違うよ 』


男の冷たい声がグノシスの言葉を遮る。

フードから口元がちらりと覗くと、男は笑っていた。


『なにか勘違いしているようだけど、君達は神様だがそれは一番ではない。何故なら僕が全ての始まり、ゆえに一番なんだ。

だからグノシス、君達こそ言葉を選んだ方がいい。あまり僕を怒らせたり、歯向かってはいけないよ。

心配しなくても、今すぐ君達をどうにかしようなんて思ってないさ。君達はそこで神らしく、ただただ世界が壊れていくさまを傍観しているといい…

何故なら僕がこの世界を造った世界樹ユグドラシルなのだから 』


モニターにノイズが流れておさまると、そこに男の姿はなかった。

ひとりの部下があまりの衝撃に気を失って椅子ごと倒れる。グノシスは言葉を失い、食い入るようにモニターを見ていた。だが、ヨナスの声で我に返る。


「グノシス様、…私達は一体何を見せられているのでしょうか、?

あ、あの男の言っていることが本当だと、すれば…」


「ヨナス、至急ヘラ様とミカエル様に知らせよ!!

早く手を打たねば、取り返しのつかないことになるやもしれん…」


走るヨナスの足音が部屋から遠ざかって行くのを、グノシスはひどく落ち着いて聞いていた。


あの男は自身を世界樹ユグドラシルと名乗った。それが本当だとすれば、私達に何ができるというのだろう。果たして解決策を見出だすことができるのか。答えが全く浮かばない。


何故なら光と影神々世界樹ユグドラシルから生まれたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る