37 パウルの村 完
◇◇◇
セオは警戒のためアフロディーテとシン、アンラとマンユを村に残し城へ戻るとセレネが険しい顔付きで出迎えた。
「セオ様おかえりなさいませ。
…背負われたお二人は、これまた随分と酷い様ですね」
負傷したバステトとムタをメイド達が慌てて中へ運び入れ、血と涙で汚れたイシュタルにセレネがローブをかけた。
自室で待つセオとセバスは終始無言で、部屋の空気がずっしりと重い。オセロットのひきつった顔がそれを物語っていた。沈黙の中、ノックの音が響き着替えを終えたイシュタルをつれてセレネが部屋に入る。
「ご苦労だったなセレネ。バステトとムタの様子はどうだ?」
「はい、今は静かに眠っています。
ですが、これは傷が深いといいますか…やけに治りが遅いと思われます。バステト様もムタ様も自己回復をお持ちですし、すぐに回復されてもおかしくはありません…不可思議です」
セレネが訝しげな様子で答える。それを聞いてセオが一瞬眉を寄せたが、
「そうか、まぁいい。イシュタル、あの時何があったのか詳しく話してくれ」
セオはいつものように冷静だった。イシュタルはひとつひとつ思い出すように、ぽつりぽつりと話す。
「 ─ で、ムタとバステトが貴女を助けたという訳ですか…
それは "
セバスが深く息を吐いた。
"
所謂" 獣化 "だそうだ。
「なんにせよ、自力でセバスの
まぁ二人のお陰でイシュタルは助かった訳だし、今回は良しとしよう」
セオは立ち上がって、外し持っていた制御装置を指で回す。
( だが言い方を変えれば、
そんな強敵がこの弱小世界にはいるとはな )
「イシュタル、今日は疲れただろう。自室で休むといい。セレネ、これをバステトとムタに飲ませろ」
セオは二本の
「かしこまりました。ではイシュタル様を自室へお送りした後に、お二人へお運びします」
セレネに連れられ、イシュタルが部屋を出る。
二人が居なくなった部屋に再び沈黙が訪れて、オセロットがセオの風味の落ちた紅茶をティーカップごと下げた。その冷めきった紅茶を入れ直して、セオとセバスの前に置く。部屋には食器の擦れる小さな音が、やけに大きく響いた。そんな重い空気を打ち消したのはセバスの一言であった。
「セオ様、イシュタル様もいなくなったことですし、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。
私には貴方がこの状況を楽しんでいるように見えるのですが、それは勘違いですか?」
「セバス様っ!セオ様になんて事をっ…!!」
二人のピリピリとした雰囲気に、慌ててオセロットが止めに入る。セオは腕を組んで俯いているため、表情が見えなかった。だが纏う空気はいつもから想像できないほど冷たく重い。その姿はまさに魔王そのもので、もし逆鱗に触れなどしたらいくらセバスでも無事ではないだろう。
オセロットだけが顔を青くして百面相していると、セオの肩が小刻みに小さく揺れている事に気付いた。
そうだ、セオは俯き笑っていたのだ。
「くくっ、セバスに隠し事は出来ないな」
セオは立ち上がって壁に飾られた美しい剣を鞘からおもむろに抜いた。
「美しい剣だろう、これはずいぶん前に殺した勇者の″ 聖剣 ″だ。この剣には神聖なる力が宿っていて、選ばれた者のみが持つことを許される。
この世で魔族を殺せる唯一の武器だが、一度俺達の手に落ちれば効果は消えてただの
これは俺の推測だが、バステトとムタが受けた傷…あの治りの悪さを見れば、おそらく二人を襲ったやつは聖剣を持っている」
剣はセオが発生させた黒炎によって消えて無くなった。
「セバス、俺は今まで何人勇者を殺したと思う?その中には俺に立ち向かってくる者もいたが、勝手に死ぬ者だっていたし、逃げ帰る者もいた。だが、どんなに聖剣を持とうとも、どれもこれも弱すぎて俺達を殺せない。
しかし、あの聖騎士は違ったようだ。
なにせあのバステトとムタに深傷を負わせることが出来た、確実に強敵だ。
セバス、これが笑わずに要られるか?」
セオは怪しげな笑みを浮かべて言った。セバスもいつも通りであるが、何故か興奮しているようにオセロットに映る。
「それはそれは。セオ様、私達の" 罪の精算 "も思ったより早く済みそうではありませんか。」
「そうだな。だが、こちらも簡単にやられてしまっては面白味がない。
セバス、早急に
「わかりました、
セバスの姿が瞬時に消えて、部屋にはオセロットとセオだけになった。入れ直した紅茶はまた冷めきってしまっていて、楽しそうなセオを他所にオセロットはまた入れ直すのだった。
◇◇◇
ここはかつて鉱山があった場所である。
たが今はセオによって消されてしまい、草も生えない平地と化してしまっていた。
「ルサリィとオルランドがいながら…この様か。情けない」
冷たい女の声が響いた。
「ほほーほっ、これはぶったまげたわぃ!山ひとつ消し去るとは、なんたる魔力じゃ!」
「んん~!素晴らしいっ!この力の主、僕と似てきっと綺麗好きだ、そうに違いないねえ…
あぁ、会いたいよ…まるで恋してるみたいだ…」
「あああ、あのっ、みなさんお喋りは、控えた方が…」
手を叩く老人に、青年が息を荒くして言う。その二人に少女が言うが、声が小さく届かない。
「黙れ、お前達。ルサリィとオルランドの処分はいかがされますか」
その三人を無視して女が、フードを被った男に声をかけた。男が平地へ青白い手をかざして言う。
「…また、いつものように" 処分 "だと言いたい所だけど、僕は二人を許そうと思う。
何故なら二人とも僕にとって大切な子供なのだから。」
辺りが目も開けられない程の眩い光に包まれる。光がおさまって目を開くと、その平地は美しい草原と変わっていた。
色とりどりの花を見て、男は満足そうに笑みを浮かべる。
「ほら、見てごらん。これでさっきよりはマシになったでしょ?
さぁ、みんな家に帰ろうか」
「…あ、あの えっと、村の人間はどう、されますか?」
「放っておきなさい、急がなくてもいいよ。
それに、きっと近いうちにあっちから会いに来てくれると思うよ、僕はね」
そう答えると、男達はその場を後にする。
シンとアフロディーテが鉱山の異変に気付いて、セオに報告するのは暫くしてからだった。
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