36 パウルの村 7
オルランドが受け身をとる。だがそれは遅かったようで、鋭い爪が肩を抉った。
「 ぐがはっ!!!クソがっ!!!」
利き腕をやられ、思うように動かない。毒が仕込まれていたと気付いた時には、手から剣が滑り落ちていた。安全な間合いをとったつもりだったが、動きが速くガードさえ追い付かない。
次の痛みを覚悟したオルランドであったが、それはルサリィによって回避された。
「気ぃ抜いちゃダメじゃん、オルランド。何が起こってんのかは知らないけれど、超絶面白くなってきたしぃぃぃいい!!」
ルサリィが振り下ろした剣の衝撃で地面は裂けて、土煙が舞う。
自身を庇うように落ちた影にイシュタルが顔をあげると、そこには見慣れた姿があった。
「…… バ バステト さん 、」
そう、それはバステトであった。凄まじい殺気を放つ姿に、イシュタルは背中からでも恐怖を感じる。
二本の鋭い牙が伸び、薄く空いた口からは低い唸り声が漏れていた。両手を地につけて構える様は、まさに獣のそれである。
「ルサリィ、一旦退きましょう」
「はぁ~?なんであんたに指図されなきゃいけないのよ!
それにこの化物、持って帰るんじゃなかったっけ?」
「状況が一転しました。今は直ちにここから離脱します。村には仲間もいますし、私達が不利になる。
…ルサリィ、これは命令だ。引き上げるぞ。」
ルサリィはオルランドを睨むと、舌打ちをして剣を納めた。オルランドも剣を拾うと、素早くルサリィと自身に転移の魔法を唱える。二人の体は眩い光に包まれ薄れていき、阻止しようとバステトが攻撃するも、オルランドが
「ふん!じゃあね~化け物!
次会う時はオルランドの居ないときに、ゆーっくりと殺し合いましょうね 」
「 おい、ブス。お土産だ 」
突如死角から伸びてきた腕がルサリィの胸ぐらを掴む。それはムタの腕で、鈍く光る鋼の鱗を纏っていた。それに殴られたルサリィの体が消えるような速度で吹っ飛んで、遠くの岩に大きな衝撃音と土煙が上がった。
「 ルサリィ!!っ、お前も化け物だったか、くそっ!」
オルランドの姿も瞬時に消えて、気配すら感じない。どうやら逃げたようで、程なくしてバステトとムタがばたりと倒れた。
「バステト様、ムタ様!!」
イシュタルが倒れたバステトに駆け寄ると、足下には真新しい染みが広がっていた。
バステトの爪や牙ムタの鋼の腕はもと通りに戻っていて、荒い呼吸の度に胸が上下する。
「 …はぁはぁ、ちょっと油断しちゃったにゃ。イシュタル、あとは頼むにゃ」
猫の姿になったバステトは気を失ったようで、弱々しい静かな呼吸になった。
イシュタルは上着で優しくバステトを包むと、ムタの側に座りこみ治療を始める。とは言っても治癒魔法は使えないので、イシュタルは慌てたようにブラウスを脱いだ。臓器は無事であるが、肩から腰にかけて斬り下ろされた傷口からは、どれ程押さえても血が滲み出て止まらない。
はっとして助けを呼びに行こうとするが、ムタに手を捕まれて勢いよく後ろに尻餅をつく。
「っ!!お い、あんま傷口に触んなっ…
いいから、お前はここにいろ。きっとセオ様も気付いてる…な、んせ、制御装置がついてっし」
「で、でもっ!早くしないとムタ様もバステト様もっ!!」
「俺らは、大丈 夫、だから。お前は俺達が怒られないように、フォローでもして ろ …」
ムタの前髪の隙間からは、反論を許さないエメラルドの瞳が覗いていた。片腕は握られたままでどうすることもできずに、ただ傷口を押さえていると瞬時にセオ達が現れる。
倒れる二人の姿と、血だらけのイシュタルを見てセバスが溜め息を吐いた。
そして、眼鏡を中指であげると、
「…まぁ、帰ってからちゃんと説明してもらいましょうか」
転移魔法が発動して、辺りが光に包まれる。
ムタも気を失ったようで、何も答えることはなかった。イシュタルは安心から声がでず、変わりに涙が頬をつたう。
それを見下ろすセオの瞳は、まるで激昂の炎を宿したように赤黒くそこにあった。
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