35 パウルの村 6
全ての光景がゆっくりと、まるでスロー再生しているかのように流れる。それは何故か恐ろしく静かであった。そもそも、音というものが存在しない世界に感じた。空中を四方八方に浮遊する血飛沫は、広がるにつれて分離しているようであった。
その小さな小さな一粒がゆっくりと近づいて、まるで水風船が弾けたようにイシュタルの頬に当たる。
その瞬間であった。
目の前の光景が、脳の整理が追い付かないほど速くなった。
いや、それは正常に戻っただけだ。
音、匂い、感覚、全てが一気に次々に襲いかかってくる。
肉が裂けて、辺りには鉄の錆臭い匂いが充満していた。手足は石のように冷たく固くなり、口は魚の水面呼吸のように必死に酸素を取り入れる。
「貴方が助けに入るのは予想通りですが…
もう少し策を講じてくれないと、全く遊びがいがありませんね。
なんてつまらないんだ。」
ムタの手から離れたダガーが地面に落ちる。それを追うようにして膝から崩れ、ムタは自身の血で作った血溜まりの上に倒れた。
「ム、ムタさ、ま…」
「に、…にげ、ろ、イシュタル、ぐああっが!!」
オルランドは斬りつけた肩をわざと踏んで、辺りにはムタの苦痛を伴った声が響く。
「おやおや…これは、なんのつもりですか?」
イシュタルは、イシュタル自身こんなにも早く命令に背くことになろうとは思わなかった。恐怖はまるで地震のように足の裏から頭の先まで伝わり、足は固まり手は震える。
イシュタルは鞘から抜いた剣先をオルランドに向けていたのだ。
「ムタ様から、離れてッ!!! 」
「お、い!な に、やってん だ…っぐあぁああ !」
ムタは、イシュタルに歩み寄るオルランドの足を掴むが、思い切り蹴り飛ばされる。腕は不自然に曲がって、骨の砕ける鈍い音がした。
ムタの制止も効かず、イシュタルの前で止まりオルランドが嗤う。震えて定まらない剣先を指で摘まんで自身の喉仏へと引いた。
「おやおや、あれまぁ可哀想に。震えてるじゃないですか…ほら、ちゃんと剣先は相手の喉元に向けないと。
それにしても貴女、珍しい体質のようですね。まるで魔力が全く感じられない。いや、貴女の体には魔法を使うという概念がないようだ。
「は、はなしっ て… !」
力いっぱい剣を引くが、たった2本の指に摘ままれているだけの剣が振りほどけない。
オルランドの空いた手が伸びて、イシュタルが反射的に目をつぶると顔の前でぴたりと止まった。
「ちょっともーぅ!!!なにしてんのよ、オルランド!雑魚相手に何時間待たせる気なの!!
それとも、これがアンタの言う″ 予想通り ″ってやつ?」
「 いえ、よい意味で″ 予想外 ″でした。
こんな面白い拾い物は久しぶりです。貴女もそう思いませんか、" ルサリィ "」
ルサリィと呼ばれた女は興味無さそうに返すと、ぴくりとも動かないバステトの側で止まる。靴の爪先で頭を数回小突いて死んでいるのを確認し、わざとムタを踏んでオルランドの隣に立った。
「ねぇ~あの異種族、いや人っぽいから亜人?まぁ、超絶どっちでもいいけど…
アンタが
「おっと、これはすいません。お仲間さん達を少し驚かせたくて、つい。
私としたことが、ルサリィが来るまでに片付けておくべきでした」
「まぁ私には超絶関係ないしー?どーでもいいけど。そいつら持って帰るんだったらさっさと″
そう言うとルサリィは踵を返して戻る。
バレないようにため息を吐いたオルランドは、耳飾りから小さな箱の装飾を2つ外した。
「ごめんなさい、彼女せっかちなものでね。
貴女も
あの猫耳亜人は持って帰るとして、
オルランドの持った
まぶしい光がイシュタルとバステトを包み、体が強制的に
その時、まるで糸を切ったように
瞬間、襲いくる凄まじい負の気配にオルランドは狼狽える。
彼の本能がそうさせたのか、咄嗟に声を張り上げた。
「ルサリィ!!なにか おかしい ─」
「 ── もう 遅い 」
そう言って雄叫びをあげたその声は人のものではなく、まるで地鳴りのような低い獣の声であった。
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