34 パウルの村 5
◇◇◇
その頃、村から少し離れた場所に騎士の男はいた。
「あれまぁ…全滅、でしょうかね?
なにやらあの村長は用心棒を雇ったようですが、どうします?」
男は片眼鏡を通して村を見ながら言った。
が、聞いた相手は答えず無視をして爪を磨いている。
「はぁ、あなた無視ですか。
村の正面以外にも、森に三人、内二人は子供ですがあれは…" 化け物 "です。得体のしれない者が潜んでますね。おまけに裏手には
「あー!!もーっ!うっさいなぁ~
はいはい、わかりましたよーだ!行けばいいんでしょ?行けばっ!
よっこいしょ っと、メガネは先に行って
─ 私は鬱陶しい
爪を磨き終えた女は、手鏡を取り出して髪を整えた。そして軽く尻を払って立ち上がると、茂みに背を向けたまま言う。
「コソコソしてないで、出てきなよ。
超絶やる気ないけど相手してあげる」
草木が揺れて茂みの奥から姿を現す。
「見つかったんなら、セオ様も仕方ないって怒らないかにゃ~
… 聞きたいことも沢山あるし、簡単には殺さにゃいにゃ」
鋭く尖った鉤爪をひと舐めして、バステトが言った。
刹那、バステトが武器を構えて女に襲いかかった。女は後ろを見ずに軽い身のこなしでそれを避けると笑みを浮かべる。
「 笑ってられるのも今のうちだにゃ …っ!!!」
連撃を繰り出そうとした瞬間、バステトの体は思うようには動かなかった。視界には見慣れないものが目に入る。
─ ガハッ、ガボホッ!
バステトの口からは塊のような真っ赤な鮮血が、糸をひいて地面に溜まる。自身の胸を貫いている剣に溢れた血が伝って、まるで循環しているようであった。
「 誰が先に行くと言いましたか?
後ろががら空きですよ 」
そう言って男は勢いよく剣を引き抜いた。
◇◇◇
「 セオ様がムタ様に秘密の暗号だと。
【カランコエを胸に刻め】
私はそれを伝えるように言われてきました」
セオに伝言を頼まれたイシュタルは、村の裏手に待機するムタに言った。一瞬驚いた顔をしたムタだったが、意味がわかったのか面倒臭そうに頷いた。
「騎士の男が動いたにゃ。…ウチが追う」
セオに言われて監視をしていたバステトが立ち上がった。
「おいバステト、油断すんなよ」
「大丈夫だにゃ。
アンタこそ人の心配する前にちゃんと真面目にしないと、もしイシュタルになにかあったらセオ様に殺されるにゃ」
ひらひら、と手を振ってバステトの姿は消えた。ムタは口を尖らせると、イシュタルをちらりと見て溜め息を吐く。
「いいか?今から言うことは絶対だ。
もし、敵が襲ってきたら俺ちんから離れんなよ。んで、逃げろって言ったら全速力で逃げろ」
「は、はい!」
そう言ったムタはイシュタルに、くぎを刺すように勢いよく指で腰に下がる剣を指した。
「 …くれぐれも、そいつでどーにかしようなんざ考えないこった。はっきり言う!お前はクソがつくほど弱い」
「 わかり、ました 」
暫くイシュタルの目をじっと見たムタは、満足したのか目線を戻して警戒を始めた。イシュタルは少ししゅんとして剣に手を触れ、ムタの隣に腰をおろした。
それからなにも起きることなく、ムタのいる村の裏手は静かな時間が流れていく。
ただ、イシュタルとムタは知らない。
今は村の正面でアフロディーテが戦闘を始めた頃であった。
「 …っい、おいっ!チビ起きろ」
「っ!!へ、私眠って…?
ごめんなさ、むぐん!!」
イシュタルはどうやら寝ていたようで、ムタに起こされ飛び起きる。
「大声出すな、バカ!
…
「は、はい!」
なにか異変を感じたムタが
「ムタ様、 一体誰がこんなことを。」
「さぁな、と言いたいところだが、
…まぁ、そいつに聞きゃあ分かる事だ。
だろ?出てこいよ」
イシュタルを守るようにムタの腕が伸び、自身の背へと隠す。急に濃い霧が現れると、そこにぼんやりと影が浮かび、次第にはっきりと見えるようになった。
「もしや貴方、ですか? ちょこちょことうざったい
「誰だ、お前」
騎士の男は片眼鏡を指であげると、右手を腹の前に組んでお辞儀をする。
「これはこれは、申し遅れました。
私、第五聖騎士″ オルランド ″ と申します。以後お見知りおきを。ああ、覚えていたらで結構ですから」
「わりぃーな、最近俺ちん耳が遠くって。
えっと…″ サルランド ″? ウッキッキー五人衆だったっけ?
あちゃ~その感じだとハズしちゃったみたいだなぁ」
猿の真似をしながら馬鹿にして笑うムタに、オルランドは目で追えない速さで剣を振り下ろす。ムタは太股に装着したタガーを抜いて受け止めると、空いた脇腹めがけて斬りかかった。オルランドが避けて距離をとると、ムタが背中越しにイシュタルへ声をかける。
「…いいか? 俺ちんが足止めしてやっから必死に逃げろ。お前が近くにいちゃあ戦えねぇ」
そう言うとムタは、イシュタルからオルランドを遠ざけるように連撃を繰り出した。有無を言わさぬムタにイシュタルは言われた通り、村の方へと必死に足を動かす。
が、イシュタルの右足は地面に飲み込まれるように埋まって、勢いよく体が前方へ崩れた。
「きゃっ!!足が、動かない… !!」
「 くそっ!面倒臭せぇな、″
鋭い舌打ちと共にムタはイシュタルの拘束を解く。再度魔法を発動させようとしたオルランドに、ムタが攻撃して言った。
「お前はさぁ、俺ちんの相手してりゃあいいんだよ。
余所見すんなって、妬けちまうだろーがぁ!!」
「嫌ですよ、勘弁してください。ましてや貴方みたいな男の相手なんて…。貴方にはコレで充分です、
─ ″
オルランドは自身の耳飾りから小さな箱をひとつ取ると、ムタに向かって投げる。
それは身構えたムタの目の前で弾けて一瞬で攻撃の手を止めた。
「 なっ!!?バステト!! 」
何故なら中から現れたのはバステトであったからだ。ムタが間一髪で受け止めるがバステトはぐったりとしていて、腹部からは血が滴り落ちていた。
「ムフフフ…おっといけない、紳士たるもの下品な笑い方をしてしまいました。
コホン、貴方の飼い猫確かに返しましたからね。あぁ、借りてませんでした。ではこちらも本気を出させて頂きますかね。
…お前は連れていく。暴れないよう半殺しでな。」
オルランドはムタの隙をついてイシュタルの前へと回り込んだ。
それは一瞬の出来事で、オルランドの振りかざした剣に光が反射した。そして、次に見たのは足元にある剣先と、空中に飛び散った血の玉だった。
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