33 パウルの村 4

「んふふっ♪まぁなんて健気なのかしら、まるで狩人から逃げ惑う子鹿のようだわぁ。

セオ様、あの男いかがいたしましょう?」


必死の形相で転げながらも逃げる男を見ながらアフロディーテが言った。


「よい、放っておけ。どうせ逃げたところでセバス達が待ってるだろうからな。

俺からすれば、アフロディーテに殺られた方がまだラクに死ねただろうに…哀れな男だ」


セオは一帯に広がる美しい屍達を見て、アフロディーテに流石だと称賛の拍手を送った。花が飾るそれは身体中の全てを失い、枯木のようである。


「…レオンハート様、自分は今までにこんな魔法、見たことが、ありません 」

「あぁ。…もはや狂ってる、」


これ程までに広範囲魔法を詠唱なしで発動させるとは。レオンハートが生唾を飲む。

ファルクとレオンハートが驚くのも無理はない。アフロディーテが放った魔法は人知を超えるレベルであった。これだけ広範囲だと、たとえ発動出来たとしてもMP魔力の消費が激しく、最悪力を使いきって死ぬだろう。だがアフロディーテは弱るどころか美しい笑みを浮かべて、屍が咲かす花を摘んでいる。


「アフロディーテ殿、あなたは…いや、貴方達は一体何者なんだ…?」

「さぁ、なんでしょうねぇ?」


ファルクは動揺を隠しきれない様子で問う。振り返ったアフロディーテがそう答えると、数枚の花びらがひらりと舞って地面に落ちた。






「ハァハァハァ、なんなんだよ、あの化け物は!

お、おい!誰か残ってるか!!」


男はもつれる足でアフロディーテの追撃をかわすと、なんとか森へと逃れた。いや、誘導された事さえも未だに気付いていないのだ。

男は騎士の指示によって仲間を二組に分け森に潜ませていたのだが、周りを見渡しても生き物の姿ひとつ見つからない。


「おじさんこんにちは!何してるの?」


突然、茂みから可愛らしい少女が現れ男は驚く。


「なんだよ、くそっ!脅かすなよ、お前村のの子供か?…チッ、おい騒ぐんじゃねぇぞ」


「わっ!!ちょっと何するのっ!おじさん痛いよ」


見られたからには仕方がない。

男は少女の腕を乱暴に掴んだ。少女は抵抗するが大人の、それも男の力に敵う筈もなくすぐに諦めたのか大人しくなった。


「ねぇ腕痛いよ、うゔっ…ちゃんと静かにするから、 」


男が少し力を緩めると、掴んだ所は赤くなっていた。少女は腕の痛みに泣いてしまったのか、俯いて顔を袖で拭いている。


『 もう、これが本当に可愛くってよぉ~

今日なんか一緒に行くってゴネちまって… 早く帰りてぇなぁ、女房も娘も待ってるし』


男は今朝の、親友が言っていた事を思い出す。

幼い頃から一緒につるんでいた親友が、ある時恋に落ちたとかなんとかで結婚した。すぐに娘が産まれたが、正直そいつが親父になったなんて信じられなかったし、無理だと思った。

けど、そいつは毎日嬉しそうに娘の話をしてきては写真を見せてくる。そこには親友に目元が少し似ている少女が笑顔で写っていて、いつも御守りだといって持ち歩いていた。


はっと気付くと男は少女の腕を離していた。

もしかすると親友の娘に少女の姿を重ねていたのかもしれない。この少女にもきっと父親がいるだろう。それにこの少女一人逃がしたところで状況は変わらない。

最早村の奴等に反撃する人数は、こっちには残っていないはずだ。後は生き残った仲間を連れて逃げるほかはない。


「…もういい、お前はここでじっとしてろ。 いいか、今戻ったら危ない。周りが静かになったら真っ直ぐ村へ走って戻れ」


そう言って去ろうとする男を少女は止めた。


「えっ、待ってよ!…あのね、おじさんの番はもう終わりなの?」


「なに言ってんだ、よ?」


─ ベキ、ベキキッ


「ぐっあああぁぁぁあ!!!」


男の腕はあり得ない方向に曲がり、骨は折れて皮膚を突き破っていた。その悲鳴に木に止まっていた鳥達が一斉に飛び立つ。


「遊んでくれるんじゃないの?ねぇ、終わり?

じゃあ次、アンラの番だよ。おじさん 」


少女は笑った。

男は小さく悲鳴をあげて、その後二度と聞こえることはなかった。



「まったく、鳥が騒がしいと思えば…アンラ、ここにいたんですか 」


探したんですよ、とセバスがしゃがんでアンラの口を拭いた。何度も擦ったのか、そこは皮膚が赤くなっていた。


「また涎を袖で拭きましたね…ほら、袖汚れてますよ。ハンカチで拭きなさいってあれほど、」


「むー、だって胃液が溢れてきたんだもんー」


口うるさいセバスに、アンラは頬を膨らまして口を尖らせる。


─ ズズズッ、ズズッ


茂みの奥から何かを引きずって、マンユがやってきた。


「もうっ!!アンラ、どうしてひとりで行っちゃうの? …僕も一緒にって約束したのに、うううっ」


「マンユ…えっと、ごめんなさい 泣かないでよ。ほら、一緒に行こう!ね?手繋ごう!」


泣くマンユの空いた手を握って、慌てたようにアンラが謝る。少し機嫌が治ったマンユが泣き止むと、アンラが安心したようにひとつ息を吐いた。


「はぁ、仲直り出来たようでなによりです。

じゃあ他に生き残りが居ないか探しに行きますよ」


「「 はーい! 」」


セバスに二人は元気よく答えて、アンラは横たわる男の足を持ち上げた。そして仲良く手を繋いで、男を引きずって歩く。

アンラはマンユに視線を向けると、ポケットから何か出ているのに気付いて言った。


「ねぇ、マンユ!それなあに?」


「これ?なんかね、″ 命より大切 ″ なんだってさ。このおじさんがね、死ぬ時に言ったから貰ったんだけど、捨てるの忘れてた! 」


「え~こんな紙切れが?意味わかんない!

汚いし捨てちゃおうよ、アフロディーテに見つかったら怒られちゃうし!」


「うん!!捨てるっ!

あ、ねぇ、そうだ!あのね、アンラ 僕ね、さっき面白い遊び思い付いたんだけど…」


楽しそうな笑い声が辺りに響いた。マンユが捨てた紙切れが宙をひらりと舞った。


地面に落ちたそれは血が染みた、笑顔の少女が写る写真であった。

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