31 パウルの村 2

セオが ″ 闇黒の棺ダーク・ボックス ″を発動させ鉱山が跡形もなく消し去った後、それを唖然として見るレオンハートとファルク。

セオ達が村人をつれて村へ戻るとセバスとアフロディーテが炊き出しの準備をしていた。


「全く……

貴方はどうしていつも考えなしなんですか!」


セオが何気なく言った″鉱山消失″に食事を注ぎ分けていたセバスの手が止まる。セバスがじっと睨み、セオがしまったといった顔をして目をそらした。


「セオ様はいつもいつも…

私の聞き間違いでしょうか、″ 何かあれば報告するように ″と仰ったのは貴方ではありませんでしたか?イシュタル様もイシュタル様です。一緒にいながらお止めにならなかったのですか。まぁ期待はしていないですが、一応セオ様の監視係のつもりでしたのに。」


「ヤバイにゃ、セバスの小言が始まったにゃ

アンタはあいつらに飯でも持ってってやんにゃ、聞いてたら日が暮れる。」


いつの間にかセバスの小言標的ターゲットが変更され、イシュタルが答えに困っているとバステトが救いの手を差し伸べる。セバスの対応はセオに任せてイシュタルが村人に食事を持っていくと、村人は涙を浮かべて礼を言われた。全員に配り終えると、焚き火を囲むようにして座るセオ達の所へと戻った。


「しかし星空の下で夕食とは、質素な食事も一転して華やかに見えるものだな。」


「セオ様、もし文句がお有りなら城に戻っていただいても結構ですが。」

「…セバス、頼むからいい加減許してくれないか。で、ムタ、バステト裏手はどうだった?」


「まぁ、障害物もないし裏からは襲われやいけど、そのぶん攻撃もしやすいとは思いますにゃ」

「それに一応セオ様に言われた通り、攻められそうな場所に俺ちん特製トラップも仕掛けといたし。どーせ、人間ごときに出番ねぇとは思うけど」


バステトとムタが答えると、セバスがいつの間に作った村の地図を取り出して、トラップの位置を記入していく。


「そうか。ムタとバステト、ご苦労だったな。問題ないとは思うが、セバス達は何かあったか?」


「特にこれといってセオ様に報告することはないですが…あぁ、そういえば面白いものを見つけましたよ。ほらアンラ、マンユ、お出しなさい」


「はいはーい!セオ様これこれ!

ね?アンラとマンユが見つけたんだよ、スゴいでしょー!!」


マンユが持っていたものをセオの手の上に乗せる。それを見たムタとシンが驚いて言った。


「アキレアか? ムタ、これって勝手に生えてくるものなのか?」


「いや、アキレアに似てるけど俺ちんの作ってるやつとは少し違うみたいだな。どんな効果があんのかは、調べてみないとなんにも…」


アキレアはムタが育てる植物で、中級回復薬ヘクトポーションの調合に使っている。まさかそれが人間の、ましてやこんな貧しい村に生えているとは思ってもみなかった。

アキレアらしき植物を食い入るように見つめていたセオが、何か閃いた様子でセバスに言う。


「仮に俺達が中級回復薬ヘクトポーションの作り方を教えたとして…人間ヒューマンに売れると思うか?」


「あぁ…、そう言うことですか。

もしその花がアキレア同様に回復効果があると仮定してお答えすると、それは売れるに決まってます。ラスファリタ王国で売りに出されているものを見ましたが、質の悪い回復薬ポーションしか出回ってませんでしたし。そこそこ高値でも大丈夫でしょうね。

効果は未だ分かりませんが、セオ様は商売でもなさるおつもりで?」


「ああ。うまくいけば継続的に資金が手に入る、上手い話じゃないか。

じゃあムタ、早急にその花の効果を調べてくれないか。今後、貴重な収入源になるかもしれない、しっかりとな」


「了解ーっと、じゃあ俺ちん飯も食ったし一回城に調べに帰るよ。明日の朝には戻って来るから、バステトかわりにちゃんと聞いとけよ」


イシュタルがまばたきをして、次に目を開いた時には既にムタの姿はなかった。


「ムタに任せておけば大丈夫だろう。残るはアフロディーテとシンか。それで村人を敵からも、俺達からも身を守れる場所はあったか?」


「セオ様のお望み通りの村一番の安全な場所ですがぁ、残念ながらありませんでしたわ。避難場所の候補としては全員入れる食糧庫ぐらいですかねぇ少し焼けてはいますけどぉ…」


アフロディーテが飲んでいたカップを静かに置いた。


「セオ様、一応シールド魔法が展開できるようにアフロディーテが準備しています。その中にさえ村人を閉じ込めていればひとまず安心かと。

もしご不満でしたら、明日は俺が村人全員の命を引き受けますが…」


「そう二人とも気を落とさないでくれ。俺の我儘に答えてくれただけでもありがたい、さすがアフロディーテとシンだ。

シールドを展開してるなら余程の事がない限り心配ないだろう。明日の状況を見てシンに頼むか考える。

よし、これで作戦会議は終了だ。セバス御自慢のディナーを楽しもうじゃないか」


全員の報告が終わって、セオ達がわいわいと食事を楽しんでいると、食事を終えたレオンハートとファルクが葡萄酒を持ってやって来た。


「休んでいるところ申し訳ない。これはパウル殿からなんだが、僕は正直こういう類いは苦手でな…

良ければセオ殿達にと思ったんだが、どうだろうか?」


「お気遣い感謝するよ、レオンハート。

ほぅ、人間ヒューマンの作った葡萄酒か…おぉ!これは意外といけるな」


「バステト、あなたは飲んではいけませんよ 酔うと面倒なので。

ではセオ様、私とアフロディーテはアンラとマンユをつれて一旦城へ戻りますが、どうされますか?」


「わかった。俺達はこっちに残る、お前達も明日に備えてゆっくり休めよ。

おやすみアンラ、マンユ」


セオが頭を優しく撫でると、二人は飛び付くようにセオに抱き付いた。


「ふふっ、甘えん坊さんだこと。

ほらほらセオ様を困らせてはダメよ、二人とも。それではセオ様、シン、イシュタルちゃんごきげんよう」


そう言うとアフロディーテはセバスとアンラ、マンユと一緒に城へと戻っていった。


「…くそ女、見えないふりしやがって。ウチもいるってにゃ」


バステトは腹もふくれて、猫化ヒポクリシーを使い今はイシュタルの膝の上を占領していた。

セオと向かい合うようにして座ったレオンハートが、真剣な顔つきで言う。


「セオ殿、ひとつ聞かせてほしい。鉱山を丸ごと消す程の魔法なんて正直、僕は生まれて初めて見た。普通だったらあんな事出来やしないんだ、ましてや貴殿はギルドにも所属していない。

貴殿ほどの魔力をもつ魔術師ウィザードにオファーが来ていてもおかしくはないんだ、なのに来ていない。

……貴方達は一体何者なんだ?」


セオは葡萄酒の入ったグラスを置いた。炎が揺れるのに合わせて、深い葡萄色が一瞬透き通り鮮やかに見える。


「 何者、か…そうだな、じゃあこんなのはどうだ?

そんなに俺達の事が知りたいなら、レオンハートも一緒に俺のギルドへ入ればいい。それなら俺も大歓迎だ、お前はイシュタルの良き理解者になるかもしれないしな。

どうだ?検討の余地はあるだろう」


挑発的な笑みを浮かべて言ったセオにファルクは首を横に降った。だが、レオンハートは頷いた。


「わかった…ただしこちらも条件が2つある。ひとつがファルクもメンバーに入れてもらう。もうひとつは僕達は貴殿らに対等な立場で接する。

見返りと言ってはなんだが、貴殿らは人間ヒューマンの情報にあまりにも乏しいとお見受けした。だから僕達は貴殿らが望む情報を提供しよう。それに僕はラスファリタ王国の王とも顔見知りだ。

どうだろう、このぐらいの要求は可愛いものだろう?なぁ、 セオ」


レオンハートが言った瞬間、レオンハートの首元には鈍く光る剣があてられていた。目にも止まらぬ早さでシンが抜いたのだ。


「シン誰が抜けと言った、剣をしまえ。

うちのがすまないな。…いいだろう。では交渉成立だ、よろしく頼むぞレオンハート、ファルク」


二人は握手を交わしてレオンハートはグラスに葡萄酒を注ぎ、セオはそのグラスに口をつけた。そんな二人を見てファルクは青ざめ、シンとバステトは信じられないといった表情である。

何故なら、人間ヒューマンなんぞに呼び捨てにされた我が主は、心底嬉しそうに笑っていたからだ。


「よし、レオンハートとファルクとも打ち解けることができたようだし、今日のところは御開きにしよう。一応、シンとバステトは交代で見張りにつけ。

ではレオンハート、ファルクおやすみ。行こうかイシュタル」


そう言うとセオはイシュタルを連れて家の中へと入っていった。シンは見張りをするべく森へと入る。


「レオンハート様、ギルドに入るなど良かったのですか?未だにあの者たちは信用できません、自分はあまり良い判断ではないと思います。それにもし、国王にこの事が知れれば大変なことに…」


二人きりになったファルクが、レオンハートの首に目をやりながら言った。

正直ファルクはシンの動きに気付けなかった。いや、剣を抜いたのさえ見えなかったのだ。同じ剣を扱う者として、シンは恐ろしい程に腕を磨いているのだと一瞬にして悟ってしまった。


「もし、あれが本当の戦いなら僕は死んでいたな。でも、それほどまでの実力を持った人が味方になったんだ、これで多くの村人を救うことが出来るさ。安心しろファルク」


心配そうに見つめるファルクの背を、レオンハートは強めに叩いた。驚きと痛みに顔を歪めたファルクに笑って言う。レオンハートは満足したのか消えかけの焚き火に水をかけて、二人も家の中へと入っていった。




朧気な薄明が大地に広がって、鳥の囁きが夜明けをつげる。辺りの草木が一斉に呼吸をしたように、むわっと湿った匂いがたち込めていた。

扉が2回ノックされて、静かに開く。


「セオ様 来たようです 」


「思ったより早かったじゃないか。では、挨拶にでも行こうか」


セオは呼びに来たシンと一緒に部屋を出る。

セオに言われた通りイシュタルは、別室で眠るレオンハートとファルクを起こしに向かうと、丁度出てきた所で鉢合わせた。


「イシュタル、おはよう。僕とファルクは準備出来ているが、セオはなんて?」


「えっと…私と安全な場所でと」


「要するに、自分達は″ 足手まとい ″

という訳ですね。

レオンハート様、どうされますか?」


「決まっているさ、行くぞファルク、イシュタル」


そう言うとレオンハートは村の入り口へと向かう。その後ろをファルクとイシュタルが小走りで追いかけた。


「セオとシンにパウル殿、遅れてすまない

敵は何人ぐらいだ?」


「なんだ、こっちに来たのか

さあな、なにせこの霧で全く見えない」


首を傾げてセオが指差した先には、濃い霧が立ち込めていて白一色といった様子であった。ファルクが腰の剣へと手をかけて身構えていると、シンが肩を叩いて言った。


「ひどくガチガチだな。安心しろ、相手もすぐに襲ってなんてきやしないから。

アンは後ろでイシュタルとレオンハートを守ってろ」


ファルクが見透かされたようで、悔しそうにシンを見るが鼻で笑われた。

おとなしく後ろに下がって待っていると、徐々に霧が薄くなって消えていく。

すると一人の影がぼんやりと浮かび、やがてはっきりと姿を現した。


「おはようございます、皆さん。

おやおや、用心棒でも雇いましたか?お約束通り回収に来ましたよ。パウルさん」


騎士の服に身を包んだ片眼鏡の男が、貼り付けたような冷たい笑顔で笑った。

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