30 パウルの村 1
◇◇◇
それからパウルの村へ移動した一行は、明日の作戦についてパウルの家で話し合う事になった。
「にしてもよー、まっさかアフロディーテに一目惚れとはなぁ~。趣味がわるいっつーか、なんつーか…なぁバステト」
「ほんと、理解に悩むにゃ…アンタ目、見えてるにゃー?」
ムタとバステトがからかうように言うが、あまりのショックでファルクは一言も発さずに屍のようであった。
一方のアフロディーテはというと、セバスからハンカチを借りると握られた手を丁寧に拭いていた。その光景がまた、ファルクの心の傷を容赦なくえぐる。
「アフロディーテ殿、どうかもう許してやってもらえないだろうか。
して、セオ殿はどのような作戦を?見たところパウル殿の村は、攻撃も防御も圧倒的不利に回りそうだが…」
レオンハートがセオに問いかけると、セオも難しそうに眉を寄せていた。
「これといった武器はなさそうだが、戦力なら何ら問題ないだろう。だが防御となると、村の周りを囲む木々が少々厄介だな。今から塀で囲むとしても時間もないし、人手も足りん」
「すまん、男手は全て
申し訳なさそうに言ったパウルが顔を上げると、そこには驚いたように目を見開いたセオの顔があった。無言の数秒の間を破ったのはバステトの吹き出した笑い声。
「ぷっ!……にゃはははは!」
「おい、バステト笑うなって、くっくく!」
「…二人とも失礼ですよ、」
つられたようにムタも笑いだして、止めたセバスの口元も緩んでいるように見える。いや、正確に言うと三人だけでなくシンやアフロディーテも笑っていたのだ。
パウルが訳がわからないといった顔をしていると、最後にセオも目を細めて可笑しそうに笑う。
「ははは、いやすまん。
なにもパウルが気に病むことはない。むしろ俺達以外頭数にも入れてはいないし、手出し無用なぐらいだからな。
だからお前たちは自分の心配だけしてればいいんだ。間違って俺達に殺されないようにな」
パウルを含め、レオンハートとファルクが背筋に氷を当てられたように身震いする。笑っているセオの顔からは温かさを一切感じなかったのだ。
「セオ殿、貴方達は一体、」
一言呟くように言ったファルクの声を、遮るようにタイミングよく部屋にノックの音が響いた。パウルが声をかけるとゆっくりと扉があいて、幼い兄妹が遠慮がちに顔を出す。
「パウル様、お話し中にごめんなさい…」
「ランディにシャーナじゃないか どうかしたか?」
しゃがんで二人の頭を撫でながらパウルが言うと、シャーナが背中に隠していた包みを差し出した。それはロイズの店から持ち帰った料理で、形は崩れ所々に土がついていた。
「これ、パウル様の分もって思って持ってきたんだけど、途中で転んじゃって…ごめんなさい!」
「パウル様、ランディは悪くないの。転んだのはシャーナなの、急に走ったから…」
「よいよい それより膝を擦りむいてるようじゃ、ランディ帰ったら手当てをしてやりなさい。シャーナも足元に気を付けるんじゃぞ」
ランディとシャーナは今にも泣き出しそうな顔をして帰っていった。
扉を見つめていたパウルは、深い息をひとつ吐いて立ち上がる。そして、セオ達の方へと向いて
「話の腰を折ってすまんの。見た通り、わしの村は子供が食事さえ満足にとれない状況じゃ。じゃから、わしがやれるもんは全部アンタらにやってもいい…だからどうか頼む。この村を、あの子達を守ってやってくれ!」
パウルは懇願するように深く頭を下げた。その痩せ細った体のどこにそんな力が残っているのか、両の拳は力強く握られ震えていた。
「安心しろ、パウル。一度引き受けたんだ、約束ぐらい守るさ。
よし、俺達は偵察に行くがお前達はどうする ついてくるか?」
セオの言葉にレオンハートとファルクが頷いた。
「わかった、誰についてくるかは勝手に決めてくれ。
まず、ムタとバステトで村の裏手を散策、
シンとアフロディーテは村の一番安全な場所を見つけろ。明日はそこに村人を集めて避難させるつもりだ。
残りのセバスとアンラ、マンユは村の周りを見て回れ。ついでに、食えるものがあればそれも頼む。
あとの細かい指示は全てセバスに任せるから、何かあれば報告するように。」
「はぁ、まさかこんな所で一夜を明かすことになるとは思いませんでした。
して、セオ様はどちらに?」
「俺は
セオの背中を追うようにイシュタルも部屋を出ていく。誰について行こうか悩んでいるレオンハートとファルクに、ムタがめんどくさそうに言った。
「なに、ぼさっとしてんだよ。
お前、セオ様の事信用してねぇんだろ?ほら、さっさと行かねぇと置いてかれるぞー。
俺ちんは人間の子守りなんて無理だかんな、チビで充分だ」
「なっ…行くぞ、ファルク!パウル殿は村で待っていてくれ」
その言葉に、慌ててセオを追いかけるレオンハートとファルク。ムタは
「お主ら、どうか頼んだぞ…」
出ていく皆の背中をパウルが祈るように見送った。
「ほぅ、これが
イシュタルとレオンハート、ファルク、すまないが作業をしている者達を集めてくれないか」
荒々しい岩肌には、いたるところに
返事を返した三人が向かうと、数分後に10人ほどの村人を連れて戻ってきた。
「おいアンタ達、パウル様に雇われたってのは本当か!?」
興奮したように言ってきた男は痩せこけていて、どこか病人のような顔色をしていた。
レオンハートがセオの代わりに落ち着かせるように言う。
「そうだ、僕達はパウル殿から話を聞いてあなた達を救いに来たんだが、」
「そうか…ありがとう!なら早いとこ手伝ってくれ。明日までにまだ二千石は必要なんだよ」
鉱山を指差した男はふらついた足取りで来た道を戻ろうとしていた。倒れそうになり、すかさずイシュタルとファルクが支えるが、他の村人も正直立っているのがやっとといった状態であった。
「その必要はない、死にたくなければ後ろに下がって見ていることだ。
─ "
セオが術を発動すると、人差し指の上に小さな黒い球体が現れる。ふわふわと綿毛のように浮かぶそれは、どこか可愛らしさを感じた。
「セオ殿、一体なにを…?」
「なっ!レオンハート様、魔力が桁違いですっ!後ろへ御下がりください」
ファルクがレオンハートを自身の背へと隠すように盾になり、真剣な顔つきで剣の柄を握る。
セオはイシュタルの肩を強く抱き寄せると、指先の黒い球体を弾いた。
─ ゴゴォォォオオオ……バキバキッ!
球体は一瞬で大きくなって一面視界が真っ暗になる。そして時折稲光を走らせながら、山を覆うように侵食していく。周りの木々もみるみる飲み込んで、大木が軋み折れる音が響いた。
体を持っていかれそうな強い風に、レオンハートとファルクは辛うじて片目を開けてそれを見る。
音が小さくなるにつれ球体が少しずつ空気に溶け込むようにして消えていった。
「なっ……なんだ、これは…!」
レオンハートが目の前に広がる光景を疑うように言った。ファルクは驚きのあまり言葉を失っている。
そこにはかつてあった鉱山はおろか、周りの草木さえもごっそりと綺麗さっぱりなくなっていた。
いや、見た者達は初めから無かったのではないかと疑う程に自然に、だ。
「あの、セオ様、鉱山はどこに?」
イシュタルが辺りを見渡し困惑しながらセオに言う。その一言にレオンハートとファルク、村人達も一斉にセオを見る。
「ん?あぁ、 鉱山を消したんだよ。
鉱山が無くなれば
所謂、一石二鳥と言うやつだな、うん」
セオは腕を組み、したり顔で平然と言ったのであった。
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