29 レオンハートと騎士

「じゃあ夕方に城門前で」


それからレオンハートはなにやら用事があるらしく、後で会う約束をして別れる。

セオ達が時間をもて余しあてもなく歩いていると、酒屋の店主ロイズにまたもや声をかけられ今に至っていた。


「何を求めているか知らないが、こんなに料理を出されても俺達はこの国の金貨を持ってないぞ」


テーブルに豪勢な料理が所狭しと並び、イシュタルとバステトが目を輝かせた。アンラとマンユにいたっては、待ちきれないと言わんばかりにフォークを握ってテーブルを叩いている。そんな二人の頭を両サイドからムタとシンがタイミングよく小突いた。すぐに大人しくなったのを、呆れたように見つめるセバス。

だが、どんなに望もうともセオが一切口にせぬ限り食べることは許されない。


「気にすんなって、再会できるなんざ何かの縁だって!

セオの旦那からはお得意様になりそうな匂いがプンプンすんだ、俺の勘は当たるんだよなぁ~さぁ、遠慮すんな!金なんてとらねぇから、これはうちの宣伝費だ!ゆっくりしてってくれや」


「そうか。ではいただこうか」


少し間はあったもののセオの発した一言に、勢い良く反応したのはアンラとマンユだった。取り分けるアフロディーテの皿を奪うと互いに競うように頬張った。


「なぁアフロディーテ、そういやお前そこのじいさんいつから知ってたんだよ?勘とか嘘っぱちだろ、あいつじゃあるまいし」


忙しなく料理を運ぶロイズを、ちらりとムタが見る。そして視線をポテトに移して摘まんで口に放り込んだ。


「んふふっ、本当はこの前偵察に来たときにねぇ見ていたのよ。随分頭を下げていたから覚えていたわぁ…でも偶然にもイシュタルちゃんと知り合いなんてねぇパウルさん、運命よねぇ♪」


「運命かどうかはわからんが、おかげで助かったのは事実じゃ。…だがまさかイシュタルが一緒だとはわしも驚いた 。でも安心したわい、ちゃんと食べさせてもらっとるようで良かった」


パウルは心底安心した様子で、隣に座るイシュタルの頭を優しく撫でる。それをセオは面白くなさそうに見ながら酒を流し込み言った。


「パウル、イシュタルとはやけに仲が良さそうだな。イシュタルは元は奴隷であったし、お前の村は隣だろう?接点があるようには思えないが」


「毎日と顔を合わせる訳ではないが、イシュタルの主人、カース殿とは商売相手とでも言うか…わしの村で採れた食糧を買い取ってもらってたんじゃよ。

その時によくイシュタルを連れてきていてな。あまりに酷い扱いをするから何度も引き取ると言ったんじゃが、駄目の一点張りでの。でも良かったわい、次は暖かい御主人様に巡り会えたようじゃ」


「当たり前だろう。なんせイシュタルは俺の奴隷ではなく、俺の妻に選ばれた人間だ。

嫌だと言うほど存分に甘やかしているさ、なぁイシュタル?」


セオは対抗するように自身の方へとイシュタルを抱き寄せた。その顔はなんとも誇らしげであった。それを見て微笑むパウルに照れるイシュタル。


「そんにゃセオ様にベタベタしてないで、アンタもさっさと食べにゃ。そんなんだからずっーとチビなんだにゃ」


「ぐゔっ!セオ様、首が…も、もう離してください!」


イシュタルは無理矢理セオを引き剥がすと、バステトが取り分けてくれた料理に手を伸ばした。不自然に突き刺さった数本のポテトを見てイシュタルが睨むと、ムタは舌を出して笑った。


「いい加減にしなさい、ムタ。

ところでセオ様、どのような作戦をお考えで?…まぁ、人間相手に敗北を想像する方が難しいですが」


「そうだな…セバス、お前が計画しろ。可能な限り力の差を見せる方法だ。」


「はぁ、これは面倒な…。

では全滅させてはいけませんね。なにせ私達の持つ力を存分に感じ、吹聴していただかなければ…まぁ多少の犠牲は仕方ないでしょうけど」


深く息を吐いて顎に手をやるセバスは、眉をよせて悩む。圧倒的な力の差を見せつける事で、二度と村を襲うなどといった愚かな考えを持たせないようにするつもりなのだ。その上、何人か生かして逃がせば噂も広がり、

"魔族我々"の知名度も上がるだろう。


「シン!あのね、私達も一生懸命手加減頑張る!!」

「ぼくも頑張るっ!

あ、そうだ!ねぇアンラ、あのね…」


何か思い付いたマンユがひそひそ話をすると、アンラはそれに喜んで賛同する。二人は顔を見合わせた後、悪戯っぽく笑った。


「なんの秘密話だ?…嫌な予感がするがアンラ、マンユ、あんまりセオ様に迷惑をかけるなよ」


二人は元気良く片手をあげて返事をした。

呆れた顔をして言ったシンに、ムタが無駄だと首を振った。





それから食事を終えて店を出ると、いい具合に陽が傾きはじめていた。


「今から行けば丁度いいか」


セオ達はレオンハートとの約束である城門へと向かう。食べ疲れたのかムタとシンに背負われているアンラとマンユからは、規則正しい寝息が聞こえていた。パウルとイシュタルの両手には食べきれなかった料理がロイズによって丁寧に包み持たされている。


城門前で暫く待つと、後ろからレオンハートが走って来るのが目にはいる。だが、もう一人見慣れない影も一緒であった。


「すまないな、お待たせしたようだ。

紹介しよう、こいつは" ファルク " 僕の仲間だ。……おいファルク、セオ殿達に挨拶を」


そこにはレオンハートと変わらない、どこか幼さの残る青年が立っていた。


「自分はラスファリタ王国に所属する騎士、ファルクと申します!!レオンハート様の護衛の任についておりますが…っ!」


息をするのも忘れて一点を見つめるファルクは、我にかえって前へと出る。纏っている大きめの鎧は動く度に鳴り、顔を何故か紅く染めていた。そして、


「貴女様と目があった瞬間、一目で貴女の美しさに虜となってしまいました…

よ、よ、よろしければ自分を、貴女の" 飼い犬 "にしていただけないでしょうか!」


興奮しているのか、ファルクは勢い余ってその者の手を握ってしまった。だが、それは冷めた言葉と共に払われる。


「あらあら~ …その、

汚い手で触らないでくださるかしらぁ?私、潔癖症なんですの」


アフロディーテの穏やかな笑顔とは真逆の言葉に、その場の空気は凍りファルクの一世一代の愛の告白は一瞬にして失恋と化していた。




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