24 魔導書
カースが死んだ会議から一週間ほど経とうとしていた。あれからというもの外出はなくなり、セバスが選んだ者のみ情報収集に向かっている。それに城の警戒レベルが上がったため、セレネとは食事以外会うことは出来ず、暇をもて余したイシュタルは部屋の掃除をしたりして時間をつぶしていた。
だが、そんなもの長くもつはずがない。一週間も経てば何もする気にならず、窓から外を見つめることが多くなった。
「特にはございませんが…
そうですね、もし時間を余しているようでしたらセオ様の所へ行ってみてはいかがですか?確かたくさんの書物をお持ちなはずです。暇を潰すにはよいかもしれません」
夕食の最中セレネになにかする事がないかと聞くと、暫く考えた後に答えが返ってきた。迷惑じゃないかとも思ったが、次の日イシュタルはセオの部屋を訪れる。
「入れ。
なんだイシュタルじゃないか。どうした、何か用か?」
「いえ、あのよければ何か私の読めそうな本など貸してもらえたらなと…」
「かまわないが…お前は俺達の言葉が読めるのか?」
「あっ…読めませんでした」
そう言われればそうである。
なにせセバスでさえ人族の地図を読むことが出来なかったのだ。お互いの使う言語が違うのは明白で、それを忘れていたイシュタルは肩を落とす。そんなイシュタルを見てか、困ったように息を吐いたセオは本棚から本をひとつ取り出した。少し中を確認したあと、ぱたんと閉じて唱える。
「 “
すると、本はひとりでに浮き上がりページが捲れていく。文字は黒い線となって浮き上がり、空気中をまるで蚯蚓のように這いずり回った。そして真っ白になったページに文字がどんどん吸われていき、写し出される。それが終わると本は静かにセオの手へと戻っていった。
「これならイシュタルでも読めるだろう。
どうだ、
「わぁ…!本当です!」
イシュタルが本を受け取り中を見ると、全ての文字が人族の言語になっていた。驚きに目を輝かせてセオを見ると、セオは眉をよせて笑う。
「セバスに教わって
「わかりました、本当にありがとうございます!あの、借りていってもいいですか?」
快く返事を返したセオにイシュタルは頭を下げて部屋を出た。そのまま中庭へと向かって、いつものお気に入りの長椅子へと腰掛ける。隣には先客の猫がいてイシュタルと目が合うと嫌そうに顔を隠した。
どうやら借りた本は魔術の本だったようで、たくさんの詠唱魔法と色鮮やかな挿絵が描かれていた。読んでいて面白くなったのか、イシュタルが突然両手を前に出して叫ぶ。
「 “
「 ッ!!ニャー!!?」
イシュタルの声で驚いた猫は飛ぶようにして椅子を降りた。毛を逆立てて睨む姿に、イシュタルは急いで謝る。するとどこからともなく罵声が響いた。
「ちょっとアンタ!なに急に上級魔法詠唱してるにゃ!!」
イシュタルは声の主を探すがやはり見当たらず、もしやと思いながら荒い息遣いの猫を見る。すると煙が立ち込めて猫が見えなくなったと思えば、中からバステトが現れた。
「アンタにゃ~、人が寝てんだからまず大声だしたら驚くとか思わないにゃ。ったく、それとも奴隷はそんなことも分からないにゃ?」
「ご、ごめんなさい、って、え?…猫さんは、バステト様?」
「アンタ馬鹿にゃ?ウチが猫に化けてたんだっつーの!にゃんで今まで気付かないかにゃ」
するとバステトは大きく溜め息をついて乱暴に椅子へ座った。イシュタルは小さく謝って、どうしていいか分からずに本へと目線を移す。
「アンタが“
「セオ様が貸してくれたんです。
あのバステト様、魔力はどのようにすれば作り出せるのですか?
今この時も皆さんはお城を一生懸命守っているのに、私だけなにも力になれていない…
私も少しでもいいので力が欲しいんです、教えて下さい!」
それを聞いたバステトは、また大きな溜め息を吐いて立ち上がった。そして呆れてしまったのかその場を後にする。落ち込むイシュタルにバステトが振り向かずに言った。
「明日の早朝、ここに来るにゃ。
…もし、アンタが本当に力を欲するならにゃ」
そう言うとバステトは城の中へと戻っていく。イシュタルは大きく返事をして背中を見送った。
そしてその日は早めに休んで、次の日の早朝イシュタルは中庭へと向かう。緊張で高鳴る胸を押さえて扉を開くと、そこには猫姿のバステトが待っていた。
「おはようございます、バステト様
お待たせしました、…あの、どこに?」
ついてこいと言っているようにこちらへ視線を向けると無言で歩き出す。濃い霧の中を見失わないように進むと、見たことのない建物が目の前にあった。
「ここから先は死にはしないが地獄だにゃ。
どうするにゃ、入るにゃ?」
そう言うとバステトはイシュタルの答えも聞かずに中へと入っていった。イシュタルはバステトの後を追うように怯えながらも頷いて中へと入る。
後にこれを後悔する事になるが、イシュタルはそれをまだ知らなかった。
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