23 衝動

咄嗟にセオはイシュタルを自身の胸へと抱き寄せて、包むようにマントで覆う。


「っ!…セオ様、お怪我は」


シンが目にも止まらぬ速さで剣を抜いて切り落とした。得体の知れない“何か“は真っ二つになって床を蠢く。


「ムタ…どういうことですか、これは」


セオを護るように前に立っていたセバスが言う。アフロディーテはバステトを盾にして汚れていないが、カースの頭を掴んでいたムタは全身血まみれの姿であった。


「俺ちんもビックリ…確かにちゃんと使えないようにしてたのに」


お手上げとでもいうように両手を上げたムタが言った。能力アビリティは使えないようにしていたため、他人がかけた魔法さえ発動しないようになっている。それが何故発動したのか、そこにいる全員が理解できなかった。


「セオ様、これは…!」


急にシンが床を指差して言う。先程切り落とした肉片が溶けるように消えていき、中から核のような塊が出てきた。シンはそれをつまんでセオへと渡す。


「これは、魔法石マジックストーン!!」


セオの手の上の魔法石マジックストーンは、鈍く赤い光を放っていた。中心にいくにつれてどす黒さを増す。その光は徐々に弱まっていき、最後は石自体が小さな粒子となって弾けるように消えた。


「一体どういう事なんだ…。まぁいいムタ、その死体を片付けろ。残りの者は念のため城周辺の警戒レベルを最大まで上げておけ。明日からの人員配置及び情報収集はセバスから指示を出す」


セオは返事を待たずに言うと、自身のマントの中にいるイシュタルを連れて消えた。

視界を遮断していたマントが外れ、一気に光が目へと入る。イシュタルは眩しさから何度か瞬きをして見ると、そこはセオの部屋であった。


「…あんなものを見せてすまなかったな、怖くはなかったか?」


「はい、セオ様が守ってくださったので何が起きたのか見えませんでした。あの、頬に血が」


そうは言ったもののハンカチなど持ってはおらず、セオに失礼ではあるが服の袖で拭こうと手を伸ばす。しかし腕はセオによって捕まれて、ゆっくりと下ろされた。代わりに自身の頬についた血を親指で拭ってぺろりと舐める。


「ありがとう。だが、こんな不味い血などお前が触る必要はない」


心底不機嫌そうにセオは言った。イシュタルが困った顔をしていると、セオはなにか思いついたようにキャビネットを開ける。中には色々なものが綺麗に飾られていて、セオはそこから小さな箱を取り出した。


「イシュタル、後ろを向いてくれ」


イシュタルが言われるがまま後ろを向くと、胸に小さな重みを感じる。そこには深紅の石が付いていて、照明の光がキラキラと反射した。セオが優しく後ろ髪を持ち上げると、首に金属特有のひんやりとした冷たさにイシュタルは小さく肩が上がる。


「あの、これは?」


「このペンダントには俺の力を付与してある。ほら、ムタが持って帰った魔法石マジックストーンで作ってみたんだが、

もう少し可愛い感じの方がよかったか?」


「えっとあの、こんな綺麗なものを私にですか?」


イシュタルはペンダントを両手で包み見上げて言うと、その不安を掻き消すように優しい手が頭を撫でた。


「初めて作ったから好みかどうか分からないが、俺からの贈り物プレゼントだ」


こんな素敵な贈り物をされたこと、今まであっただろうか。奴隷だった私をあの地獄の日々から救いだしてくれた、それだけでも感謝してもしきれないのに。


「また考え込んだ顔をしているぞ、イシュタル。こういう時は遠慮せずすんなり受け取って欲しいものだな。

…断られては流石に俺も恥ずかしいぞ」


セオは困ったように頬をかいて笑う。

ここは素直にもらっておくべきなのだろうか。イシュタルはペンダントとセオを交互に数回見ると、頬を染めて大切そうに握りしめた。


「セオ様、ありがとうございます。大切にします!」


「こちらこそ、貰ってくれてありがとう。きっとイシュタルが危ない時に盾ぐらいにはなるだろうさ」


セオは優しく目を細めて頬笑むと、ソファーへと腰掛ける。イシュタルも向かい合うように座ると今日一日の出来事を話し始めた。


「中庭に行ったのか。今度は一緒に行かないか?俺もお前の描いた世界を見てみたい。」


意味が分からなかったイシュタルが聞き返そうとした時、タイミングよくドアのノック音。挨拶とともに入ってきたのは、セバスとセレネであった。


「セオ様、夕食の準備が出来ましたがいかがされますか?」


「俺は後でいい。セレネ、イシュタルを自室へ連れて行ってやってくれ 出来れば今日は広間には行かない方がいいだろう。」


「かしこまりました。ではイシュタル様、行きましょう」


部屋を出るセレネの後を追って、イシュタルも部屋を出る。が、まだ話し足りないイシュタルが立ち止まって振り返った。すると手を後ろに回しているセオは眉を寄せて困ったように笑う。


「そんな顔をされては帰したくなくなるじゃないか。俺もまだ話したいが、今からセバスと打ち合わせなのだ。また明日話そう、今日はゆっくり休みなさい」


そう言われて恥ずかしくなったイシュタルは、足早にセオの部屋を出ていった。ぱたりと扉が閉まると、後ろからセバスの呆れを含んだような心配する声がかかる。


「廊下まで魔力が垂れ流しで来てみれば…

あの男の血の臭いにあてられましたか、セオ様。

はぁ、もういっそのこと食べてしまえばいいではないですか?なにもそこまで彼女に執着する理由などないのでは」


「何度も言っていると思うが、俺は人をもう二度と食さない。この衝動も俺に課せられた償いの“罰“だ。」


そう言ってセオは窓から飛び立った。セオが歩いた床には血が点々として濃い染みを作る。


「衝動を止める為に拳を爪が食い込むまで握るとは。あのペンダントも万が一自我を失った時、自身から彼女を守るため…私には理解できませんね。

何故セオ様は、イシュタル彼女にそこまで必死なのでしょうか」


なにもない空に向かって呟いたセバスは静かに空を見つめた。窓枠にはべったりと血がついていて、枠をつたって溜まりをつくる。


「ひとまず…掃除、ですかね」


ため息混じりに言うと、セバスは掃除にとりかかるのだった。


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