25 特訓

中に入るとムタとシンが向かい合うようにして構えていた。シンは鋭く研がれた剣先をムタの喉元へ向け、ムタは拳を握って戦闘態勢をとる。

シンが呼吸をした瞬間、先に動いたのはムタであった。目にも止まらぬ速さでシンの懐へ蹴りを出すが服にかすっただけで、間髪入れずに足払いをする。これも上手くかわしたシンは、ムタの背後へと回り込んで連続の斬撃を浴びせた。


「 あーりゃりゃ、勝負ついたにゃ 」


バステトが呟いてからそう時間はかからなかった。シンの繰り出す攻撃にムタはどんどんと追い込まれていく。そして、ムタが態勢を崩す瞬間を待っていたかのように剣先が喉元を捕らえて離さない。


「…くそっ! 参ったよ……」


座り込んだムタが悔しそうに両手を上げたのを見て、シンは剣を収めてその手を引いた。


「いや、俺も危なかった。お疲れさんムタ、そら立てよ」


「ちぇ、途中までは良かったんだけどな~、…って、あぁ?バステトじゃん、あとチビも一緒か」


闘いに夢中だったのか、二人に気付いたムタとシンが驚いたようにこっちを見る。バステトはずかずかと二人に近付きながら話しはじめた。


「あそこでもしムタが守備にまわらなければシンに勝てたってのに、攻撃は最大の防御と言いますにゃ。ぷぷぷっー 無様だにゃムタ!」


「な、なんだと ?……“ 洗濯板 “のくせしやがって 」


「……あぁ!?今なんつった!!」


ムタがバステトの胸を馬鹿にした瞬間、バステトの目付きが変わった。どうやらタブーワードだったようで、それを合図に生死の追いかけっこが始まる。

まるで二人が目に写っていないかのようにシンは無視してイシュタルへ話しかけた。


「アンタの事はバステトから聞いてるよ。

イシュタル、だったか?俺が教えられるのは剣術しかないが、きっと護身ぐらいにはなるだろう」


「あの、私に教えてくれるんですか?」


イシュタルがきょとんとした目で見ると、シンは困った顔をして考え込む。


「バステトの奴、言ってないのか…。まぁいいか、まずこれを握ってみろ」


シンが取り出した剣を、イシュタルは受け取り両手で握る。


「ほら振ってみろ。ゆっくりだぞ」


剣を頭まで振りかぶると、重さで少し後ろに引っ張られるような感じがした。言われた通りゆっくりおろすが止めることが出来ずに床にあたる。

見ていたシンは溜め息を吐いて正面に立ち、イシュタルの構えを直しながら言った。


「ここまでとはな。まず、左足はもっと後ろにしろ。そうだ、それでいい もう少し腰を落とせ、剣は真っ直ぐ構えろ。…よし、もう一回 」


イシュタルはもう一度振り上げてゆっくり振り下ろすも、やはり止まらず剣先が床にめり込んだ。


「おーいシン、このチビ筋肉量が足りねぇんじゃねぇ?しかも振る度に目瞑ってやんの」


いつの間にか追いかけっこを終えた二人が、イシュタルの姿を笑いながら見ていた。そんな中、なにかを思い付いたような顔でバステトがムタに耳打ちをする。


「いいこと思い付いたにゃ。にゃにゃごにょ……」


「ふんふん、ほー!そりゃあいいな!!

おい、お前強くなりてぇんだろ?」


イシュタルは怪訝に思いながら頷いた。二人からは完全に玩具にされそうな雰囲気が漂っている。


「よし!いいぞ!ほら、こいつを持ってろ」


ムタから剣を奪い取られて、代わりに握らされたのはダガーであった。シンが怪しんで二人を睨むが、二人を止めることは出来ない。


「ムタに何を吹き込んだんだ、バステト」


「まぁまぁ~、そう警戒しなくても大丈夫だにゃ。ちょっと待つにゃ…ほらアンタ、動いちゃダメだにゃ」


後ろからバステトに両肩を握られて、イシュタルは身動きが取れなくなった。なにをされるか分からない恐怖と、笑いながら近付いてくるムタの指に冷や汗が止まらない。指はイシュタルの額へと触れて、ムタのひんやりとした体温を感じた。


「 ─ ッ!!! 」


突然目の前のムタが倒れた。と、言うより力が抜けたように崩れ落ちる。驚いて目を向けるが、バステトは笑っているしシンは二人の思惑を理解して頭を抱えていた。


《 おーい、俺ちんの声聞こえるー? 》


「 えっ!!な、どこか ら……」


《 お前の中に入ってんだよバーカ。いいか? 乗っ取ったのは体だけだからちゃーんと見とけよ 今から俺ちん直々に戦い方ってのを教えてやる》


ムタの声はどうやらイシュタルだけに聴こえているようだ。すると自分の意思とは関係なく右手がダガーを顔の前で構える。先には諦めたように剣を構えるシンの姿。


「ムタ、あまり無茶をすると体が壊れるぞ」


「 へっ!ちょ、ムタ様まっ…… ひゃぁぁぁぁああ!!」


急に疾走した足に、イシュタルは息を飲む。そして自分とは思えない速さでダガーを振るうと、シンの攻撃に悲鳴を上げた。


《うっせーなぁ、もう!俺ちんが戦ってんだから当たるわけないだろ、ホント気が散る》


そう言いながらも、わざとにすれすれでシンの剣先を避けていく。その度に悲鳴をあげるイシュタルを見て、腹を抱えて笑うバステト。


「ひいやぁぁぁああ!!」


「ムタ!もういい加減にしろ!!ぐッ!!」


シンがガードしながら言うが、イシュタルの体の動きが止まる気配はない。楽しんでいるムタにはむしろ逆効果で、イシュタルのか細い足が鳩尾へと入った。


「………いい加減怒ったぞ ムタ」


シンの目付きが鋭さを増して、剣の構えが変わった。朱殷しゅあんの前髪は汗で濡れ、その分け目からは薄墨色の瞳が覗く。


《おっと、マジで怒ってんじゃんーチビ

今からがシンの本気だぞ》


シンのあまりの攻撃の速さに目を閉じることもままならない。止まらない斬撃を避けながらムタは切りつける。


《 やっぱ強ぇな、シンは …うわっと!!やべ 》


「 シンッ!!やめっ…!!」


瞬間、見える光景がゆっくりになった。体の重心が後ろに傾いて伸びきった右腕の先にダガーが見える。それを辿ると目を見開いて焦った顔のシンが剣を振り下ろしていた。躓いたんだと頭が理解した時には、剣が顔のすぐ近くにきた頃であった。

あぁ、斬られる。

視界の隅に慌てて駆け寄るバステトの姿が見えたが、間に合いそうにないだろう。

イシュタルが斬られるのを覚悟した時、目の前が一瞬で漆黒の闇に包まれたのだった。







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