20 謝罪

窓から朝日が入り込み、イシュタルは夢の世界からゆっくりと浮上する。反するように寝返りをうって顔を枕へと埋めると、それは人肌に暖かかった。その心地よさはまるで幼い頃、姉と慕っていた者がよくしてくれた膝枕のようだった。ゆっくりと、また眠りへと落ちていくイシュタルを一気に覚醒させる言葉が聞こえる。


「おはようイシュタル。

どうした、やけに積極的じゃないか。そんなに良ければ今日からは俺と寝るか?

残念だが膝枕ではなく腕枕だがな。」


イシュタルが目を見開いて見たのは、枕ではなく真っ黒な服であった。頬をゆっくりと撫でられて顔を上げると、そこには意地悪く笑ったセオの顔がある。


「セオ様…。女性の寝室に無断で入るのはどうかと思いますが…」


寝室に響くイシュタルの悲鳴とセオの笑い声に、呆れてセレネが言った。未だ顔を真っ赤にするイシュタルを見て、セオはベッドを降りる。


「おっと、すまんな。今度から気を付けるとしよう。

セレネ、今日俺はイシュタルと一緒に食事へ行けない。広間に行ってもいいし、自室でとってもかまわないから、決めさせてやってくれ。後は自由にするといい」


そう言うと、セオはイシュタルへ軽く手を振り部屋を出ていった。まるで嵐のように去った後、セレネはイシュタルの髪をといて服を着替えさせる。金糸雀色のワンピースに唐紅色の靴と、リボンのついたカチューシャ。髪は軽くカールが巻かれてふわりと揺れた。セレネはイシュタルに聞いた通りに広間へと連れていくと、そこには二人の姿があった。


「お、おはよう、ございます」


イシュタルが恐る恐る声をかけると、二人が勢いよく答えた。


「お姉ちゃん、おはよう!今日はアフロディーテがいないから隣に座って!ね、マンユ!」

「おはよう、お姉ちゃん!うん、それがいいね!」


入り口に立っていたイシュタルを見て、アンラとマンユが腕を引っ張る。なされるがまま、二人の間へと座らされたイシュタルはセレネへ助けを求めるが、諦めたように顔を反らされてしまった。

賑やかな朝食が始まり、イシュタルは何故か二人の世話を焼いている。マンユの厚切り肉を小さく切ったり、アンラの口元を拭いたりと大忙しであった。


「「ごちそうさまでした!!」」


怒濤のような慌ただしい朝食が終わり、アンラとマンユは遊ぶと言って広間を走り出る。解放されたイシュタルがほっと息を吐くと、冷めた紅茶をセレネが淹れなおした。


「食事も冷えてしまいましたね。作り直しましょうか?」


イシュタルを気遣ってセレネが言うが、イシュタルはそれを断る。だって口に入れたオムレツは確かに冷えていたがとても美味しく、作り直す必要など考えられなかったからだ。

イシュタルが黙々と食べ進めていると、広間の扉が鈍い音を立ててゆっくりと開いて、そこにはシンの姿があった。イシュタルの正面へと座ると、


「昨日はムタが思い出させるようなこと言って悪かったな。気分は大丈夫か?」


突然声をかけられて、イシュタルの手が止まる。慌てて口の中のものを飲みこみ答えた。


「はい、大丈夫です。あの、昨日はありがとうございました。ムタ様には助けていただいた上に、お薬まで分けて貰って」


「気にするな、ムタも色々とやり過ぎたと反省していた。アイツはひねくれ者だから代わりに俺が謝る、すまなかったな」


そう言って頭を下げるシンにイシュタルは慌てて答えると、シンは少し安心したような顔で食事を始めた。

それから二人は他愛もない話をしてイシュタルの食事が終わる。立ち上がったイシュタルがシンに軽く挨拶をして広間を出ようとすると、シンに呼び止められた。


「セオ様もいなくて暇だろう。

気晴らしなら中庭へ出てみるといい、今日は風もあまり吹いていないから」


イシュタルはシンにお礼を言って、セレネと共に部屋へと戻る。


それから広間に五分ほど経った後、首を鳴らしながら徹夜のセバスが朝食にやって来た。


「おはようございます、シン。貴方も朝食ですか?」


「おはよう。ああ、でももう食べ終わった。…セバスは徹夜か?酷い隈だぞ」


「ええ。集まった人族ヒューマンの情報をまとめていると、どうやら朝を迎えていたようで。

あとそれと、ムタを待ってもここには来ませんよ。今日の偵察はムタとアフロディーテに行ってもらっていますから。二人とも“変化フルコピー“が得意ですしね。」


どうりで遅いわけだ。シンはセバスに返事をすると席を立った。


「シン、最後にもうひとつ。

先程イシュタル彼女とすれ違ったのですがとても嬉しそうな顔をしていました。

何を話していたのですか?」


「 セバスが気にするようなことはなにも。ただ陽のあたるいい場所を教えてやっただけだ。昨日はムタが迷惑かけたしな」


そう言うとシンは広場を後にする。メイド以外誰もいない広間でセバスがくすりと笑った。


「やはり思った通りシンは人族ヒューマンに弱いですね。」


セバスはそう言うと自身の朝食を食べ始めるのだった。


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