19 回復

イシュタルは、夕食をとった後部屋で休んでいると突然ずしりと頭が重くなる。

頭上から声が聞こえて、イシュタルは顔を上げようとしたがそれは叶わなかった。何故ならセオが当たり前のように、イシュタルの頭へ顎を乗せているからである。

イシュタルが驚き固まっていると、セレネが溜め息を吐いて言った。


「セオ様、またバルコニーからおいでになられたのですか?それに、いい加減イシュタル様が重そうですよ」


「相変わらずセレネとセバスは俺に手厳しいな。」


セオは苦笑いを浮かべ、イシュタルと向かい合うように座った。セレネが紅茶を淹れると、一口飲み込んで不思議そうにカップのなかを見つめる。そして、


「ん?…セレネ、お前は" アキレア "なんて持っていたか?」


紅茶を指差して言った。なんのことだか分からないイシュタルが首を傾げるのに対して、驚いた様に目を丸くしてセレネが言う。


「…流石ですセオ様、よくお分かりになられました。アキレアは癖があるので隠していたはずなのですが、これは先程ムタ様から渡されたものでございます。」

「ムタがか、何故だ?」


「はい。イシュタル様へのお詫びだそうで。

きっと夕食時のイシュタル様への発言が原因でしょう、シン様に付き添われて渋々と言ったご様子でしたが。一応ムタ様に、イシュタル様にお伝えするかと聞くと気付かないからよいとの事で黙っておりました。」


そもそもアキレアとは一体なんなのだろうか。現在進行形で首を傾げたまま置いてけぼりのイシュタルにセオは笑って説明を始める。


「“ アキレア “はムタが育てている植物で“回復ヒール効果“があるんだ。これはムタが拷問で使っているが、普通に使えば“中級回復薬ヘクトポーション“と変わらない 」


「そんなものを、何故私に…?」


「ムタはイタズラ好きだが、本当は優しい奴だ。目の前で人間が惨殺される様はその身には堪えただろう、アイツもアイツなりにイシュタルを心配してるんだ。信じて許してやってほしい」


セオが優しく微笑んでイシュタルの頭を撫でた。


「信じます。それに助けてもらったのに怒ってなんていませんよ。明日会えたらお礼を言いたいです」


「ああ、そうしてくれ」


やりとりを聞くセレネは二人を交互に見て驚いた様子を見せたが、全てを悟ったようにイシュタルを見つめる。きっと、セオ様が愛する者もこのイシュタル少女で、また笑顔にするのもこのイシュタル少女じゃないとダメなのだろう。そう思うと心臓の辺りが締め付けられたように急に痛くなって、セレネは胸を押さえる。


「セレネもこちらに座るといい。 …どうした、セレネ?」


「い、いえ 何でもありません」


それを見たセオが心配して言うが、セレネは咄嗟に嘘をつく。そしてまるで痛みを感じていないように振る舞って、二人の茶会に参加した。


窓から見える景色は夜の帳を下ろしていて、そこには無数の星々が輝いていた。話の途中、いつの間にか深い眠りへと落ちたイシュタルを抱えてセオが寝室に入る。優しくベッドへ寝かせると、セレネがシーツを整えた。


「じゃあ俺は自室へ帰るとするか。セレネ、悪いがバルコニーの鍵は開けておいてくれ」


「また、イシュタル様にイタズラをなさるおつもりですか…わかりました」


胸はまだ痛むようだが、セオには気付かれていないようだ。セレネはホッとして小さく息を吐く。後はセオを送るだけ、そう言い聞かせながら。


「セレネ。お前に人間の相手は大変かも知れないが、イシュタルと仲良くやってくれて助かるよ。やはりお前を選んで正解だった、今後も頼む」


セオは言うと、セレネの肩に手を置いた。2回ほど優しく叩いてから自室へと戻っていく。セレネはセオの姿が見えなくなったのを確認すると、自身も自室へと戻り後ろ手で扉を閉める。そして深く息を吐いて思った。


( こんなメイドにまでお気遣いなさるとは… )


セレネは照れたように頬を染める。今まであんな風に言われた事はなかったため、なんと返せばいいか分からなかった。ただ、セオが期待してくれていると思うとセレネは天にも昇る気持ちであった。


( 明日は今まで以上にイシュタル様のお世話に励まなければ )


熱をもつ頬に手をあてながら、セレネは服を着替えて寝室へと向かった。明日の事をあれやこれやと考えていると、あることに気付く。自室へと戻って以降、胸の痛みが嘘のように消えていたのだ。不思議に思いながらも目を閉じると、ゆっくりと睡魔に襲われる。明日は明るい色の御召し物にしようなんて考えていたのを最後に、セレネの意識は遠退いていった。


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