13 ムタ
「なっ!、なんだテメェ!どこから入ってきやがった!!」
後ろで笑うムタの姿に驚き、男は距離を取って向き合った。それもそうだろう、突如気配もなくムタはそこへ現れたのだ。男は自身を落ち着かせると、腕を出して構えた。
「さぁ、どこだろうね~。でもさ、そんなことどうでもいいんじゃない?聞いたところでどうせお前は死ぬんだし」
ムタは手のひらを前に出す。するとそこに黒い光が発生し集まって、たちまち魔法陣になった。
「ランダイさん、!!クソッ、"
「おっと残念残念、バイバーイ」
後ろにいた男は慌ててランダイにバリアを張るが、無駄だとムタがニヤリと笑う。そして、ムタの魔法陣が目映く光って魔法が繰り出された。
「…あれ?」
はずであったが、首についた制御装置に阻まれ光は力なく消えていく。皆が呆気にとられる中、当の本人はとても楽しそうに笑っていた。
「あははは、そうだった!忘れてたよ、俺ちん今" 攻撃魔法 "使えなかったんだった!ほらこの通りお手上げだ、見逃してくれよ~」
「なっ!テメェ、バカにしやがって!!じゃあそうですかーって、逃がすわけねぇーだろ!"
ランダイの魔法陣からは鎖が無数に伸びて、それは一瞬でムタの体の自由を奪った。強くきつく締め付けているようで、ムタの肉体に細い鎖は食い込み服に血が滲む。それを見てイシュタルは必死に格子に体当たりをする。
─ このままじゃ、ムタさんまで殺される!
少年への暴行を恐怖で止められなかったイシュタルは、体に痣が出来るぐらいに強く牢屋の格子を揺らした。せめて少しでもランダイの気をムタからそらせたい一心であった。
「くくっ、全く無駄な事を。
…ほら、やっと効いてきたようだな」
「へぇ、アンタ鎖に何か"
「御名答、よくわかったな。…どうした?顔色が悪いようだが くくくっ、油断したな」
「…ア、アンタ こうゆーのって"
崩れるように片膝を地面についたムタからは、余裕の笑みは消えていた。額には汗が浮かび、吐く息も段々と荒くなっていく。
そしてランダイが鎖を強く引くと、片膝で支えていた体も簡単に崩れて倒れ込んだ。
鎖を手繰りながら近付くランダイを見て、イシュタルは無我夢中で格子へと体当たりを続ける。
「呆気ねぇな、こんな簡単にへばっちまうなんざ …無駄だぞ、コイツは完全に毒が回ってやがる お前もあんまり体に傷つけんなよ、高値で売れねぇだろが。
…でもまぁ、そんに気になんならよく見とけ。コイツが生きたままめった刺しにされる姿をなっ!!!」
瞬間、ランダイは床に倒れるムタにナイフを突き刺す。背中、腕、いたるところに、何度も繰り返した。ナイフを引き抜き振り上げる度に、血痕が広範囲に広がっていく。
力なく格子へもたれて崩れるイシュタルは、その光景から必死に目を閉じた。なのに、両目からは大量の涙が瞼をこじ開けるようにして溢れだす。
暫くすると男の笑い声も、肉を裂く音も静かになりイシュタルは恐る恐る目を開いた。そこには夥しい程の血の海に、目を見開いて沈むムタの姿があった。むせ返るほどの血液の鉄の臭いに、イシュタルの胃の中のものは逆流する。体の震えが止まらなかった。
「あーあ、血で服が汚れちまったじゃねぇーか。おい、ちょっと着替えてくるからちゃんと
そういやさっきの
ランダイはもう一人の男にそう言うと、血で汚れた手でポケットから煙草を出して火をつける。そして、一回深く吸って吐くと煙草を咥えたまま奥の部屋へと足を早めた。
「ねぇ、ランダイさん」
突如、背中を呼び止められて苛立ちを見せながらランダイが男に答える。
「…なんだ?今じゃなくていいなら、後にしてくれ。返り血で気持ち悪ぃんだよ」
「後じゃ困るんですよ、今聞いてもらわないと」
「…チッ!さっさと言えよ、めんどくせぇ」
自身を静めるように煙草を吸うランダイに近付いた男は笑って言った。かつてないほどの笑みを浮かべて。
「もう夢の時間は終わりだよ」
そしてジルは胸の前で一度大きく手を叩いた。
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