10 外出
カーテンが緩やかにスライドされて、眼が眩むほどの朝日が部屋に入ってくる。一度きつく目を閉じて、ゆっくりと開くと側にはセレネの姿があった。
「イシュタル様、おはようございます。ゆっくり眠れましたか?」
「セレネさん、おはようございます。久しぶりによく寝たような気がします」
「それは良かったです。では朝食の御準備が出来ていますので、こちらに。」
ベッドを降りると、テーブルに昨日のアルバローズが飾ってあった。あの後眠ってしまったようだ、御礼を言わなければ。そんなことを考えながら洗面所へと向かう。顔を洗って戻るとドレッサーの前に座らされて髪を結われる。毛先からかるく巻かれて、下の方で緩く結ぶ。セレネの手際のよさに鏡越しから見ていると、勘違いしたのか慌てたように言った。
「今日は外出されると伺いましたので、一応警戒の為に
「いえ!そうではなくて、セレネさんはとても器用だなと…そう思ってずっと見てしまいました、すいません」
そう言うとセレネは遠慮がちに、だが少し照れたように笑った。服も着替えて部屋を出ると大広間へと案内される。
大きな扉をメイドが開けると、中にはセオとセバスの姿。それに、"冥界の七柱"達の姿もある。案介されるがまま、セオの隣へと座らされると皆の視線が刺さるように自身に向いた。
「じゃあ食事にしよう。」
セオの一言で食事が始まった。だが誰一人として喋ることはなく、食器があたる音だけが響いていた。
「イシュタル、昨日はゆっくりと眠れたか?」
急に声をかけられて驚いたが、口の中に残っているものを急いで飲み込んで答える。
「はい。昨日はありがとうございました、私途中で寝てしまっていたようで、ご迷惑を…」
「気にするな、連れ回したのは俺の方だ。ほら、ちゃんと沢山食べろ、今日は外出するのだから。」
セオはそう言ってイシュタルの皿に自分のおかずをのせた。一応断ったが、やはり聞き入れてくれずに有り難く頂戴する。
「皆さん、お食事をとりながらで結構ですのでお聞き下さい。本日ですが、セオ様が言われた通り
そう言うとセバスは一人一人に首輪のような者を渡す。黒色をしていて、いずれも真ん中に赤い石が埋め込まれている。不思議そうに見ていると、セオが首につけながら言った。
「これは魔法アイテムのひとつで、離れた者同士を繋ぐものだ。例えば話すことだってできるし、仲間のいる場所に移動だってできる。魔力数値も測ってるから誰かが戦闘になると皆にも知らせてくれる、便利なアイテムだ。だが、イシュタルは魔力がないから使えないな。」
頭を撫でられて子供のような扱いに、イシュタルは恥ずかしくなり俯いた。それに気付かないセオ。とんだ茶番を見せらているようで、残された者からは深いため息がもれている。
そんな空気を壊すためか、早々と話を切り上げる為か、セバスが咳払いをした。
「何かあったらこれでお互いに連絡を取り合ってください。
「はぁー!?にゃんでだにゃ!?」
「当たり前です、殺してしまうでしょう。それに、もう制御装置は皆さんの首についてありますので、ご安心を。」
「くくっ…、してやられたな」
異議を唱えるバステトにセバスが言う。そして、いつものように言い負かされて玉砕する。ちゃっかりと自分にも、制御装置がついているのを見て笑うセオ。
「では用意が出来次第、出発してください。夕食までには御帰宅願います。情報の共有をしますからね」
そう言うとセバスはかるく頭を下げてその場を後にした。その背中を未だ睨み付けるように見るバステトは、どこか言い足らなそうである。拗ねたように口を尖らせて食事の大半を残し出ていった。
その後食事を終えたシンが、フォークを握ったまま眠るムタを引きずって大広間を出た。それを見てマンユとアンラがアフロディーテを急かす。まるで母と子のようだとイシュタルは思った。騒がしかった三人がいなくなり、部屋が静かになる。
「じゃあ俺達も行くか。イシュタル、準備は出来ているか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、じゃあ行こう」
セオの後を追って広間を出る。そのまま玄関まで行くと扉の前にオセロットが待っていた。
「セオ様、イシュタル様、こちらをどうぞ。あと、セバス様が変装を忘れぬようにと伝言を。」
「ああ、そうだったな。」
オセロットからローブを受け取ったセオは自身に魔法をかける。一瞬まばゆい光が現れてセオを包み、すぐに光は消えたがそこには見慣れぬ姿のセオがいた。銀色の髪は墨のような黒色で、鮮やかな灼眼も今や黒に変化している。まるで別人のようであった。
まじまじと見つめるイシュタルの視線に気付いてセオが笑って言う。
「あの見た目じゃあ流石に目立つからな。俺が黒髪だと似合わないだろ?」
「いえ、そういうわけでは…。印象ががらりと変わったのでその、すごくお似合いです」
「ありがとう。変装としては大成功だということだな。じゃあ早速行くとしよう、オセロットあとは頼んだぞ。」
外へ出て庭を抜ける。振り返ると扉のところでオセロットが手を振ったので、イシュタルも小さく振り返した。
森を進むセオに置いていかれまいとついて行くと、急に立ち止まった。ぶつかりそうになって慌てて止まり見上げる。数十秒程悩んだ後、気抜けしたような顔で聞いてきた。
「俺は何処に行けばいいんだ?そもそも国は何処にある?」
「……へ?あの、ご存知ないのですか?」
「ああ。俺は一度も森から出たことはないからな」
イシュタルは呆気にとられる。この人はあてもなくこの慣らされていない獣道を、何分もかけて進んできたのだろうか。恐ろしく先の見えないチャレンジにいつの間にか挑戦させられていたようだ。動揺を隠しつつ、これ以上悪い方に向かわないことを願い言う。
「この先を行くとセオ様が助けてくれた教会があって、その近くに村があります。そこから南西に進むと大きな国があった記憶が…
すみません、一回しか行ったことがないので、自信はありませんが」
主だった男に一度、買い出しで連れていかれたのを思い出した。言われた物が買えず、帰ると殴られて三日間食事を出してもらえなかった。あの時の痛みまで思い出してしまい、小さく肩が震える。
「そうか。なら、国の方へ行こう。それでもいいか?」
「はい、私はどちらでも大丈夫です」
その答えがあまり気に入らなかったのか、セオが眉を寄せた。慌てて撤回するが、時すでに遅し。意地悪く口角を上げたセオはイシュタルを抱いて大空へ急上昇した。
国の近くの茂みに降りた時には、イシュタルの喉は自身の悲鳴で乾ききっていた。荒い息を吐くイシュタルをセオは笑ってイシュタルの頭を撫でる。
「面白くない答えを言った罰だ。
二人で考えているんだから、どちらでもいいなんて寂しいことは言わないで欲しい。お前の意見も聞かせてくれ。」
イシュタルは撫でられた頭より、胸のあたりが暖かくなったように感じる。奴隷の自分でも、思ったことを言ってもいいんだ。昨日からもそうだが、自分をちゃんと 人 として扱ってくれる。だけど嬉しいはずなのに、やはり奴隷の証が邪魔をして素直に喜べない。
「ほら、行くぞ。」
「は、はい」
そして二人は城門近くで止まった。聳え立つ城壁に、城門の扉には凝った彫刻。行き交う人々も多く、皆忙しなく歩いていた。
「ここが、
セオはイシュタルの腕をひいて国へと入った。
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