06 堕獄

「何から何まで…、どう御礼を言えばいいか…」


イシュタルが申し訳無さげに言った。セオはその姿から目が離せず、瞬きさえ忘れている。

金糸の様な長い髪は丁寧に結われて、ガラスで出来た黒薔薇の髪飾りが輝く。漆黒のドレスはグラデーションになっていて、足元のワインレッドが上品さをよりいっそう引き立てた。セオは我にかえって慌てて言う。


「とても、似合ってる。」


「あ、ありがとうございます」


「さあ、食事にしよう。座ってくれ」


セオは椅子を引いてイシュタルを座らせて、向かい合うように自身も席へとついた。


「昼間は助けてくれてありがとうございました。ちゃんと御礼出来てなくて…、魔王様がいなかったら、私は死んでました」


「気にするな。食べながらでかまわないから、話を聞かせてくれないか?" 人間ヒューマン "と食事をするのは初めてなんだ」


「はい、…でも私は物心ついた頃には奴隷として働いていたので、あまりお話しできることは…。私のつまらない話しにはなりますが…」


ぽつりぽつりとイシュタルが話し出して、セオが興味津々に聞く。暫く経つと少しは緊張がとけたのか、イシュタルの顔に笑顔が現れはじめた。他愛もない話で盛り上がり、食事が終わる。


「口に合ったみたいで良かったよ」


「はい、とても美味しかったです。本当に何から何まで…、しかもまさか魔王様に助けていただくなんて、夢のようです」


メイドが皿を片付けて、ティーカップを置く。セバスが紅茶を注ぐと部屋中に薔薇の香りが、まるで花びらが舞うようにふわりと広がった。


「大袈裟だな。しかし、城の近くにまさか村があったなんてな、驚いたぞ。普通は魔族がいて狙われるから、あまり近くには作らないからな」


「え?魔族の皆さんって人間を襲うのですか…?」


心底驚いたように言われて、セオも驚き言葉を失う。ちらりと隣に立つセバスを見ると、自分と同じ顔をしていた。セバスは咳払いをしてセオにかわって答える。


「…貴方は"特別"襲われないだけです。普通は襲うでしょうし、中には捕まえて食べるものもいますよ」


「で、でも魔族は絶滅したって、私が小さい頃には言われてて、だから魔王様がいるなんて驚きました…。絶滅したと言われてから、昔は勇者を目指す人が多くいましたが、今は安定した収入の"騎士団"へ入るのが多いです。今時勇者を目指す人は滅多にいません。……もしかして、何かまずいことを言ってしまいましたか…?」


不安そうに見つめるイシュタルの先には、瞬きもせずにうつ向いているセオがいた。相当衝撃的だったのか、セバスとセオはピクリとも動かなかった。

暫く沈黙の続く室内に、急に立ち上がったセオの椅子が倒れる音。セオは、肩をびくっと揺らして驚いたイシュタルの手をとって立たせた。そして、セバスに今までとは違った鋭い目付きで言う。


「セバス、今すぐに" 冥界の七柱めいかいのななばしら "を集めろ、今後について話し合う。イシュタルお前にも来てもらうぞ」


セオはイシュタルの腰に手をやって引き寄せる。すると、二人の足元を囲うように魔方陣が広がり、目を開けていられないほどの眩しい光に包まれた。


「こ、ここは…?」


イシュタルが目を開けると、広すぎる空間に真っ赤な絨毯が続いていた。その先には豪華な装飾の椅子が一脚ぽつりと置かれている。


「ここは" 堕獄だごくの間 "と言って、俺に挑戦する勇者達と戦う場所だ。未だ誰もここまで来たことはないがな」


難しい顔をして椅子にもたれるように座り、肘をつくセオ。怒っているのか、眉間にはシワがよっていた。


─ まさか我ら魔族が" 絶滅 "していたとはな


怒りの度を越すと、乾いた笑いが込み上げてきた。毎度攻めてくる勇者の弱さを考えれば話の辻褄は合う。イシュタルも魔族を前にして、驚いた様子はなかった。" 脅威 "と見なされていないのだ。


「……"お伽話"になっていたとは、笑えるな」


ちらりと隣を見ると、きょとんとした顔でイシュタルがたっていた。


─ 俺自身にも責任がある、か。まずは魔族の存在を人間ヒューマン共に知らしめねば。しかしどうやって…


セオが考え込むように目を閉じていると、堕獄の間の扉が低い音をたてて開く。" 冥界の七柱 "と呼ばれる者達がゾロゾロと中へと入り、セオの座る玉座の下に膝間付いた。そして、中心のセバスが言う。


「セオ様。ただ今、" 冥界の七柱 "全員揃いました」


「ご苦労だった、セバス。皆も忙しい中よく集まってくれた。…今より、対人間ヒューマン作戦会議をはじめる」


セオは椅子から立ち上がって言った。その圧倒的な威圧感に畏怖の念すら感じるほどで、顔つきもいつもとは違い魔王そのものである。久しぶりのゾクゾクとした冷たい感覚に、冥界の七柱達は興奮した。


そして、その中の一人が音をたてて舌舐めずりをする。真っ赤な舌で自身の唇を舐めてほくそ笑みながら言った。



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