05 紹介
聞き終えたセバスは深い溜め息をついて言った。
「で、訳のわからない術を使う"
「あぁ…。説明はどうも苦手だが、目線が合うと鼓動が早まって心臓が息苦しくなる。だが、死ぬ程度ではない。あとは…、体温が上がるようだ。今のところはこれぐらいしか分かっていないが、」
顎に手をやって悩むセオを見て、セバスは頭を抱えた。そして、目の前にいる我が主の残念さに吐き気すら覚えた。
「わかりました…。それに関しては専属の者を用意させましょう。貴方に至っては仕方がありません、まずそのみずぼらしい格好をどうにかしていただかないと…"セレネ"」
「はい、セバス様。御湯浴みと御洋服の準備でよろしいですか?」
"セレネ"と呼ばれたメイドは、ちらりとイシュタルを見て答える。ワンピースは裾がほつれていて、腕や足には泥のような汚れがついていた。
「あぁ。客間へとお連れしろ」
「わかりました。御世話させていただくセレネと申します。ではイシュタル様、どうぞこちらへ」
怯えているのか、名前を呼んだ瞬間に少し肩が上がった。恐る恐る立ち上がったイシュタルに、セオは安心するよう声をかけ背中を押した。そんなやり取りを見ていたセレネが横目で後ろを確認すると、距離は取りつつも着いてきているようだ。目的の部屋の扉を開いて中へと入る。
「イシュタル様、こちらがお部屋になります。御湯浴みの準備は出来ておりますので此方へ」
部屋の内装の豪華さに驚いて、見回しているイシュタルへ声をかけると慌てて走ってきた。まるでお菓子の家を見つけた童話の主人公のようである。
広い浴室の入り口にはメイドが準備していてイシュタルを預け、セレネは洋服の準備へと取り掛かる。時々浴室の方から悲鳴のような声が聞こえるが、特に気にせずセオの好みを考慮した装いを考えた。なんとか上下が決まり、装飾品は後から考えることにしてセレネは深い息を吐く。
「任務完了ですね」
あとは湯浴みからイシュタルが出てくるのを待つばかりであった。
セレネがイシュタルを連れて出ていって、部屋にはセオとセバスが残される。心配なセオがソワソワしていると、部屋に1人の女性が入って来て言った。
「セオ様、お呼びですかねぇ~?」
「" アフロディーテ "か、俺は呼んでないぞ」
カールのかかった黒く長い髪が、ふわりと揺れる。顔立ちは鼻が高くて、艶やかな灼眼に長い睫毛。口元にはホクロがあり、谷間の覗く胸元は女性特有の色っぽさを表していた。
「呼んだのは私です。セオ様、先ほど私に説明された、術の効果をもう一度お話しくださいませ。」
セオは頷いて、同じように説明をする。うんうんと、話を聞いていたアフロディーテだが話が進むにつれて徐々に顔が赤くなっていく。そして、困ったように笑って言った。
「一目惚れ、でしょうねぇ~。セオ様、
微笑みながらアフロディーテが言って、セバスが小さく頷いた。セオは" 愛情 "だと知って、自身の胸に手を置く。
「術ではなく俺自身の感情…。どうすればこの感情をなくせるんだ?」
「セオ様、それは貴方が彼女に無関心になれば消えていくでしょうけどねぇ…。この感情は生きるならば誰しも抱くもの、無理に消す必要などありませんねぇ~。気長に落ち着くのを待つのはいかがかと思いますぅ♪」
「そうか…、" 愛情 "と言うのだな。アフロディーテ、助かった、礼を言う。」
「いえいえ~♪とんでもございません、お気になさらずぅ~」
そう言うとアフロディーテは部屋を出る。部屋には頭を抱えるセバスと、どこか晴れたような顔をしたセオがいた。重い口をひらいてセバスが言う。
「セオ様は、彼女の事をどうお考えですか?妃など…相手は"
セバスの言葉を遮るようにして止めたセオは、そのまま続ける。
「別に妃が欲しくて連れてきた訳ではない。今のところ、俺の近くに置いておけば、危害を加えられる心配はないと思ったからだ。だから、代わりなどいらん」
セオが少し怒りを含んで言うと、セバスの背筋に冷たいものが走る。これ以上言及するのは我が生命に関わると察して、セバスは話題を変えた。
「そろそろ、夕食の準備が整います。広間へ行かれますか?」
「いや、イシュタルの部屋へと運んでくれ。ゆっくりと話がしたい、セバスもだろ?人族を知るいい機会かもしれん」
「そう言われると、そうではありますが…。わかりました、御準備致しますので御部屋へと案内を」
「いらん、自分で行く。では頼んだぞ」
セオは案内を断って部屋を後にする。自身の踏み出す両足は、急かすように歩調が速くなった。イシュタルのいる客室の扉のドアノブへと手をかけて、セオは深呼吸する。
どんな話をしようか、
もっと知りたい、
「俺だ。入ってもいいか?」
緊張しているのか、自分から出る少し震えた声に小さく笑って中へと入るのだった。
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