第26話 真柴智明の場合 9

「是非、真柴さんにもお会いして欲しいんですよ。後は滝沢先生と美香さんもいらっしゃいます」

 北園さんからのお誘いを受けて満漁に来た。

 ここの料理は評判良い。一度は行きたかったところなので好都合だ。

 ゆったり出来るように2階の座敷を用意して貰ってるようだ。

「真柴さん、お待ちしてました。皆さんお揃いですよ」北園さんが出迎えてくれる。

 2階に上がり、襖を開けると滝沢と大河内さん、それに見知らぬ人がいた。

 この人が北園さんが東京時代にお世話になった人なのか。聞くところによると音楽プロデューサーらしいが、ニコニコしてて人当たりが良さそうだ。少なくとも想像してたよりは怪しく無い。

 年齢も50歳を超えてるらしいが、全く見えない。精々40歳くらいのようだ。

「真柴と申します。デザイナーやっています」

「早川です。冴子ちゃんがお世話になってるようで」

 俺たちは名刺交換をした。滝沢と大河内さんは挨拶が済んでいるようだ。

「今日、県庁に行った帰りにワイン蔵に寄って買ってきました。満漁さんのご厚意で持ち込みの許可も貰えましたんで、これで乾杯しましょう」北園さんがボトルを掲げる。

 ここのは国際的な賞も取った美味しいワインだ。生産量が少ないからなかなか流通していない。

 みんなで乾杯をする。発声は北園さんだ。

「『山月ネットワーク』の発展を祈念して!」

 それが新しいNPO法人の名前なのだ。シンプルで良いと思う。

「美味い! こりゃあ呑みやすいね。ホント、葡萄ジュース呑んでるみたいだ」

「気に入って貰えたのなら東京まで送りますよ」

「いやあ、20度の芋焼酎も欲しいし、アイスヴァインも買いたいし、魚介類も捨てがたいし、4月にまたこっち来る時にはちょっと計画立てないとなあ」

 どうやら早川さんはグルメな人のようだ。そういう人にとってはここは天国だろう。

 あくまでも「遊びに来るには」だが。

 前菜の八寸が運ばれてくると、それを摘まみながらいろいろな話が出始めた。

 早川さんはホントいろんな事を経験してるようでエピソードが尽きないし、話し上手だ。「軽妙洒脱」という言葉がピッタリの人だ。

「人類が20世紀に作った偉大なる三大発明って何か分かる?」

「一つはインターネット、パソコンですね」

 俺は自信を持って答える。それは間違いないだろう。

「もう一つは民主主義じゃないですか?」滝沢が答える。

「おお、優秀だねえ。なかなかそれが出てくる人っていないんだよね」

「それに並ぶような偉大な発明って他にありましたっけ?」

「一つ忘れているよ。その二つを凌駕するくらいの人類史に残る発明が」

 みんな考え込む。

「わかんないかー、しょうがないなあ」

「なんですか、教えてくださいよ」


「ウォシュレットに決まってるじゃん!」


 こちらの名物料理「メヒカリの唐揚げ」が運ばれてきた。

「このメヒカリって魚、東京じゃ全く見ないけど美味しいねえ」

「もともとは餌にしかならなかったんですよ。でもある料理屋さんが唐揚げにしたら凄く美味しくて、あっという間に広まったんですよね」さすがに北園さんは魚介類に詳しい。

「料理の著作権については考える余地があるよね」早川さんは商売柄著作権に詳しいらしい。

「こちらでは、出てくるメヒカリの大きさによって流行ってるお店かどうかの尺度にもなってますよ」大河内さんが言う。彼女くらいになると、いろんなお店に連れて行かれるんだろう。


「県庁の方はどうでした?」滝沢が本題に入る。

「上手く行ったんじゃない? 冴子ちゃん、どう?」

「ええ、ホント助かりました。今までの悩みが無くなりました」

「良かったね、彼は綺麗な女性に優しいからね」

 県庁での詳しいやり取りを聞く限り、北園さんのお店は順調にスタート出来そうだ。

「保健所の職員を配置換えさせるってのは考え付きませんでした」滝沢も感心している。

「滝沢君ってさ、多分共通の知り合いがいるよ」

「え? どなたですか?」

「君の税理士の先輩。ウチがお願いしてるんだよね」

「ひょっとして、あの…」

「そうそう、全身タトゥー入れてる税理士」

 そんな税理士がいるのか? さすが東京と言うべきか。

「凄い偶然ですね」北園さんが嬉しそうだ。

「そいつに、東京発つ前に山月市に行くって伝えたら、後輩がいるって教えてくれたんだよね」

 滝沢は何故か複雑な顔をしている。こいつがそんな顔をするのは初めて見た!

「…よろしくお伝えください」そう言うと、ワインを呑み干した。

 お造りはアオリイカとカワハギが出て来た。

「いやあ、こんなの東京だと高級料亭とか三ツ星レストランでしか食べられないよ。しかもこっちだと安いしさあ」

「この前、知り合いが大敷網に掛かったトラフグ10匹くらい持って来てくれて、みんなで鍋にしようって事になって、免許持ってる鮮魚店の人に捌いて貰ったんですけど『こんなの銀座で食ったら何十万取られるか分かんないぞ!』って言われました」北園さんが舌を出す。可愛い。

「ホント、羨ましい限りだよ」

「でも、住んでみるとたいへんですよぅ」北園さんが絡みだした。可愛いけど。

「ま、そりゃそうだね。所詮俺なんか部外者だし。でも、なんかみんなで楽しい事始めるんでしょ?」

 みんなが目配せをする。

「北園さん、どこまで話したの?」滝沢が訊く。

「なんとなくのところまでです」

「NPO法人作って行政を告発するんでしょ? 楽しそうじゃん!」

 この人は基本、面白がりなんだろう。

 そういった好奇心が今の仕事に繋がってるのかもしれない。

「俺も混ぜてよ。何か出来る事ない?」

「そこら辺のお話は、二次会でやりましょうか?」滝沢が提案する。

 二次会はミストレスに流れる予定だ。

 奥のボックス席を用意して貰っている。

「多分、東京に一人動ける人間がいると便利な事があると思うよ」

 どうやら何か考えているようだ。


 ミストレスに落ち着くと、滝沢が切り出した。

「実は、駅前再開発を請け負ってるコンサルタントがいまして。そこを探りたいんですよ」

「東京にいる人なの?」

「そうみたいですね。詳しい情報はまだ掴んでないので、分かり次第お伝えします」

「俺が言うのもなんだけど、地方の街おこしやってるコンサルタントって胡散臭いの多いからねえ」

「そうですね。他で実績があるとの話なんで、そこら辺が本当なのかどうかも含めてお願いできれば」

 滝沢も早川さんは仕事が出来ると感じてるようだ。確かに頭の回転も速いし、人の懐に飛び込むのも上手そうだ。

「実はもう一つ考えてる事がありまして」

「なに?」

「マスコミを動かそうと思ってるんですよ。たまたま昔の知り合いにジャーナリストやってる奴がいまして、テレビ番組のディレクターを紹介して貰える事になりました」

「それはキー局の?」

「はい、全国放送の報道番組です」

「確かにそれは効果的だね。視聴者って、行政や政治のわかりやすい不正を好むからね」

「今、Facebookで連絡取り合ってます」

 LINEよりもFacebookのメッセンジャーの方がwordやexcelの書類が送れるのでビジネスのやり取りは楽なのだ。

「山月ネットワークでFacebookの非公開頁かメッセンジャーのグループ作った方が良いね」

「はい、早速作ります」


 悪巧みが終わると、後は馬鹿話に花が咲いた。

 早川さんはいわゆる「ギョーカイの人」なので、一般の芸能スキャンダルとかの下世話な話にも詳しい。

 早速、カウンターのお客さんをあしらって返した大河内ママが食いついてきた。

「何かテレビじゃ言えないような話ってあります?」

「そりゃいっぱいあるよ。ただ、ホントかどうかは保証できないけどね」

「やっぱりいろんな噂を聞くんでしょうね」

「そうだね。特に男性芸能人のゲイ疑惑、ヅラ疑惑なんかはすぐ噂になるね」

「早川さんにもゲイ疑惑、バイ疑惑があるんですよ」酔っているのか、北園さんがいきなり凄い話をブッコんできた!

「人聞き悪いなあ、冴子ちゃん。俺は博愛主義者なだけだよ」

「バイは否定しないんですね」

「そこは敢えて否定しない方が人生面白いと思わない?」

「だって結構交友関係怪しいですよね?」

「まあ、ドラァグ・クィーンを初めLGBTや性的倒錯者の人とは仲良いし、アーティストも『本物の人』のほとんどはゲイかロリコンだしね」

「言い切りますねー」

「世界的、歴史的に見てもそうだよ。作品見ただけでその人の性癖が分かるものも多いし」

「もっと身近な人のお話も訊きたいです」大河内さんは結構ミーハーなようだ。

「どんな音楽を聴いてるの?」

 驚いた事に、早川さんは大河内さんがファンのバンドをインディーズ時代に手掛けてたらしい。

「私、福岡までライブを観に行くくらい好きなんですよー!」

 大河内さんは大興奮して早川さんに身体を寄せたので、完全に片乳が腕に当たっている。

 早川さんはそれでもにやけるでもなく、普通にニコニコしている。凄いなあ。大人だなあ。


 滝沢は何か考えているようで、喧騒が続く中、ずっと黙っていたのが気になった夜だった。


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