第27話 滝沢優一の場合 9

「それでは今後はどういった活動をされるご予定でしょうか?」

 地元のケーブルテレビのアナウンサーが北園さんに訊く。

「そうですね。行政のコンプライアンスの甘いところはしっかりチェックして、是正を求めて行きたいと思います」

 リハーサル通りの完璧な受け応えだ。

 YEGの会員にカメラ屋さんがいたので、そこのスタジオをお借りしての収録だ。

 ライトもこれでもかと言うくらい焚いた。

 とにかく観てる人たちに北園さんの美貌を見せつける必要がある。

 一般大衆は分かりやすいものを好むのだ。

「綺麗な若い女性が権力に立ち向かう」なんてまさにお誂え向きの題材だ。

 2局しかない民放ローカル局も両方乗ってくれた。

 地元の夕刊紙も県のローカル紙も北園さんの写真を見せると即OKが出た。

 ただ、こういったローカルなマスコミは、なんだかんだ言って行政や市議会、県議会とはなあなあの仲だ。

 だから今回は、敢えて不正の具体的な内容は一切触れずにNPO法人を立ち上げた事だけを取り上げて貰うようにした。

 なにせ地元のマスコミは、本気で不正を追及し始めると、今後の議会とかの取材に支障が出る。どこかで妥協して手打ちが行われる可能性がある内は、やはり全国放送のテレビで流されるのが一番効果的なのだ。

 そしてそれが一旦放送されれば、それを基に週刊誌が特集を組んだり、一般の人が勝手にYouTubeに上げたり、まとめサイトを作ってくれる。

「バズる」って奴だ。

 ネット民は美人と巨乳に極端に反応するので、大河内さんも外せない。

 計画は今のところ順調に進んで行った。

 知り合いのジャーナリストとも頻繁にやり取りし、関東キー局の報道番組のディレクターと直接繋げて貰い、一度こちらに来て頂く事になった。


「初めまして『報道の扉』ディレクターの辻と申します」

 山月で一番大きなホテルのロビーで名刺交換をする。

 名刺には「ヤマトテレビ報道局」と書いてある。

「わざわざこんな遠いところまでお越し頂いて申し訳ありません、滝沢と申します」

「いえいえ、ウチの番組は取材班がいくつかに分かれてましてね。それぞれがオンエア出来る素材を探して全国飛び回ってるんですよ」

 辻さんは割りと柔らかいイメージの人だった。そんなに偉ぶったところもない。

「お話聞く限り面白そうなお話ですし、何よりも代表の女性の方が非常に絵になりますから楽しみです」

「ありがとうございます。本人、もうすぐ現れると思いますよ」

「滝沢さんも絵になりますよ。声も良いし。一緒にいかがです?」

「いえいえ、私はあくまでも裏方でして」

 そうこうしている内に北園さんが到着した。

 三人で横のカフェに移動する。

 オーダーを終えるなり、辻さんが話し出す。

「やあ、写真で拝見するより遥かにお美しい! 北園さんは東京で女優やモデルをやられてたとか?」

「そんな、女優と言えるほど代表作がある訳じゃありません。みんなチョイ役とか、名前を知られていない舞台とかでしたから」

 そう言えば私も北園さんの東京時代の作品とかは観た事が無い。ちょっと調べてみないとな。

「目鼻立ちがクッキリしてるから舞台映えもしそうですね」

 辻さんは北園さんの事を気に行ったようだ。

 下手にこれからの活動状況なんかの説明をするよりは、そっちの方がよっぽど効果的だと言う事だ。

 遅れて大河内さんもやって来た。

「遅くなってごめんなさい!」

 小走りでこちらに向かって来る。

 辻さんは大河内さんを凝視している。

 眼球が上下に動いている。

 どうやら決まったようだ。


「どうもコンサルタントは別段怪しいところはないね」

 早川さんから電話でそう告げられた。

「これは俺の勘なんだけど、多分コンサルタントじゃなくて役所の中に誰か怪しいのがいるんじゃないかな?」

「どういう事ですか?」

「コンサルタントが『自分が提案したものとは違う』って周囲に漏らしてるみたいなんだよ。もちろん、コンサルタントが造るのはあくまでもガイドラインだから、それをどうするのかは自治体の自由なんだろうけど」

「なんかキナ臭いですね。それはこちらで調べてみます」

「ヤマトテレビとは話ついた?」

「そうですね、好感触でした」

 あくまでも中身じゃなくて女性陣が個人的に気に入られただけだが。

「念の為にその人の名刺、メッセンジャーで送ってくれる?」

 何か気になる事があるのだろうか?

 すぐにiPadで写真を撮って送る。

「やっぱりね。この人にオンエア出来るかどうかの権限は無いよ」

「どういう事ですか?」

「彼はヤマトテレビじゃなくて制作会社の人だね」

「名刺でそれが分かるんですか?」

「うん、ヤマトテレビの正社員なら名刺には『ヤマトテレビジョン』って書いてあるんだよ。だからこの人は制作会社の何人かいるDの一人で、決定権は局のPとDが持ってるんだろうね」

 Pはプロデューサー、Dはディレクターの事らしい。

「ちなみに他の局だと正社員は社名のロゴがカラーで、制作会社の人はモノクロだったりするんだよね。わかりやすいよね」

 さすがは業界の人だ。

「まあ、ここの局のPはちょっとした繋がりがあるから、俺から言っておくね」

「ホントですか? ありがとうございます!」

 つくづくこの人と組んでて良かったと実感した。やはり頭の中で考えてるだけじゃどこかでほころびが出る。

「そもそも局のDならそんな良い人の訳ないよ。彼ら基本エラそうだし、オンエアに間に合わせる為なら平気で嘘つくから注意しないといけないよ」

 珍しく怒ったような口調だ。

 何か過去にトラブルでもあったのだろうか?

「あと、アドバイスなんだけど」

「なんでしょう?」

「こんな事を法律でメシ食ってる人に言うのはおこがましいんだけど、多分そっちの方は専門じゃないだろうから」

 随分回りくどい事を言う。

「役所に乗り込んで、それをビデオに収めるんでしょ?」

 もちろんそうするつもりだ。その為にテレビと組むのだから。

「その時にさ、役所の人たちは抵抗すると思うんだ」

 それはそうだろう。露骨に嫌な顔をするだろうし、妨害もあるだろう。

「その時に使える『まほうのじゅもん』があるからさ」

 早川さんがその「まほうのじゅもん」を教えてくれる。

 そう言えばそうだ! 日常業務に関係ないのでそんな事はすっかり忘れていた。

「多分、田舎の公務員でそんなの意識してる人なかなかいないと思うからさ。見当違いのクレーム言われたら、きっぱりと突っぱねれば良いよ。そういうの得意でしょ?」

 すっかり見抜かれているようだ。

 いや、ひょっとしたら『あの人』に聞いたのか…

「ま、一応報道番組のテレビクルーだからそこら辺は慣れてるだろうけど、滝沢君から役所の人たちに予め宣言した方が手間が省けると思うよ」

「そうですね。嫌われ役は慣れてますから」

「うれしい癖に」早川さんはクスクス笑っている。

 やはり見透かされているようだ。

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