五章:幸せを糧にする魔女とブッ飛ばされ勇者
第35話セレネーの過去と単純な理由
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ゲロロォォォン――ッ! ゲコッ、ゲッ……ゲロロ……ッ」
今日も今日とて宿屋の部屋に魔法で呼び戻したカエルが、目にいっぱいの涙を溜めた後に号泣する。
「キスしてもらえるまではいけるんだけどねぇ……解呪できるだけの愛が足りないなんて、本当に理不尽過ぎるわ……」
セレネーは見慣れたカエルの号泣を、眉根を寄せながら見つめる。
今回もカエルは頑張った。貧しい大家族の末っ子少女のために、育ちやすい作物をプランターで自家栽培することを提案して手伝ったり、希少な果実の種を採りに森の深い所まで探しに行ったり、それを育てて売り込めば貧乏から抜け出せると教えて――今回も心を通わせられたように見えたが、蓋を開けてみれば、少女は愛よりも更なる富を求めていた。
ずっと貧乏が当たり前で、二度と元の明日食べる物に困らない生活を切実に求めていた少女を責めることなどできない。愛だけで食べていくことなんて不可能だから……でも、せめて損得勘定抜きでカエルと一緒にいたいという気持ちが少しでもあって欲しかったと、一部始終を見ていたセレネーは考えてしまう。
酒でも飲まないとやってられないが、まだ日は高い。どうやってカエルを慰めようかとセレネーが思案していると、
「ゲコ……ゲッ……せっかくセレネーさんから色々と助言を受けて、魔法でもお力添えをしてもらえているのに……私が至らないばかりに……長々と私の解呪に付き合わせてしまって、本当に申し訳ないです」
いつもなら一刻ほどは泣き続けるカエルが、珍しく早めに泣き止む。しかし気を取り直した訳ではなく、机の上に座りながら深々とうつむき、その背から重い空気を漂わせていた。
「王子はよくやってるわよ。助言しても、それを実行するための知恵と行動力がなかったら意味ないもの。本当にカエルの体でここまでよくやれるって毎回感心してるんだから……もっと自信を持ちなさいよ」
ゆっくりとカエルが頭を上げる。言われたことが嬉しかったのか、うっすらと口端が引き上がっていた。
「貴女にそう言ってもらえると嬉しいです……いつもセレネーさんが私にできる範囲で助言してくれますし、こうしてキスしてもらえるまでになるのも、その方が心から喜ぶことを見抜いて、幸せをもたらそうとしてくれるから……セレネーさんは本当にすごい人です」
まさかこっちが褒められるとは、とセレネーは頬を掻く。照れくさくて背筋が痒くなってくるが、悪い気はしない。
「ま、まあ、それが趣味というか、生きがいというか、そのために魔女やってるようなものっていうか……ありがと、王子」
「人に幸せをもたらすことが生きがい、ですか……なぜそう思うようになられたのですか?」
興味深そうにカエルがセレネーの顔を覗き込む。気が紛れるようで、落ち込んだ空気がかなり和らいでいる。これなら早く立ち直らせて、また新しい乙女に向かっていける気がしてセレネーは答えた。
「別に深い理由があるワケじゃないんだけどね……アタシが子供の頃、いつも一緒に遊んでいた子に魔法を使ったら、すっごく喜んで笑ってくれたから。普段はあんまり笑わなかい子だったから嬉しくて、そこからハマッちゃったのよね――」
昔を思い出してセレネーの口元に笑みが浮かぶ。
生まれ育ったところは、山間の小さな村だった。
物心ついた頃には魔法が使えるようになっていて、魔女の家系でもなければ魔力のかけらもない家族は大いに戸惑っていた。魔法に馴染みのない地域だったせいで、周囲に知られたら仲間外れにされるだろうと心配していた家族からは、家では自由にしていいから、外では魔法を使うなと口を酸っぱくして言われていた。
魔法は便利だった。でも、自分でやれることは自分でやるようにしたし、人が見ている前では家族であっても魔法は使わないようにしていた。
何もしていなくても魔法を使うなと怒られていたせいで、どうしてこんな力があるのかと魔力を毛嫌いしていた――その子のために魔法を使うことになる前までは。
「その子が高い木から降りられなくなって、危うく落ちかけた時にホウキで飛んで助けたのよ。その子だけじゃなくて村の人たちも大喜びして、あれこれ頼みごとをされるようになって……それをずっと続けて今に至ってるようなものね。ほら、けっこう単純な理由でしょ?」
セレネーが肩をすくめてみせると、話に耳を傾けていたカエルが首をフルフルと横に振った。
「つまり、その頃からずっと人の幸せと向き合い続けたってことじゃないですか。すごいです……」
円らなカエルの瞳がキラキラと輝く。目は口ほどに物を言う。心から認めてくれる声が素直に嬉しくて、セレネーは「ありがと」と微笑んだ。
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