第36話迷惑千万! 勇者イクス




 翌朝、セレネーが宿の食堂でサンドイッチを作ってもらい、部屋に持って行こうとした時だった。


「あ、セレネーさん、ちょっとお話が……」


 厨房に出入りしていた宿屋のおかみさんが、サンドイッチを渡しながら声をかける。


「何かしら、おかみさん?」


「実は昨日の昼間にセレネーさんを訪ねてきた人がいたんだけど……ちょっと雰囲気が怖そうだったから、今はいないって追い返しちゃったのよ。もし知り合いだったらごめんなさいねぇ」


 いつも人の良さそうな笑みを浮かべているおかみの顔色が曇っている。首を傾げながらセレネーは尋ねた。


「どんな人だったの? 雰囲気が怖そうな知り合いは何人かいるから……」


「セレネーさんと同い年くらいの男の人だったわ。服装は普通の旅人が着ているような服なんだけど、腰に差している剣がやけに豪華というか、柄や鞘の装飾が華やかだったわね。髪は黒くて短くて、瞳が小さくて鋭い目つきの三白眼で――」


 来訪者の特徴が具体的になるにつれ、セレネーの顔が強張っていく。そして頬は引き付き、眉間には深々とシワが寄った。


「……おかみさん、ありがとう。ちょっと鉢合わせると困るから、申し訳ないけれど別の宿を取るわ。もうしばらく滞在したかったけれど……ごめんなさい。朝食を終えたら部屋を出るわ」


 そう言ってセレネーは踵を返し、足早に部屋へ戻っていく。

 サンドイッチをむしゃむしゃと頬張りながら階段を上がり、セレネーが部屋へ戻るなり荷支度をし始めると、枕元で眠っていたカエルが背伸びをしながら起き上がった。


「クワワワ……おはよーございます、セレネーさん。どうしましたか? そんなに慌てて――」


「おはよう王子。寝起きにすぐで悪いけど、ここを出て別の宿を探すわ。できれば街中じゃなくて、どこか田舎の地味な所。一刻を争うから、王子の朝食は空の上でお願いするわ」


「え、ええ? 急に何が……?!」


「詳しい説明は後で。早くしないとアイツが――」


 水晶球や魔法の杖を荷袋に入れ、セレネーは素早く魔女のローブに袖を通す。それからカエルを両手で持ち上げると肩に乗せ、鶏のハムが挟まったサンドイッチを渡した。


「あの、あの、アイツとは一体……?」


 両手でしっかりとサンドイッチを抱え、落ちないよう揺れに合わせて体を動かすカエルを見やりながらセレネーは答える。


「ちょっと面倒なヤツがアタシを探しに来ているのよ。相手にしたくないから、あんまり会いたくないのよね……はぁぁ、いい加減諦めればいいのに……」


 いつになく低い声でセレネーはぼやくと、部屋を出ようとドアノブを掴もうとした。その時、


「出てこい、悪の魔女セレネー! 今日こそ俺がお前を退治してやる!」


 外から青年が叫ぶ声がして、セレネーの動きが止まる。


「今、セレネーさんを呼ぶ声がしましたが……」


「あー気のせい……って言いたいところだけど、来ちゃったわね。仕方ないわね。宿に迷惑がかからないよう出迎えてやらなくちゃ」


 はぁぁぁぁ……と大きなため息を延々と吐き出しながら、早歩きでセレネーは宿の外へ出ていく。

 すると、そこには腕を組んで立ち尽くしながら、セレネーを待ち構える青年がいた。


 宿屋のおかみが言っていた――そしてセレネーが思い浮かべた――通りの青年の姿と顔。黒い瞳がセレネーの視線とぶつかると、彼はギリリと歯を剥き出して噛み締め、鋭い目を細めてより鋭利な目つきになる。


「探したぞセレネー! 今日こそお前を倒してみせるからな!」


「ちょっと街中で叫ばないでよ、イクス……勇者のクセに迷惑かけないでくれる? もっと時と場合と場所を選びなさいな」


 怒りをぶつけてくる青年イクスとは対照的に、セレネーは淡々と冷ややかに応対する。

 その様をオロオロしながらセレネーの肩で見ていたカエルが、セレネーに耳打ちをしてきた。


「えっと……あの方、勇者様なのですか?」


「そうよ。まあ自称だし、そんな仰々しいものじゃないから」


 コソコソと話していると、イクスは唇をムッと尖らしながら睨みつける。


「なんだ、そのカエルは? まさかお前が変えたのか?! もっと早くに手を打っていれば、こうはならなかったのに!」


 何も知らないイクスが勝手に決め付けて、勝手に非難してくる。

 げんなりするしかないセレネーよりも先に、カエルは肩に乗ったまま口を開いた。


「あの、セレネーさんは私を助けるために頑張っているだけで、貴方が思うような悪いことなど一切しておりません!」

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