第28話本当の望みはどっち?
『――ところでアシュリー王子……指輪、見つかりませんか?』
夜、日課となったチェスをしながら談笑していると、おもむろにユベールがカエルに尋ねてきた。
『はい……見落とすまいと慎重に探していますが、まったく見当たらず……不甲斐ないです』
『ああっ、申し訳ありません! 恐れ多くも王子自ら探して頂いて嬉しく思っているというのに……私も何度も探したのですが見つかりませんでしたから、もしかするともう屋敷の中にないのかもしれません』
残念そうに眉根を寄せながらユベールは苦笑し、チェスのコマを動かす。その様子をセレネーは唇を尖らせながら見つめる。
何も知らなければ気にならない発言だが、垣間見える事情から、まるで気が済むまで探させて諦めさせようとしているような気がしてならない。しかしカエルに頼んだ時の顔は見つかることを、心から望んでいるようだった。
(ユベールの真意はどっちなのかしら? それだけでも確かめられるといいんだけれど……)
コツ、コツ、とセレネーが水晶球を爪で軽く叩いていると、カエルがチェスのコマに抱きついて動かしながら口を開いた。
『そういえばお兄さんから贈られたと言われていましたが、今はどちらにいらっしゃるんですか? まったくお見かけしないのですが……』
何気ない問いかけにユベールの表情が曇る。
『兄は……もう亡くなってしまいました。とても強くて優しくて優秀で、この国のために生きるのだと常に努力していた尊敬する兄でしたが、病には勝てず……』
『……そうでしたか』
『年は十歳ほど離れていていましたが、よく私を構ってくれました……指輪は兄が病に倒れた際、何があってもお前の傍で見守っているからと贈ってくれた形見の品なんです』
身を前に乗り出し、盤を眺めて次に打つ手を思案しながらユベールは独り言のように呟く。
『兄は近衛兵に志願して、登城が叶って間もなく病に倒れました。きっと国に尽くせなかったことを悔やんでいたと思います……だから私が登城するようになった今、あの指輪を持ち歩きたいと願っているのです』
『本当に特別な指輪なんですね。ますます見つけたくなりました』
やる気を見せるようにピョンッと跳ねるカエルを見て、ユベールが顔を綻ばせる。やはりそこから滲む色は嬉しげで、セレネーが傍から見ても作った顔には見えなかった。
『……いくら王子の申し出とはいえ、本来ならこのようなことをお願いすべきではないと分かっていたのですが……王子のご好意には感謝の言葉しかありません。どうかご無理はせず、見つからなければいつでも中断して下さい』
コトリ。ユベールが駒を持ち上げて盤に置いた時、カエルがその指をそっと掴む。
『諦めませんから。ユベールの指輪を見つけるまでは解呪の旅にも出ません。ですから、どうか待っていて下さい』
『アシュリー王子……』
……あれ? なんかいい雰囲気になってない? ってか前々から思ってたけど、王子って人たらしよね。相手が乙女じゃなくても、素でこうなのよね……もしかして何気に兵舎内で親衛隊とかあったりして。
カエルと青年の微笑ましい交流を眺めながらセレネーはクスリと笑う。そしてユベールが指輪を心から望んでいるようだから、もう迷わずに探していこうと心に決めた。
そんなやり取りを見届けた日の深夜。
ボウッと枕元に置いていた水晶球が青白く光り、セレネーは目をこすりながら起床する。
何者かがカエルに近づいたら、水晶球が光って知らせてくれるようになっている。少しでも異変があればすぐに助けられるよう、魔法の杖を手にして備えた。
水晶球は今、カエルそのものを映すか、カエルの視点で周りを見渡すことができるだけ。誰が近づいているのかと少しでも手がかりを得ようと周辺を見回せば、暗い中、ジッと近くに佇む人影があった。
暗くて顔は見えない。しかし体格と、カエルの近くに紙を置いた際に見えた指で、それが誰なのかをセレネーは悟る。
どうやら危害を加える気はないらしい。それなら様子を見たほうがいいと判断して、カエルを起こさずに放置する。
しばらくカエルを眺めてから人影は去っていく。半刻ほど様子を見続けたが、何も起きず、誰も近づかず。これで終わりだろうと判断してセレネーは再び眠りについた。
(これは……手紙、でしょうか?)
朝になり、カエルが紙を見つけて中を開く。
そこには『指輪を見つけないで欲しい』と書かれていた。
(い、いったい誰がこの手紙を……)
動揺するカエルの声を聞きながら、セレネーは大きく欠伸をしてから教えた。
「その手紙……ユベールが置いていたわ」
(ええっ?! 昨日は見つけて欲しそうにしていたのに? それに望んでいなければ、口頭で言ってくれれば済む話なのに……なぜ?)
カエルがその場にしゃがみ込んで、ゲココ……と唸る。
この状況で困惑するなというほうが無理な話。セレネーは水晶球に向かって「分かんないわよねー」と頷くと、気を取り直してカエルに伝えた。
「取り敢えずユベールに見せるかどうかは後で考えるとして、指輪探しは続けてみましょう。このままだと気になってしょうがないもの……あ、手紙はどこかに隠して。ユベールには見つからないように」
戸惑いながらもカエルはコクコクと頷き、手紙を寝床に利用しているカゴの下へ忍ばせた。
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