第29話指輪から見えてきたもの
朝食を終え、城へ向かうユベールを見送ってからカエルは指輪探しに赴こうとする。
いつもならすぐに動き出すが、今日は玄関の隅で腕を組み『うーん』と唸った。
(指輪はどこにあるんでしょうか? もう屋敷の中は調べ尽くしましたが……)
カエルの心の声を聞き、セレネーも頭を捻る。
「防呪がされてなかったら、水晶球に尋ねてすぐに分かるんだけど……かなり強力だから無理なのよね。でも、何もなければこんな結界なんて張らないだろうから、屋敷内にあるのは間違いないと思うのよ」
(念のためにタンスの中や机の引き出しなども探してみましたが見当たりませんでしたし……調べていない所といえば、屋敷の外回りになってしまいますね)
「でもそうなると結界の外になるから、防呪の意味がないのよねー。実は別物って考えたほうがいいのかしら? でも……」
どうしても防呪と指輪が無関係だとは思えない。わざわざカエルが屋敷へ来てから設置したであろう結界石。指輪探しを提案する前から、万が一のために置くほどだとしたら――。
「――ちょっと待って。亡くなった兄の形見の指輪、見つけて欲しいユベール、見つけるなっていう手紙、防呪……あ、なんか分かってきたわ」
(えっ?! ぜ、ぜひ教えて下さい!)
「王子、今日は亡くなったお兄さんの部屋を重点的に探してみて。特に本棚。もしかすると何か仕掛けがあるかもしれないわ」
パチパチと目を瞬かせてから、カエルは「分かりました」と声を出してピョンピョンと屋敷の二階へと向かって行く。
ユベールの兄の部屋は二階の東端にあった。主を失った部屋には鍵がかけられておらず、ノブがある扉でカエルでもどうにか開けることができた。
ノブの先にぶら下がってゆっくりと扉を少しだけ開くと、カエルはすぐに飛び降りて部屋の中へ入る。亡くなった後も生きている時と変わらずにしているようで、部屋の中は掃除が行き届いており、ベッドのシーツも真新しいものに変えられている。
部屋の壁に並んでいる本棚へカエルは近づくと、下の段から一冊ずつ本を押したり触ったりなどして仕掛けがないかを調べていく。
五段ある内の二段目までは特になんの異常もなかった。
しかし三段目の中ほどにある本を押した時、カエルが『ん?』と首を傾げた。
(この本、押しても動きませんね。何かありそうです)
「王子、押してダメなら引いてみて」
(はいっ。……あわわっ)
セレネーに言われるままカエルが本の角にぶら下がって引き出そうとすると、ガタンッと本が倒れて宙ぶらりんになる。
そして――空洞になった奥に小箱を見つけた。
(これはもしかして……!)
カエルは本をよじ登ると、小箱に駆け寄って蓋を開けてみる。そこにはユベールから聞いた通り、金と銀が混じり合おうとする間際を捕らえたような指輪が眠っていた。
「間違いなくユベールが言ってた指輪ね! 良かった――」
水晶球で指輪を見て間もなく、セレネーはその指輪が普通ではないことを察して顔を強張らせる。そして思わずぼやいてしまう。
「――もしかしてとは思ったけど……この指輪、禁呪で作られた物ね」
(禁呪……何やら物騒な響きがしますが、一体どのような物なのですか?)
「魔法って色んなことができちゃうんだけど、自然の理に逆らおうとすればするほど代償が大きいのよ。極端なものでなければ魔法を使う人が持つ魔力の消耗で済むけど……人の命を扱うなら、かなりの代償を必要とするわ。少なくとも自分の命をかけないと……」
魔法を使う者はよほどの理由がなければ禁呪に手を出さないし、そもそも扱いが難しく、できる人間が極端に少ない。かなり熟練した魔女でなければ――。
「そういえば遥か南の海に住まう魔女の力を借りて男になったって言ってたわね……あの美狂いバアさま魔女しかできなさそうだわ」
もう二百歳は越える魔女で、常に魔法を施す代償に美しいと思うものを要求しているというのは、魔女界隈では有名な話だった。聞く所によれば、美女が多いと言われる人魚の姫から声をもらって人間の足を与えたり、その姉たちの絹より滑らかな髪をもらって、妹姫を死なせないために王子を殺す魔法の短剣を授けたりしたらしい。
安易に魔法を頼ってもらわないようにという考えもあるのだろうが、セレネーは正直彼女のやり方は好きではなかった。おそらくその魔女も、こちらのやり方を良いようには思っていない気はしていた。
一筋縄ではいかない魔法の存在に頭痛を覚えながら、セレネーはカエルに告げた。
「王子、今晩もユベールとチェスするんでしょ? その時に話してくれないかしら。貴方が――だってことを」
セレネーの発言にカエルの目がカッと見開いていく。そして『ええっ?!』と驚いてその場を飛び跳ねた。
本棚の奥でのことだった。上の板にガンッと頭をぶつけ、カエルはしばらくその場で悶絶するしかなかった。
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