第48話・過保護な兄弟の面接会場

 「…どうせもうすぐ夏休みも終わるんだから、わざわざ登校日なんか作んなくてもいいんじゃね?去年も言ったけどさあ」

 「貴様のような行状に不安のある生徒が悪さをしてないか確認するための登校日だろうが。多少は自覚を持って慎め」

 「俺のどこが素行不良だっての。この夏休みの間にやったことなんか…」

 「少なくとも勉学に励んでいた、ってことはないわねー。代わりに可愛い幼馴染みと三日にあげずデートを繰り返してたけど」

 「…姉貴。丸きり嘘偽りとは言わねーけどもう少し事実は正確に表現してくんね?あれはデートじゃねーっつーの」

 「三日にあげず、の方は否定しないワケね」

 「そちらは紛う方無き事実だしな」


 今日も今日とて、朝から暑い中を登校する鵜ノ澤三姉弟だった。

 登校時間としては特に早くも遅くもないから、周囲は似たような愚痴をこぼしまくる同じ制服を着た生徒ばかりで、だがその数がいつもほど多くないのはこの登校日の登校が必ずしも義務づけられているからではないからだ。

 ただし欠席するなら一応は届け出も要るし、出欠もきっちりとられるから迷惑極まりないことに違いは無かったが。


 「ま、高二の夏休みとしてはあんたたちもそこそこ充実してたんだし、悪さする暇なんか無かったでしょ?学監管理部としてはちょっと不満の残る夏休みだったけどね」

 「まーな。去年はもう…自治会長選挙の準備やらなんやらでほとんど学校に顔出してたしな」

 「…今年はどーすんのかしらね、伊緒里も。まさか二年続けてやるとも思えないけど」


 それはどうかな、と三郎太などは伊緒里の性格を考えて否定しかけたが、吾音は「だって次郎と遊ぶ時間無くなるでしょ」としれっと言ってのけたので、笑いながら同意しておいた。次郎の複雑な顔を横目で見ながら。


 「さぶろーたくん、おはようございますっ!」

 「おう、おはよう。未来理」


 そんな感じに学校に向かう途中、ちょうど未来理の家からの登校路と交わる角に来ると、最近とみに元気印な中等部一年生の少女が三人の中で一際魁偉を誇る長身の強面な次男坊に声をかけてきた。


 「あ、未来理ちゃんおはよう。ところでさぶろーたくん、って言われるのも三郎太は慣れたみたいね」

 「…そう言うな、姉さん。俺は未来理が呼びたいように呼ばせているだけだ」

 「その割におめーの『未来理』って呼び方も板についたもんだな」

 「……やかましい」


 未来理の大声に気付いた同校の少年少女が、四人の会話を耳にして変な顔をしている中、あいさつもそこそこに未来理は三郎太を引っ張って先に学校に向かっていく。

 取り残された格好の吾音と次郎だったが、その凸凹な背中を見送る顔は微笑ましいものを見送る表情そのものだったりする。


 「…ま、仲が良いってことは結構なことで」

 「そうね。未来理ちゃんのお家もすっかり仲良くなったみたいよ」


 どこから聞き出したのか、神納家の事情なども知ったようなことを言いつつ、少し遅れて歩き出したところにまたもや声がかかる。


 「おはよう、二人とも。三郎太くんは例によって未来理ちゃんと一緒?」

 「あれ、伊緒里じゃん。こんな遅いなんて珍し-な」

 「うるっさいわね。登校日に自治会の仕事なんかしないわよ。たまには他の皆と同じ時間に登校したいだけじゃない」

 「おはよ、伊緒里。他の皆じゃなくて次郎と一緒に登校したかっただけでしょ」

 「なっ……ち、違うわよばーかばーか!自意識過剰もいいところよっ!!」

 「それ言ったの俺じゃなくて姉貴なんだけどな…」


 フレンドリーファイアに疲れた様子を見せる次郎だったが、「わたしのことはいーから、ほら行った行った」と吾音に並んで背中を押され、こちらも仲良く姉弟のグループから外れて先に歩いて行った。

 またもや見送る格好になった吾音は、ホッとしたようなちょっと残念なような、複雑な気分を自覚はしたものの、気を取り直して一人で歩き始める。

 校内ではある意味敬して遠ざけられているところの無くは無い吾音である。クラスメイトと挨拶を交わすことなどはあったが、夏休み中の出来事をネタに歓談するようなこともなく、しばらくは一人で歩き、さてそろそろ校舎が見えてくるころか、と思われた時だった。


 「…あっ、吾音先輩おはよーございま……ッス!」

 「ほえ?」


 あいんせんぱい、などという呼称に心当たりが無かったために反応が遅れたのだが、ともあれ前方からそのように声をかけられ、吾音は自分のことか?と一度辺りを見回し、その結果やっぱり自分のことかと思って声のした方を見た。


 「オハヨーゴザイマスっ!」


 二度も言わなくても分かるっつーの、と若干辟易する程度には大きな声をあげたその生徒は、吾音には日常見覚えのある顔ではなかった。

 が、女生徒限定の次郎や自治会長の伊緒里ほどではなくとも人の顔を覚えるのは得意な吾音である。割と体格はよく、日焼けした…どちらかといえばイケメンに属すると思しきその下級生の名前は割とするりと出てきていた。


 「…えーと、宮島…コウタくん、だったっけ?」

 「宮島浩平ッス。一年です」


 …微妙に間違っていた。ただし訂正する様子にガッカリしたところは無かったから、吾音としては多少は面目を保てたというところだろうか。

 記憶によれば、昨年三郎太と一騒動起こした中等部三年生のグループの、リーダー格だった少年だ。

 まさかお礼参り?と一瞬焦ったのだったが、未来理の件で三郎太がいろいろ聞きこんでいた相手だったと思い出してそれは無いかと思い直す。


 「どしたの?三郎太なら先行ったけど」

 「…あー、いえ。三郎太先輩にでなくて吾音先輩にアイサツしようかと」

 「そりゃまた奇特な真似する子ねー。わたしに声なんかかけてどーしよーっての」


 まだ遅刻するような時間では無いが、立ち話をするような間柄でもない。

 無視した態にならぬよう気をつけながら、だったが吾音は歩みを再開して学校に向かう流れに乗る。

 チラと横目を向けると、変わった趣味の後輩も吾音と並んで歩き始めていた。小柄な吾音に歩調を合わせるように、恐らくは彼にしてはゆっくりと歩む姿は好感を持たないでもなかった。


 「先輩はいつもこの時間帯なんスか?」

 「いつもっていうか…まあ、ウチのガサツな弟二人が支度に遅れたりしない限りはこの時間だけど」

 「三郎太先輩あれで意外とキッチリしてません?」

 「そーでもないわよ。次郎より三郎太の方が朝弱くてねー。時々起こしにいってあげてるわ」

 「それは羨ましい話スね」


 起こしにいくというか、実際はベッドから蹴落としたり高いびきしてるところに踵を落とすような真似をしてるのだが、それは言わずにおく。それが羨ましいとか、もしかしてこの子マゾ?…などと考えはしたが。

 その後も、三郎太に関してだったり吾音の普段についてだったり、どちらかといえば後輩の方から話を向けて吾音がそれに応じるみたいな形でなんとなく会話は続いたものの、それが弾んだ、というほどでもないままに学校に到着する。

 校舎に入れば上級生と下級生だから向かう先は異なるのだが、その際に吾音は妙なことを言われてしまう。


 「……あのー、先輩。もしよかったら…帰りも一緒しません?」


 わたし、この子と一緒に下校するよーな仲ではないと思うんだけどなあ、と思いつつ、そこは身に染みついた愛想の良さが吾音の身上だ。


 「ごめんね、今日は管理部の業務があって。もー、しばらく学校にも来なかったからいろいろあってね」

 「……あー、そすか。じゃあ、また、機会がありましたらよろしくッス」

 「うん。機会があったらね」


 そんな機会があるとは思えないけどなあ…という顔になってはいなかっただろうが、誘いを断る常套句だということだけは伝わったのだろうか、後輩の顔は少々引きつり気味の笑みに覆われていた。

 多少は胸が痛まないでもなかったものの、どちらかといえば「なんでこの子わたしのこと誘ったりするんだろ」という本気の疑念が勝って、曖昧な笑顔のまま一年生の教室に向かっていく後輩を、「またね」とこればかりはお愛想ではなく本気で、この朝三度目のお見送りを果たしたのだった。


 「……なんだったんだろ」


 人口密度の高い玄関でぼーっと立って考えた。

 考えたが、答えは出ず、それでも、


 「ま、後輩に懐かれるってのも悪い気分じゃないわね。けっこーかわいー子だったなー」


 …などと、本人が聞いたら絶望で膝から崩れ落ちそうな独り言を口にしつつ、吾音も自分の教室に向かって行くのだった。



   ・・・・・



 そしてその日の昼過ぎに、裁判は開廷した。


 「………聞かせてもらおうか」


 その場において、検事と裁判官と死刑執行人を全部兼ねたみたいな立場の三郎太に見据えられ、浩平は当然のごとく震え上がっていた。


 「すませんすませんっ!!」


 弁護人、鵜ノ澤次郎は仕事をする気が全くないようで、ペコペコと命乞い…ではなく謝罪を繰り返している浩平のことは知らん顔でスマホなぞ眺めていた。

 ここは学監管理部室。言わずと知れた鵜ノ澤姉弟のホームグラウンドである。

 何故ここに吾音の姿が無いのかはさておくとして、それにしても全校集会とホームルームしかない登校日に、並んで登校してきて玄関で立ち話していた、というだけの話が流れるのが早すぎるというものであるが。


 「何故謝る?俺は別に貴様の首をとろうなどとは思っていないのだぞ?」

 「……こっ、こないだ睨まれたにもかかわらず吾音先輩に声かけてスマセンしたぁっ!!」

 「三の字おめー、一体何やったのよ…」


 と、これは気のない風の次郎が三郎太にかける声。

 実のところ、浩平はもうここが生と死の剣が峰、みたいなつもりだったが次郎と三郎太はそこまでのつもりはなかった。いや、半年前だったならばこの部室は文字通り生死の土壇場となっていただろうが、次郎も三郎太も、自分を棚に上げて吾音の「だんじょうこうさい」的な人間関係に口を出せる立場でも無い、という多少の自覚はあるからだった。


 「いや別に、だな。宮島が姉さんにちょっかいかけそうなことを言っていたものでな。あの時は軽い気持ちだと思ったので釘を刺しただけなのだが」

 「おめーが刺したんならぞかしぶっとい釘だったんだろーなあ…おーい、宮島?別に俺も三太夫も怒っちゃいねーから、そう怯えんなって」

 「え?……」


 直立から百二十度くらいの角度で折り曲げられていた上半身を起こし、浩平は信じられないものを見たよーな目付きで室内の二人を見回す。

 管理部室中央の、いつものテーブルに席をとった兄弟。浩平は連れ込まれて椅子を勧められはしたが到底それに従う気になどならず、いきなり土下座に移行しなかったのは流石に男の子のプライドとやらがあったものの、立ちっぱなしでひたすら頭を下げ通しだったのだ。

 だからそう安心させられて、ようやく検事兼裁判官兼……簡単に言うと異端審問官のような立場の三郎太の顔を見ることが出来た。その結果。


 「…やっぱ怒ってるじゃないすかぁ……」

 「まあもともと無表情なヤツだからなあ。心にやましいところがあればそりゃ怒ってるよーにも見えるって」

 「………」


 そこはかとなく傷ついたように押し黙る三郎太。

 それは無視して次郎は立ったままの後輩にもう一度椅子を勧めると、今度は素直に腰掛けた。三郎太から一番遠い席に。


 「ま、話くらいは聞かせてもらうけどさ。何か飲むか?ここしばらく来てなかったから、水かかき氷のシロップしかねーけど」


 いえ、いいです、と遠慮したのは水も喉を通らないからなのか、かき氷のシロップなど飲めるのか?と疑問に思ったからなのか。後者を尋ねておれば、実際に味わった感想など細かに述べられただろうが、話が長くなるだろうから次郎も強く推したりはせずに続ける。


 「三太夫は知らんけど、俺は別に真剣なら姉貴を口説こうがかまわねーって思うぞ。もちろん、面白半分だとかからかうつもりなら潰すけどな」

 「………」


 黙り込んだ浩平。それで次郎はかえって気まずくでもなったかのように、頭を掻き掻きしつつ弁解じみたことを言う。


 「……その、なー。しょーじきなところ、姉貴にいー男が見つかることにアレコレ言える立場でもねーって思わざるを得なくてさ。だからま、後押しは出来ないけどよ、宮島が本気でそーいうつもりだってんなら…あー、姉貴にバレない程度に見ないフリはする。どうよ?」


 どうよ、と言われても浩平にとっては次郎の許諾などさして影響はない。口にはしないが。

 そしてこっちの方が重要な、生命的な保証が得られるかどーか、という問題になると…。


 「…三太夫ではない。三郎太だ」


 と、浩平に目を向けられた三郎太は隣の次郎を胡乱げに見やってから、言う。腕組みをしながら。


 「…俺も、まあ、なんだ。後輩と個人的な関係を築くような真似をしてしまったからな。ここで姉さんの個人的な人間関係にあれこれ口出しをするのも、フェアではない、と思う。その点は次郎と変わりない」


 思わずホッとする浩平。だが…。


 「だが、姉さんを守るという意志に揺るぎは無い。宮島、貴様が姉さんを泣かせたりするようなことがあれば…」

 「そんなタマじゃねーだろ、あの姉貴は」

 「………だな。お前のことはそれなりに買ってはいるが、姉さんの相手が務まるかどうかはまた別の話だ」


 褒められたのかバカにされたのか、浩平としてはよく分からない話である。

 が、鵜ノ澤吾音にそーいうつもりで接近した場合に妨害されることが確実、という感じでもないように思える。


 「だから、だな、責任をとれる範囲内でやってみることは止めはしない。しかし何度も言うが、貴様が男として許しがたい行状に出た場合…命は無くなるものと思え」

 「………ういッス。それだけ言ってもらえればじゅーぶんス」


 高校生が本気で言う脅しだとしたら大分イタイものだが、三郎太が言うと他人には本気にしかとれない。

 それでも臆するところは無かったのだから、三郎太が本気でそう言っているとは思っていないか、あるいは浩平自身は面白半分のつもりは毛頭ないのか。

 三郎太はともかくとして。あの吾音が本気で男に言い寄られたらどんな反応を示すのか、興味が募らないでもない次郎なのだった。

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