4th.Chapter 小さな少女のおっきな恋

第47話・沸いた数だけ叩き潰されてきた感情が、ここにまた一つ

 秋の始まりは予感出来ても晩夏にはまだほど遠い、そんな中途半端な季節。

 鵜ノ澤吾音は、生まれて初めて、男の子に告白というものを、されていた。


 「吾音先輩ッッッ…ちょお好きっす!!」


 言われた方は、長考に長考を重ねた末に、こう言った。


 「………………………マジか」


 声と顔は、割と真面目なものだった。



   ・・・・・



 宮島浩平はけして不良というわけではない。

 中学時代に同級生と謀って校内の魔人とも一部で称されていた鵜ノ澤三郎太に喧嘩を売ったこともあったが、あれは若気の至りだった、というか某先輩が後に語ったところによると、


 「中学二、三年の頃って、自分の出来ることが増えても世の中への認識ってのがそれに追いついてなくって、なんか自分がなんでも出来てしまうって錯覚してしまう時期なのよねー」


 …だそうだから、当の被害者もさして気にしていない風ではある。それはそれで「負けた…」と痛感させられる話なのだが。

 それはともかく。


 「…お前趣味悪すぎないか?」

 「何でだよ」

 「だってさあ…」


 夕暮れの公園、などというどこぞの兄弟が殴り合いでもしていそーな場所で、友人に相談事を持ちかけた浩平は、明らかに「お前どうかしてんじゃね?」という視線に晒されて口を尖らせていた。


 「…そりゃ確かに可愛いと思うけどよ。黙ってじっとしてれば。けどあのひとの噂くらい知ってんだろ?学監管理部とかいう怪しげな団体立ち上げて校内で好き勝手してるとか」

 「優れた行動力の持ち主だと思う」

 「…上級生なのにちっさすぎるし」

 「そこがまた魅力的っつーか」

 「……歩いたあとには厄介ごとしか残らないらしいし」

 「退屈しなくていーじゃん」

 「………後ろに控えているのがあの鵜ノ澤先輩だし」

 「………そこは、まあ、なんとかしねーといけねーんだけど」


 何をしていたのかというと、彼らの言うところの鵜ノ澤先輩…鵜ノ澤三郎太の溺愛というか忠勇を励む対象であるところの、鵜ノ澤姉弟の長女、鵜ノ澤吾音への思いの丈を語り、勢いつけて告白までもっていこーという算段をとっていたのである。早い話が友人に背中を蹴飛ばしてもらおう、という魂胆だ。


 「自殺したいってんなら止めねーけどよ。けど俺イヤだぞ。この歳で同級生の葬式に参列するとか」

 「…そ、そこまでじゃねーとは思うんだけど」


 だが、相談された方は、というと、本来ならからかいの対象にもなるはずの友人の恋語りに、青い顔して生命の危険の心配をするという有様だった。

 だがそれは、鵜ノ澤三郎太の為人を噂と実体験で知る者としては至極真っ当な反応である。

 三郎太が姉である吾音のナイトを以て任じ、彼女に言い寄ろうとする男共に影ながら妨害・脅迫・その他諸々の手段でもってそれらの意図を挫いてきたという事実があれば尚更だ。もっとも、守られてるはずのお姫さまにその自覚は全く無いのだったが。


 「そこんとこを解決出来てんなら協力でも応援でもいくらなんでもしてやっけどよ、頼むから巻き込むのだけは勘弁してくれよな」

 「………」

 「まあ、それより彼女が欲しいんなら合コンでもしねーか?そりゃあの先輩ほど個性的じゃねーかもしれねーけど、二年生で年下好みの先輩が何人かいて、今メンツ集めてんのよ。俺らも向こうも夏休みがもうすぐ終わるかもって時期で焦ってっしさ、けっこー上手くいく気がすんだよ」

 「………あー、まあ、遠慮しとく」


 浩平は気落ちした様子で肩を落としたまま立ち上がる。

 これで吾音への恋慕の情が霧散消失するようなことは無かったが、勢い付いていたものがどこか萎えたのは事実だ。

 浩平とて命は惜しい。昨年対峙した折の三郎太の形相は今思い出しても背筋が凍る。あの時は他に仲間もいたし、狙う相手が三郎太本人だけだった。

 もし吾音に告白したりしてそれが三郎太の耳に入ったならば、女王陛下に仕えるが如き、とも目される三郎太の怒りが全て自分に向けられる。


 「………マジで死にかねんな」


 そう思うと、盛り盛りに盛り上がった思慕もいくらか萎むのも無理の無い話なのだった。

 それと浩平は敢えて無視してたが、その三郎太の兄にして同じく吾音のもう一人の弟である鵜ノ澤次郎のこともある。

 姉を大切にすること三郎太に負けず劣らず、腕っ節こそ三郎太には全く敵わずだが、特に女子方面に強い人脈を持ち、何やら怪しげなコネでもって、その機嫌を損ねたらやはり抹殺されかねない。物理的にではなく社会的に。


 「どうしたもんかなあ……あーもう」


 八方塞がり。

 なんとなくそんな単語が、県内最強のシスコン兄弟、などとゆー実態を正鵠に射貫いた表現と共に頭に浮かび、聞かせる者もいないため息をついて「あんま気落ちすんなよー」という友人の声を背に公園を出て行く浩平だった。

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