第4話 オーパーツを作ってみた

「ギーロ……お前、それ……なんだ?」


 俺が取り出したものを見て、バンパ兄貴が目を丸くした。

 この時代には存在しないものだから、彼が驚くのも無理はないんだが……俺としては、を見ただけでそう驚かないでほしいところだ。


「弓だよ」

「ユミ……?」


 兄貴に弓を掲げながら俺が言えば、おうむ返しで兄貴が首を傾げた。


 これも無理もない。今のは日本語を使ったからな。

 いや、これは仕方がないんだよ。だって、俺たちホモ・アルブスの言語には弓を示す言葉はまだ存在しないんだから。


 俺としては、新しい言葉を覚えるのも考えるのも面倒だから、今後何か新しいものを作ったら全部日本語で統一してやるつもりでいる。残らないだろうが、将来まで残ったら考古学者の頭を悩ませるだろうな。


「そう、弓。まだ開発中だから、うまくいくとは思っていないんだが……」


 答えながら、弓を引いてみる。ビン、と音が鳴るが……うーむ、どうも音が弱い。


 弦は樹皮を縄状により上げたものに、原油と一緒に湧いている天然のアスファルトを薄く塗装して作ったものだ。なかなかに頑丈ながら、結構な柔軟性がある。弦が悪いわけじゃないはずなんだ。

 なら、やはり問題は弓本体のほうか。材木は半ばアルブスのすみかと化している森の中から、いくつかの種類から比べながら選んだから、現状ではこいつが最適だと思う。

 となると……木オンリーで作ったから、その分しなりが利いていないのか? あいにくと複合弓にするのはまだ難しい。準備はしているが、時間が必要なんだ。いっそ近場に竹があればよかったんだが……。


 ともあれ、これでは矢を満足に飛ばすことはできないな。


「……俺にはうまくいく、いかないの基準がまるでわからんのだが……そもそも弓とかいうのは、何のためにどう使うんだ?」

「口で説明するより実際にやってみたほうがよさそうかな。これは矢って言うんだ。弓と一緒に使うものなんだけど」


 俺は兄貴に応じながら、試作品の矢を取り出した。まだ矢じりはつけていない。一応先端を尖らせてはあるが、それだけだ。まだ威力は必要ないからな。

 しかし矢羽はある、野鳥から抜け落ちたであろうそこら辺の羽を、形を整えてからアスファルトで接着した。アスファルト便利すぎる。


 そんな矢を、試作品の弓につがえて……放つ! あ、もちろん人のいないほうにな。


「おお!?」


 兄貴が吃驚する。

 矢はそれなりの速度で飛び出し、多少軌道をブレさせながらも少し離れた地面に突き刺さった。具体的には五メートルちょっとってところか。しょぼい。


「……と、まあこんな感じで。遠くを攻撃するための道具なんだ。これが完成すれば、狩りも楽になって毛皮の確保が進むだろうと思うんだが……まだまだだな」

「そ、そうだな……これくらいの距離まで獲物に近づけるなら、殴ったほうが早い」

「だよなぁ。あり合わせで作ったとはいえ、せめて三十メートルくらいは飛ばしたいんだが……」

「さんじゅうめーとる?」

「あ、ごめん。えーっと……ここから真ん中の焚火くらいまでかな。大体だけど」

「あそこまでか。……そうだなぁ、あれくらいなら近くと遠くで役割を分けて狩りができるかもしれない」


 兄貴は俺が示した焚火と、俺の手にある弓を見比べながら小さくうなった。


 あ、真ん中の焚火ってどういうこと? と思った人のために補足しておくと、俺たちの群れは基本、例の自然湧出している原油を使った焚火を複数用意して生活しているのだ。火の近くにいないと寒いし、一つでは足らないんだよ。

 雨や雪の日は仕方なく森の中に退避するが……序盤ごろ(と思われる)氷河期の今、そういうのはあまり降らない。降ったとしても火自体は最初から今に至るまで燃え続けていて、真冬の寒さを軽減してくれている。

 何せ、燃料が勝手に出てきているからな。消えない炎の存在は、原始時代ではありがたすぎる。聖なる炎扱いされるのも時間の問題だろう。


「俺もやってみていいか?」

「ああ、もちろん。何か気づいたことがあったら教えてほしい」

「わかった」


 ギーロが俺になってからさほど日は経っていないが、この兄貴はやはりいい人だと思える。

 普通、今までまったく見たこともない聞いたこともないものなんて、胡乱げに見てくるのが人間の真理だと思うんだが。いきなりの否定はせず、まずは自分で見て触れてみようとする兄貴のスタンスは、意図してやっているわけではないのだろうが、非常にありがたい。

 もちろん普段の生活と言う意味でもだが、未来の知識を使おうとしている俺の言動を否定しないでいてくれるのは、すごく大きい……。


「どれどれ……ええーっと、これを? こう? 持つのか?」

「そうそう。で、尻の部分を引っかけて……そう。その状態で引く」

「わかった。ふんっ」


 兄貴の丸太のような腕がぐわっと膨れ上がると同時に、弓が勢いよく引かれた。

 さすが狩りのエース、頼もしい……と俺が思った頃にはもう遅かった。俺の目の前で、弓は甲高い悲鳴を上げて折れた。真ん中から、それはもう盛大にぼっきりと。


 俺も目を点にしたが、当の兄貴は弓を引いた状態のままでしばらく硬直していた。何が起きたのか、理解できていないのだろう。

 だが、やがて壊してしまったことを理解した兄貴は、壊れかけのブリキ人形みたいな緩慢な動きで俺に顔を向けてきた。その顔は、雨の日に捨てられていたチワワみたいだった。


「……す、すまん……!」

「いや……いいんだよ、どうせ試作品だったから」

「し、しかし……! ここ最近、お前ががんばって作っていたものを俺は……!」

「いいんだって、試作品なんだから壊れるのも大事な役割だよ」

「いや、しかし……」

「本当だって。今この瞬間、大事なことがわかったじゃないか。大人の男が全力で引いたら、こいつは壊れる。つまり実用化するにはもっと頑丈に造らないといけない、ってね」

「ギーロ……お前……!」


 俺の言葉を聞いた兄貴の目じりに、涙が浮かんだ。

 そして直後、俺は兄貴の逞しい腕による熱烈な抱擁を浴びることになる。


「お前、お前……! なんて優しいやつなんだ……!」

「痛い痛い痛い! 兄貴痛い!!」

「お、おお……すまんつい……」

「いや本当、そこは気をつけてほしい……」


 兄貴の腕力は、群れの中でも一、二を争うんだ。わりとリアルに万力並みのパワーだからな!? そんな人の全力ハグとか、九割九分アイアンメイデンだからな!


 あと痛さもそうだけど、全裸のガチムチに抱きしめられるのは色んな意味で嫌だ。

 考えてもみてほしい。二メートル越えの筋肉ダルマが、全裸で、腕を広げて迫ってくるその様を! かなり重めのパニックホラーだぞ! 


「……ま、まあ、そんなわけで、こいつはもう少し考えてみるよ」

「そ、そうだな……それがいい」


 腕を組んで、兄貴がうむ、と大きく頷いた。

 それについて咎めたりなんかしない。お互い、この件に関してはなかったことにしような。


 では次だ。


「実はもう一つ、遠くから攻撃するための道具を考えてみたんだけど」

「まだあるのか!? お前本当、最近すごいな!?」


 そりゃあもう、未来から来たからな。そして出し惜しみもしないぞ。


 次に俺が取り出したるは、長い縄だ。その中央部分は他より広く、器状になっている。


「こいつは投石機だ」

「トーセキキ?」

「ああ。簡単に言えば、石を投げる道具さ」


 投石器と言われてカタパルトを思い浮かべる人もいるかもしれないが、そっちではない。この形状の投石器は……そうだな、日本語で表現するなら投石帯とでも言ったところか?

 材料は、弓の弦と同じで樹皮だ。作り方もほとんど同じで、縄状に撚り上げたもの。これを編み上げて作った。


「石を投げる……とは言っても、石なんて狩りでは……」

「まあ見てなって」


 今度ばかりはいぶかしげな顔をする兄貴を空いた手で制すと、俺はそのまま地面に転がっていた石を拾い上げた。

 俺たちアルブスの男の、握り拳くらいの大きさの石だ。普通に投げても、当たったら結構なダメージを出してくれそうな石。


「こいつをここで挟み込んで……ぐーるぐーる、とな……」


 日本語の擬音を口ずさみながら、投石機の中央に置いた石をぶんぶん振り回す。次第に風を切る音が鳴り始め、物騒な様相を呈し始めてくる。


「……こうッ!」


 そしてタイミングを見計らって、俺は石を投げ放った。


 遠心力と言う科学の力を得て放たれた石は、空気を震わせて遠くへ飛んでいく。それも、ほとんど一直線にだ。

 やがては重力に負けて地面に落ちるが、飛距離は目測でも百メートル近くは出たんじゃないだろうか。その上で地面を少し削っている様子が見えるから、こちらは弓矢と違って成功したと見てよさそうだ。


「お……おお、おおおお……!」

「とまあ、こんな感じだな。どうだ兄貴? 狙いをつけるのと、投げる方向とタイミングを図るのがすごく難しくはあるが……上手くやれば一撃で獲物を倒せるかも」


 前世の歴史においても、投石器は長い間有用な武器として機能していたほどのものだ。さすがに複合弓や弩が一般化してくると第一線から退きはしたが……逆に言えばそれまではずっと第一線の武器だったのだから、その有用性はまさに歴史が証明している。

 だが投石器が人類史に登場したのは、紀元前一万二千年から八千年ごろだったはずだ。ふふふ……最少に見積っても、実に六万年近くも時代の先を行ってしまったぜ。これからも俺は自重しないからな!


 だが……ものの出来に満足していた俺は、マッシヴハグの接近に気づかなかった。


「ギーロ、お前……お前、本当にすごいな!!」

「ぎゃあああぁぁぁ! 痛い痛い!! 兄貴本当痛いって!!」


 気がついた時には俺の身体は、兄貴の腕の中で締め上げられて悲鳴を上げていた……。

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