第5話 狙い撃ち攻撃デストロイ

 投石器をバンパ兄貴にお披露目した次の日。俺は兄貴に連れられて、狩りに参加していた。ただし、周囲からの目線が少し気になる。

 というのも無理からぬ話で、俺ことギーロ君は今まで狩りでろくに活躍したことがないのだ。


 身体に残る記憶を探ると、どうやら元々男の中でも非力だったようで、そこがずっとネックになっていたらしい。

 さらに言えば、兄貴が優秀な狩人ということでどうしても比べられがちだったせいで、狩りが大嫌いだったようだ。ま、無理からぬ話だな。


 俺は前世で一人っ子だったから兄弟のことはよくわからないが、他者と比べられることで生じる劣等感なら大いにわかる。ギーロ君には親近感を覚えるよ。

 つらいよな、できないことをできる人の前でやらされるのって。自分がどうしようもない存在だって思わされるみたいでさ。

 それでも二十代の半ばくらいまでは頑張れたが……アラサーにもなると後はほとんど惰性だったな。三十路を越えたらあとはもう、落ちていく一方だった。我ながら死ぬ間際の二、三年は抜け殻だったと思う。溶鉱炉に落ちたのも、その辺りが理由なのかも知れない。


 いや泣いてなんかないし。これは汗だし。心の汗だし。


「ギーロ、大丈夫か?」

「無理はするなよ」

「そうだ、狩りは俺たちに任せておけ」


 そんな俺でも、群れの連中にしてみれば仲間であることは変わりないらしい。みんなが口々に声をかけてくれる。

 二十一世紀の日本じゃ、大学に何回も落ちながら入ったくせに、ろくに就職できなかった俺みたいな奴は白眼視されたものだが……原始時代ならではの助け合いという感じがするな。社会はこれくらい人に優しくあるべきだ。ノーモアストレス社会。


 種族の中では貧弱なギーロ君が今まで生きてこられたのは、こういう頼れる仲間に恵まれていたからなのだろう。その点については素直に羨ましい……。


「だからギーロはいつものように、獲物を引き付けていてくれればいいんだぞ」

「そうだ。ギーロがいると狩りはよくうまく行くしな」

「おう。ギーロがいるとなぜか獲物はギーロばかり追いかける」


 と思っていたら、これだよ奥さん。


 要は囮じゃねーか! 俺の感動を返せ!


 というか、この原始時代、狩りのたびに囮なんてやってたら命がいくつあっても足りないぞ! よく今まで五体満足で生き残ってたなギーロ君! 素直に尊敬するわ!!


「まあまあ。今日はギーロが作った道具を試してやりたいんだ。まずは俺に免じて、やらせてみてくれ」

「むう……まあバンパが言うなら」

「そうだな、やらせてみるか」


 兄貴の信頼度がすごすぎる件。

 いや、そうであってしかるべき実績のある人だけども!


 ちなみに、ここ一か月間俺が狩りに参加しなくてもおとがめがなかったのは、兄貴が根回ししてくれていたかららしい。

 つくづく兄貴の存在がありがたい。転生もののお約束ならあるはずのチートを持たない俺にとって、この人が身内ということが唯一無二のチートのような気すらするよ!



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 そんな感じで出発した俺たち。人数は俺を含めて十人だ。

 今日の狩りは群れから東に向かうようだ。昨日は西で不発だったからということらしい。

 狙うは例の鹿。もしくはワンチャンでマンモスということだが、寒さから逃れてこの辺りまで移動して以降見かけないらしいので、本当にワンチャン程度のようだ。マンモスを狩ることができれば、かなりの量の毛皮が手に入るんだろうが……いないものは仕方ない。


 が、ここで不思議なことが一つ。


「なあ兄貴、あれは狙わないのか?」

「あれは小さくて逃げ足が速いから、苦労して捕まえるほどじゃないんだ」

「そうか……なるほど、なるほど」


 兄貴の答えに納得して、俺は改めてそいつを見やった。


 ウサギである。現代で見てきたものと、ほとんど差がない。種類まではわからないが、とりあえずウサギなのは間違いない。そいつらが呑気に数匹、群れて草を食んでいた。


 俺の感覚では、ウサギは狩りの獲物だ。ところが原始時代に転生して一ヶ月、ウサギが食卓に上がったことは一度もなかった。今の今までこの辺りにウサギがいないからだと思っていたが……どうやら違うらしい。


 と、ここまで考えたところで、マンモスなど緩慢で大型の動物が絶滅に向かっていった時期と、遠距離武器の出現が近いことを思い出した。


 サピエンスが遠距離武器を手に入れて以降、より効率的に狩るようになったから、という理由もあるそうだが、一説では元々数が減っていた大型動物が取れなくなり、代わりの獲物として小型の素早い動物を狩る必要が出てきたために遠距離武器が開発された、とも言われている。

 卵が先かニワトリが先かという感じだが、今の状況を考えると、ある程度時代が下るまではウサギなどの小動物を狩る必要性がなかったから、という説が正しい気がするな。


 しかし……ホモ・アルブス、というか俺はそういう過程をすっ飛ばして遠距離武器を開発してしまったわけで。

 となれば、当然ウサギだって今までより楽に狩れるはずで……。


「ギーロ?」

「まあ見ていてくれよ」


 いぶかしがる兄貴たちをよそに、俺はその辺に転がっていた石を拾い上げる。獲物がウサギということで、速度重視で小ぶりのやつを選んだ。


 そのまま投石器に装填して投擲準備を行う。今のところ、ウサギたちが逃げる様子はない。警戒範囲外ということだろう。

 そのまま逃げないでいてくれよ? 衆人環視下だ、最初の一発くらい格好良く当てたい。


「せいっ!」


 縄が解き放たれる音と共に、石が空を切り裂く。


 直後――ゴバッという感じの重い音と共に、一匹のウサギの頭(の、右半分)が吹き飛んだ。


【んなアホな】


 それを見た瞬間、思わず日本語の関西弁が口をついて出た。

 いや、それくらいびっくりしたんだよ! 思わず呆けてしまうくらいには!


「おおおー!?」

「すごい!? あの小さくて速いやつをあっという間に!」

「はっはっは、どうやら俺の見立ては正しかったみたいだな!」

「ギーロもすごいがバンパもすごい!」

「お、おおおう!?」


 呆けている隙にガチムチの巨漢どもに取り囲まれていて滅茶苦茶びっくりしたが、そこで大体の理由は分かった。


 ガチムチの巨漢ども、なんて他人行儀な言い方をずっとしているが、俺だってヒョロいとはいえこいつらの仲間だったんだよな。普通にその意識が抜け落ちていたよ。

 つまり、俺も今となってはサピエンスより力持ちなのだ。その力でもって投石器を使うと、距離にもよるだろうがウサギの身体は普通にはじけ飛んでしまうと……。


「やったなギーロ、初獲物だ。さあ、取ってこい」

「お、おう……ありがとう兄貴」


 兄貴に背中を叩かれて、俺は小走りで仕留めたウサギの下へ向かう。


 しゃがみこんで拾い上げたウサギの死体。その周りには大量の血しぶきと、肉か骨かもわからない破片が散らばっていた。スプラッタだ。

 既に他のウサギはいない。散り散りに逃げて行ったようだ。しかしこの惨状を見ると、それも当たり前なんだよなあ。


 ヒョロガリの俺でこの威力ってお前。確かに俺なりに全力だったが、それにしたって意味が分からない。どうなってるんだアルブスメンズのパワーは! 対物ライフルか!


「まさかこんなに威力が出るとは……。小動物を狙う時は手加減するか、身体を狙わないようにしないとダメだな……」


 この威力の石が、ウサギの身体ど真ん中に着弾したとしたら?

 うん……まあ、爆発四散だろうな。ましてや、兄貴が全力でやったらどうなるだろう。ウサギなんて、影も形も残らないんじゃあるまいか。


「とりあえず血抜きしておくか……」


 俺は現実から目を背けることにした。ぐるりとウサギを逆さ吊りにして、空を仰ぐ。氷河期の風が目にしみるぜ……。


「ギーロ、どうしたんだ? せっかくの獲物なのに」

「いやー、うん、まあ……」


 兄貴をはじめ周りの野郎どもがちやほやしてくれるのはいいが、喜ぶ気には到底なれない俺だった。末恐ろしいんだよ。


 その後、獲物になり得る動物を見かけるたびに投石器を試した。俺以外のやつにも試してもらった。

 命中率については触れないでもらいたいが、結論としては威力は折り紙つきだった。当たれば必殺。どこのハサミギロチンだよ。


「兄貴たちは投石器禁止な」

「そ、そうだな……」

「そうしよう。俺たちがやったら、獲物が潰れちまう」

「そうだそうだ」


 こんなやり取りをせざるを得なくなった理由は、兄貴たちが背負っている鹿にある。

 今回の狩りで一番の戦果だが、そいつの首はギャグ漫画みたいにあり得ない方向に曲がっていた。ついでに言えば、顔はやはりギャグ漫画並みに陥没している。

 そうです。お察しの通り、兄貴たちがやりました。一周回って笑えるわ!


「これは子供が扱う方が適度な威力になりそうだな……狩りに慣れさせるとか、そういう感じで一緒に出かけるとかで……」


 血抜き途中のウサギ肉を両手にぶら下げながら、俺はひとりごちた。


 全体で見ても過去最高の取れ高だが、こうなるとむしろ他のことが心配だ。周囲から動物がいなくなるんじゃなかろうか。

 かといって、天然原油とアスファルトが涌くあの場所は離れがたい。


 となると、やはり農耕は避けて通れないのかもしれない。問題は何を育てるかだが……。

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