VOL.6

  缶コーヒーを飲み終えた俺は、辺りを見回した。

 当たり前だが、最近は児童公園にだってゴミ箱は置かなくなった。

 ちっ、と下を鳴らし、立ち上がる。

 彼女もそれにつられるように立ち上がって、おずおずとといった体で、俺の後をついてくる。

 自販機の傍らのゴミ箱に缶を投げ入れた。

 だが彼女は相変わらず両手で缶を握りしめるようにして持っている。

 こういう時、普通ならば、

『何処へいくんですか?』とか、

『私はどうなるんでしょう?』なんて聞くところなのかもしれないが、彼女は一言も発しなかった。

 相変わらず、というより、雪は段々強くなってきているようだ。

 間違いなく聖なる日までには、東京中が白く覆われるだろう。

 20分ほど歩いたろうか?

 俺と文子の二人は、俺の事務所の入っている新宿6丁目、花園神社と道路を挟んで真向いにある貸しビルにたどり着いた。

すると、ビルの入り口、真正面にコートに中折れというクラシックなスタイルの男が、全盛期の日活アクション映画のヒーローよろしく、足を広げて立っていた。

『と、父さん・・・・・』

 彼女の口から白い息と共に声が漏れ、手から缶コーヒーがアスファルトの地面に落ち、

 カラン!

 辺りに音が響き渡った。

 男・・・・『カミソリ恩田』こと、恩田警部補は、黙ったまま、彼女の側まで歩み寄ると、いきなり頬を張り飛ばす。

 文子はしばらく張られた頬を抑え、彼の顔を見つめていたが、やがて大粒の涙が目に溢れ出した。

『ワッ!』

 辺りを憚ることなく、彼女は鳴き声と共に恩田の胸に飛び込み、むせび泣いた。

 彼は何も言わず、黙って彼女を抱きしめ、幼子にそうするように、肩を包み込むようにして、片手で頭を撫でる。

 俺はポケットに手を突っ込んだまま、二人の横をすり抜け、ビルへ入っていったが、その間際、恩田の肩を叩き、

『訳は彼女に聞きな。それから、請求書と報告書は後から持ってゆくから』とだけ告げた。

 イブの当日、俺は渋谷署に恩田を訪ね、報告書と請求書を渡した。

やれ、

『チップの代金が高すぎる』だの、

『拳銃は使ってないんだろう?だったら危険手当はなしだな』

 などと憎まれ口を叩いていたが、何だかひどく上機嫌だった。

 ちらり、と奴の左手首を見た。

 高級とはいえないが、そこそこ値の張る、ロレックスが銀色の渋い光を放っていた。

 

 俺は疲れた足を引きずり、事務所へと帰り着き、

『アヴァンティ』のマスターに電話をかけた。

『ああ、マスター?折角の誘いを悪いんだが、どうしても野暮用でいけないんだ。

じゃ、いいパーティーを!』

 俺は事務所を閉め、大いなる我が家、屋上のペントハウスへの階段を上がった。

 部屋に入るとヒーターのスイッチと、バスルームの蛇口を捻り、湯が一杯になるのを待ちながら、棚からバーボンの瓶とグラスを取り出し、テーブルに置き、続いて書棚から一冊の本・・・・米国の偉大なる短編作家の名作集を持ってきた。

 グラスにバーボンを注ぎ、一口やってから、俺は少し声を張り上げて、

『1ドル87セント、それだけだった・・・・』と、あの名作の一節を読み始めた。

 擦り切れた現代にも、賢者はおわしましたのだ。

 メリー・クリスマス!

                                 終わり


*)この物語は作者の想像の産物であります。従って登場人物、場所、人名、その他全てはフィクションであります。


 



 

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賢者、ここにあり。 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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