輪廻の剣士


 ハンター狩りは誰かがやるしかない。ずっとヴィクシミュの専任扱いだったが、グイティのように嫌々ながらもやらされるやつもいる。もっともグイティには目的があり、ハンター狩りせざるを得なかったのは部隊から任命されたからだけじゃない。ハンターの血を吸った剣は王殺しの属性を持つ。やつにはその剣が必要だった。王を殺す。すでにアレックスが討伐していたが、血統は継承された。アレックスやヴィクシミュの物語に王がいなくなったところで、誰か別のハンターに討伐の運命がめぐってくるだけでしかない。この戦いに終わりはないし、グイティの心にもおそらく永遠に平穏は訪れないだろう。やつ自身がすでに自分の戦う理由を思い出せないというのに、王殺しをやめられないというのは皮肉なものだ。

 そもそも王を殺すのであれば単独行動が絶対だったし、アレックスのようなケースは稀だ。グイティはもともとアレックスが一匹狼のまつろわぬ魂の持ち主だったからこそ三人の前に王は姿を現したのだと思っている。所詮は一騎打ちでしかなく、吟遊詩人が語るような英雄譚などありえない。アレックスに仲間などいるものか。やつはヴァルゴの正統な後継者であり、その剣跡はレオノーゼにまで遡る。あの男も刀匠バスカー家の『悪徳と無垢』の剣で王を殺したが、結局は義理の娘であるヴァルゴに斬殺された。ハンターは呪われた存在だが、あの家系は飛び抜けてイカれている。悪徳と無垢。グイティに必要な剣もそれだった。

 仲間殺しはやれば必ず忘れられなくなる。かつて背中を合わせた剣士を後ろから、あるいは正々堂々と痛罵されながらその真正面を斬り抜けるのだから心痛計り知れないものがあるし、少なくともグイティはこれまで斬った七人のうち誰か一人でも慣れたということがない。本物の狩人殺しなら何も感じなくなるというが、本当かどうか疑わしいとグイティは思う。もし本当にハンター狩りをなんの苦しみもなく完遂できる剣士がいるとすれば、それは間違いなくもう人間じゃない。そして、悪徳と無垢の剣は使い手を人間ではいさせなくさせる。その純粋な悪心こそが究極的な剣のゆくすえであり、それを持ってしなければ王は殺せない。それでも王は殺されなければならない。餓えと孤独から吸血鬼を増やし、人間が生きていける清浄な大地を食い荒らす魔物は抹殺するしかない。グイティの手の甲に刻まれた『討手の車輪』の紋章は血の赤さでグイティに王抹殺の指令を炙り続けている。この紋章……まさか俺に顕現するとは。どうしてアレックスではいけないのか? やつはこの呪文に苛まれることなく、遭遇戦で王を討伐した。誰もが憧れるもっとも簡単な結末だ。俺は違う、俺は世界に選ばれた。この大陸に蔓延るかつての誰かが残した怨嗟、その反響をまともに浴びてしまった。それがいつ、なぜだったのかは誰にもわからない。確かなのはグイティは王殺しを宿命づけられ、そしてその悪夢は抹殺以外で晴れることなどないということ。くそっ、どうして俺なんだ? べつの誰かでいいだろうに……

 もうすでに七人を斬り殺した。自分で彫りつけた『無垢と悪徳』の銘を刻まれた剣はすでに拭っても拭っても血が落ちなくなっている。グイティは弱い。とてもこの剣が満足するまでハンター狩りをできる気がしない。くそったれ、アレックス。俺はおまえの代わりに選ばれた。その報いを貴様も受けろ。俺が納得する結末に辿り着いてみせろ。俺はこんなにも苦しいというのに……おまえは組織を造反し、かつての旧友に追われている。結構なことだ。王殺しが王の如く討たれたら皮肉だな。俺はそれを眺めている……どこかから……この晴れることのない霧の湖の底から、俺はおまえを睨みつけている。俺が欲しかったものを持っていってしまったおまえを。持たざる俺に運命を押しつけたおまえを。ああ……アレックス。俺は、おまえのように上手に肉を斬れないよ。

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