悪臭 ―吸血鬼の追い方―



 その錠前は上手く開けようとしたが途中で恐慌をきたして、破壊されたように見えた。

 細工師の真似事をすれば簡単な突起の連なりと固定でしかない錠前など少し練習すればヴィクシミュにも開けられる。

 だが、いざ盗みに入るとあって、盗賊の極意をどこかで仕込む前に本番になってしまえば、指など正確には動かない。

 悪霊に取り憑かれたように、あるいは眠れる自分の善性による制動のように、指は動いてくれない。

 そんな盗人が発狂し、斧かなにかで無理やり錠前をぶち壊して、その家屋の裏口から突入。夜半に寝静まっていたマクロード家の人々を殺して回った。

 主であるこの街の銀行頭取だったミガネ氏は旧友や妻から暖かく叩かれて過ごしたその胸に盗賊刀の切先を突きこまれ呆然とした表情のまま絶命、そのまま死骸のポケットなどをあさられている。妻、長男、次男、長女も同様。

 次女だけは幼かったゆえ殺せなかったか、それとも人身売買目的に誘拐したか、死骸が見つからなかった。

 部下であり秘書であったフィフス氏が、出勤してこないミガネ氏を不審に思い自宅を訪問。

 ぶち破られた裏口を目撃し、最悪の事態を予想しておそるおそる寝室に向かってみると、戸という戸をすべてひっくり返され足の踏み場もない室内と血まみれのマクロード夫妻がベッドに横たわっていた。

 そして彼は正しい選択肢を取った。



 吸血鬼ハンターを召喚したのである。








「お願いです、ハンター。これは……これは物取りなんかじゃない。吸血鬼の仕業なんです」

「なぜそう思うんです」


 ヴィクシミュは純粋な興味から、この若い銀行員に問うてみた。

 きっちりと整髪剤でヘアスタイルを整えた、どこか切り出した細木のような印象のあるフィフス氏は汗をハンカチで拭きつつ答える。


「確かに……マクロード家は人が羨むほどの資産家でした。興味があれば眠りながらでも金を融資する気になったでしょう。しかし、裕福と言えばこの街そのものが裕福なのです。べつにマクロード家だけでなく、私や、他の通りの民家でも襲えばいい。ここは一目につく、高台です。何もこんな家を狙わなくてもいい。もし、その必要があるとしたら……」

「血を吸う必要があったから」

「そうです。そして、一番若い娘である、サレナをさらっていった……」

「なるほど、つまりあなたは、金目当ては偽装であって、さらわれた娘の方が本命だったと推理するわけですね」

「推理だなんて……その、直感といいますか。おそらく、ハンターのあなたにはまた違った見解があると思いますが……」

「いや、俺もそう思いますよ」


 少しだけヴィクシミュはフランクな口調になった。

 滅びたマクロード家の家具を、現場保存の観念もなく触っては眺めながら、フィフス氏に言う。


「この街には初めて来ましたが、確かに裕福な家が多い。水の都、と褒めそやされるだけのことはある。俺が盗賊なら、金がほしければ銀行そのものを狙うし、上手くやりたいなら確かに人目につきにくい家を狙う。あなたの家とかね」


 フィフス氏はこの悪い冗談に真っ青になった。今夜にでも番兵を雇いそうな塩梅だ。むしろ吸血鬼より盗賊だった場合の方が恐ろしいと考えているようにも見える。


「では……やはり、サレナが」

「狙いだったんでしょうね。おそらく。いかにも血を吸われそうな、若い娘だったんですか?」

「まだ八つか……子供です。そんな、血なんて吸ったら卒倒してしまうような……」

「吸血鬼は若い娘を狙います。理由は二つ。一つは、単純に味がいいから。もうひとつは、蘇生率が高いからです」


 フィフス氏は唐突な吸血鬼の講義に困惑しているようだった。


「蘇生率……というと?」

「男が噛まれると、ほとんどは死にます。吸血鬼は殺害目的以外でほぼ男を噛みません。ですが、若い娘の場合、百人に一人の割合で噛まれても死亡せず、蘇生し、吸血鬼と化します。知らなかったですか?」


 フィフス氏はぶんぶんと首を振る。どこか青臭さを感じさせる所作が、ほぼ同年齢のヴィクシミュの生まれ持った剣呑さを和らげた。


「この街に宣教師を派遣します。日曜日はミサに行くといい。吸血鬼から身を守る方法を無料で教えてくれますよ。我々ハンターはひとえに、人死にが嫌いなんでね」

「あ……ありがとうございます。で、その……失礼なことをお尋ねするかもしれませんが、実際のところ、どうなんでしょう」

「倒せるか、ですか?」

「はい……サレナが取り戻されなければ、そして吸血鬼が退治されなければ、この街の住民は夜を穏やかに過ごせません。あらゆる防壁を閉じなければいけませんし、警戒を厳しくすれば貿易も難しくなる。経済上のしがらみから強行的に門を開け、吸血鬼に攻め込む隙を与えて滅びた街の話もよく……聞きます」

「その心配はないですよ」


 ヴィクシミュは粉々にされた十字架を掌で押し潰し、ただの砂にした。

 吸血鬼は十字架を恐れない。呼ばれずとも民家に侵入できるし、水の上を歩ける。

 ただ、死なないのだ。血を吸いながら。


「あなたが吸血鬼狩りをすることはないと思いますが、一応、教えておきますよ。我々ハンターが『吸血鬼の悪臭』と呼ぶ、こういった事件の犯人が連中かどうか見分ける方法を」

「え……そ、そんな方法があるんですか? この家のどこかに……吸血鬼が入ったという、証拠が?」

「いや……とりあえず裏口に行きましょう」


 死骸がすべて持ち去られた、血痕ばかりが残る寝室から興味なさそうに抜け出たヴィクシミュは台所から屋外へ続く裏口の扉へ戻ってきた。フィフス氏も続く。

 そこには先程の破壊された錠前がぶら下がった扉がある。


「吸血鬼の正体は明確です。やつらは死なない。血を吸う。幻覚を見せてくる。ですが、追跡するのは厄介だ。やつらは闇にまぎれる。低級な生物を操作する。無から炎を生み出す。だから我々は常にやつらの気配を察知しなければならない。癖でもいいし、本当に匂いでもいい。なんでもいいんですが……たとえば俺はこれを見ます」


 ヴィクシミュは壊された錠前を指差す。フィフス氏はノートとペンを持ってこなかったことを後悔している。


「これなんてわかりやすいんですが、吸血鬼ならそもそもこういう錠前を道具なんて使わなくても壊せる。といっても、あきらかに人外の力で破壊すれば自分たち異邦の者どもの仕業と割れることくらい連中もわかっている。だから、こういう盗賊に見せかけた偽装工作というのはよくやるんです」


 しかし、とヴィクシミュは腰に下げた剣の柄に手を乗せながら話を続ける。


「ですが不思議なもので、吸血鬼のそういった工作は、なんというか……『拙い』んです。どこがどう、というのは説明しづらいんですが、違和感があるというか、不自然というか、そう……空気の読めない男が気の利いたジョークを言おうとすること、ありません? ああ、言いたいことはわかるけど、なにも無理して今言うことないのに――そう思いつつも、表立って指摘するのもなんだから、とりあえずお茶でも飲んで場を誤魔化す」

「ありますね……あります」

「ああいう気分になるような、なんというか、哀れみを誘うようなミスをするんですよ。吸血鬼というのは。なぜなんだ、どうしてなんだ、と今までも多くのハンターが喧々諤々、言いたい放題に持論を展開していった結果、吸血鬼というのは本質がマヌケなのだ、我ら人間のほうが上等なのだ、という結論に達したハンターもいます。俺の知り合いにもいます。それはそれで勝手に納得していればいいんですが、俺はこう思う――あいつらは『長生きしすぎ』たと」


 ヴィクシミュの瞳には熱がない。そのどこまでも冷たく無機質な輝きが、講話を耳にする銀行員を震え上がらせていることに狩人は気づかない。


「放っておかれても死なないから、真剣になれない。自分が死ぬということを骨身から理解できない。剣で心臓を貫かれ、首と胴体を切断されない限り、永遠の若さと頑強さを保持し続ける種族。だから何をやらせても、血を吸ったり、ハンターと相対した時を除いては、連中は『朧に生きている』。それが俺の見解です」

「……この錠前にも、その『拙さ』があるんですか? つまりそれが、吸血鬼が侵入した証拠……?」

「いや、ないんですよ」


 あっさりとヴィクシミュは言った。フィフス氏はそれこそ気の利かない男のジョークを聞いたように凍結した。


「あの……言ってる意味が、よく」

「だから、ないんです。吸血鬼特有の、そういった気配、悪臭が。この家はどこをどう見ても盗賊に襲われた銀行員の家に見えます。少なくとも俺には」

「では、本当に盗賊が……? あ、だからあなたは『夜の心配をしなくていい』と?」

「それもありえない。なぜなら……」


 面白そうにヴィクシミュは、口調こそ丁寧だが友人に接するように、狩人専用の真紅の外套をはためかせながら銀行員を振り返った。


「あなたはご存知ないかもしれませんが、この一帯の犯罪者集団はね、つい先日一掃されたばかりなんですよ。この街には裕福な人間しかいない。あなたが密告して来ないということはマクロード家を恨んでいたような人間もいない。だから押し込み強盗なら必ず外部犯のはずだが……そういった連中は、もう存在しないはずなんです」

「でも、生き残りがいるのかもしれないじゃありませんか。詳しくは、知らないですけど……」

「吸血鬼を襲撃して、ですか?」


 フィフス氏は黙った。この賢い青年は、それですべてを悟ったらしい。

 ヴィクシミュは足で壊れた扉をコツコツ蹴りながら、


「この地域を根城にしていた盗賊団は吸血鬼を狩ろうとした。一応、賞金首ですからね、吸血鬼という連中は。目もくらむような大金にしてあるから、時々煮詰まった盗賊団が吸血鬼を襲うんですよ。上手く吸血鬼に取り入って、人間を横流しするやつもいますが……ほとんどの場合は一縷のチャンスに望みをかけて突撃、無事に喰われて死ぬわけです」

「でも……でも、それじゃおかしいじゃありませんか。あなたは、盗賊は全滅したから外部犯ではないという。同時に、この家には吸血鬼の痕跡がないから、やつらの仕業でもないという。では……ま、まさか私が犯人なんて言い出すんじゃないでしょうね」

「あなたの趣味がわかった。推理小説が好きなんだ」


 ヴィクシミュはぽんぽんとフィフス氏の肩を叩いた。


「俺もなんですよ、今度、なにか貸しますよ。仕事柄、希少本を手に入れる機会も多くてね」

「は、はあ……それは嬉しいんですが、あの、結局……私はどうすれば?」


 ヴィクシミュは肩をすくめて、おろしていた鋼鉄の口鎧を上げた。


「一つ言えることは、あなたは今夜、ぐっすり眠って構わないってことだけです」



 ○



 古城。


 水の都が、かつての圧政を忘れようと、近づいてくる野良犬を押しのけるように、手入れをせず、わざと道を埋没させ、忘れ去ろうと懸命になっている、支配の象徴――いかにも吸血鬼が好みそうな建築であり、また、吸血鬼は昼に弱る。それをフォローするために必ず込み入った罠を張り巡らされた洋館や城塞に住もうとする。

 乞食のフリをしていた吸血鬼が、そのまま乞食狩りに喉を切り裂かれたという逸話も、笑っていられるのは自分が人間だからだ。

 しかし今、ヴィクシミュを出迎えた外敵防除用の罠は、どれもかしこも調子が悪く、まっすぐ歩いてくるヴィクシミュにすら放った弓矢が当たらないような始末だった。

 脂も乾き切って火も点かない。これでは迷い込んだ小鳥すら仕留められないお粗末な仕掛けだ。

 ヴィクシミュは自由に暗闇で太り肥えたネズミを兵靴の先で払い除けながら、城塞の奥へと進む。

 夜目は利く。光はいらない。

 通常なら、吸血鬼の神経では、このような荒れ果てた防衛では安心して眠れない。

 彼らは執拗なほどに罠や封印を点検して回る。それは生き延びる為というよりも、ただ安心して眠るための妄執のようにヴィクシミュには思える。

 だから、この古城には吸血鬼などいない。

 それでも、ヴィクシミュは進む。


 城塞の奥に連れて、不思議となぜか本格的になり精度を増してきた罠を無効化しつつ、

 まるでハンターの手練手管を熟知した、高等吸血鬼が組み上げたような迷宮をたやすく通り抜け、

 そして、その大門の前に辿り着いた。


 呼吸の気配がする。

 荒れた、低く、細い息。

 呼吸を止めさえすれば誰にも気づかれず、長生きできると知りながら、それでも酸素を求めてしまう肉体の牢獄に繋がれた囚人の魂の感覚。

 それを守る神聖結界の封印文字をすべて焼き切りながら、ヴィクシミュは扉を開けた。

 ――拷問場。

 かつての領主が手慰みに領民をいたぶっていた、石積の大空間。

 各種さまざまな拷問器具が埃と錆に塗れながら、いつか再び栄光の瞬間が訪れるのを待っているかのように、鈍く松明の光を跳ね返している。

 そんな光の集まる中心に、男はいた。

 薄汚れた真紅の外套、その胸に輝く金象嵌の焔紋章。

 腰に吊るした剣は名刀匠バスカーの一振り、柄には蔦と花の彫刻が握りまで伸びている大業物。

 履き潰した兵靴は野戦に疲れ汚れ、そのそばには鉄の小さな檻と、そんな狭いところへ入れられる運命など拒否する権利があったはずの少女の身体が入っている。一目でわかった。凍死している。寝過ごしたのだ。

 ヴィクシミュは、その剣士の目を見た。

 脂火の集まる一点で、その炎よりもなお暗く燃え盛る生への執念を灯した瞳を。



 アースリー・メルデハイク。


 吸血鬼ハンター、だった男。








「眠れなかったか、アースリー」


 ヴィクシミュは剣の柄に左手を乗せたまま、一歩踏み出した。


「顔が疲れてるぞ」

「おまえか……ヴィクシミュ。なぜ、こんなところまで……」

「俺が言いたい。おまえはカルスナー討伐に出たはずだ。それがなんでこんな辺境にいる」

「…………仕事はやったさ」

「だろうな。で、どう思った。もう大変だからやめたい、と思ったか。……それとも腹いせに斬り殺した現地人たちの返り血が思ったよりも心地よかったか。今でもハンターを吸血鬼同様に忌み嫌う土地はある。おまえもそれに耐えきれなかったクチか?」

「ちがうね」


 アースリーは嘲笑した。


「おまえらよりも、俺は賢かったのさ。ある時、気づいたんだ。……人間を守ってどうなる? やつらは何も与えてはくれない。だが、吸血鬼はなんでもくれる。やつらは血に餓えているが、凶暴なばかりじゃない。ちゃんと交渉して、『人間売買』すれば、笑顔も気安いし、ジョークも上手い。商売相手として、なんの不自由もない」

「ああ、そうだろうな。だが残念だったな、やつらは食い物にも、服にも、本にも興味を示さない。大金を支払うのは血液のみ。そういうやつに売ったろう。これまで何人も」

「全然バレなかった。面白いくらいにな。なのに……」


 引きつった笑顔が悪鬼の形相に変わる。


「なぜ、来た。ヴィクシミュ……俺を見逃したってよかったはずだ、おまえには関係ないだろう!」


 ヴィクシミュは嗤った。また一歩、近づく。


「赦せるわけがないだろう、アースリー。自分は賢い、か。ああ、そうだな。みんな賢い。いいか、責める気はない。ハンターなら誰だって最初に吸血鬼を狩った時に気づく。ああ、これは大変だ。とっても大変な仕事だ。だから」


 ――人間を狩った方が、ラクだ。


「でもそれは、無理なんだよ、アースリー。誰だって思う。その方がラクだと。なぜそれがいけないんだと。吸血鬼に与し、人間を狩れば、吸血鬼は絶対におまえを攻撃しないだろう。おそらくこの世にハンターがいる限り、自分に味方してくれる人間を吸血鬼は噛まない。それほどまでにやつらの救いは、この大地の上には存在しないからだ」


 一歩、


「だからおまえは死ぬんだ、アースリー。それに気づいただけなら罪じゃない、だが人を一度でも狩ってしまえばもう戻れない。おまえは人間じゃなくなった。人間は、人間を狩ったりしないからだ。だからおまえは――吸血鬼だ」


 アースリーが剣を抜いた。


 瞬間、アースリーは勝利を確信した。

 撃発した踏み込みで石畳を砕きながらの突進で、ヴィクシミュの顔の産毛まで見えそうなほど接近しているのに、まだヴィクシミュは抜刀していない。

 ご利益たっぷりのご高説の披露に陶酔したのが所詮は貴様の器の底なのだ――そう思いながらもアースリーは必ずヴィクシミュならなにか隠し玉を持っているだろうと予感していた。

 それをわかっていながら、無謀な突進をした時点で、自分はすでに負けていたのだ。

 だが、どうやって――このまま袈裟斬りにするだけでやつは死ぬ、俺はただ、大きく構えてゆっくり振り下ろせばそれだけで――


 ヴィクシミュはアースリーの期待に応えた。

 おそらく、達人を騙る人間の全員が、そして達人と呼ばれるにふさわしい半数ほどの剣士が、ヴィクシミュが『抜く』と判断したはずだ。

 そこにまぎれもなく剣気があり、彼は最初から徹頭徹尾、殺意は左手にだけ携えて入門してきたと。

 だが、ヴィクシミュは左手をぴくりとも動かさなかった。

 まるで突進してくる旧友を受け止めるように半歩だけ先へ進み、

 右袖裏に仕込んだ小暗剣ナイフで、逆手に相手の心臓を刺突した。


 時が止まった。

 そのまま重力に従って振り下ろせばよさそうなものを、袈裟斬りにする寸前で、自制したかのようにアースリーの剣が停止していた。

 それは最後の情でも悔恨の念でもなく、中枢臓器を破壊された肉体がすべての筋肉を一瞬で硬直させたからだ。アースリーには後悔する時間も、それを表現する術も残されてはいなかった。

 それが、死ぬということだから。

 ナイフを刺されたまま、なにか恨み言のような血泡を吐き散らし、アースリーはずるずるとその場に少女のように座り込んだ。

 そのまま瞳が光を失っていく。わずかに震えながら、それに抵抗しようとするように幾度か瞳孔が収縮したが――やがてそれも収まった。

 胸に旧友からのナイフを突き立てられたまま、アースリーはその一生を終えた。

 そして彼の命を狩ったハンターは、ただそれを、無表情に見下ろしていた。

 痛みなどないかのように。




 ○



 古城を出ると、拍手が待ち構えていた。一人だ。

 ぱちぱちぱちと、どこか人を煽るような雰囲気。

 誰が待っているのか、アースリーの遺体を担ぎながら、ヴィクシミュにはすぐわかった。

 午後の陽光の中――そう、決闘はちょうど真昼に終わった――遺体をどさりと地面に下ろすと、ヴィクシミュは顔を上げた。


「マディオ。おまえは呼んでいないぞ」

「でしょうね」


 おざなりな拍手をやめて、マディオは肩をすくめた。まだ少年くささの残る、驕りの深い天才剣士。


「いや、お見事なお手並みです。どうせ盗賊の仕業と切って捨てられるだろう、と笑われていたあの銀行員の青年も喜ぶでしょう。ま、真実はどうあれ、盗賊ではなかったのだし、さらわれた娘は血を吸われるために囚われたんですから」

「聞いてたな。手を出さんのなら近寄るな」

「ひどいなあ」


 ハンター・マディオは薄笑いを浮かべて、アースリーの死骸を足の爪先で触れようとしたが、ヴィクシミュの眼光を見てため息をつく。


「心配したんですよ、これでも」

「嘘をつくな」

「まあ嘘なんですけど」


 悪びれもせず、懐から印章つきの手紙を取り出す。

 それを大仰な仕草で広げてみせ、読み上げようとし、その難解かつ鬱陶しい儀令文に嫌気が差したのか、ぽいっとそれを捨てて、マディオは告げた。



「アレックスが造反しました。討手は、あなたが指名されています」



 一瞬の間があり――

 ヴィクシミュは、友の死骸に刺さったナイフを抜いた。

 血を払う。

 その刀身に映り込んだ、自分の顔を見ないようにして、マディオに言う。







「だと思ったよ」



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