第2話 蝶の羽

 なんだか、いつもより良く眠れていた気がした。……けれども。


「……!? ~~!! ~~~~!!!」


  ──にわかに静寂は破られた。ボクの耳に届いたのは、外に響き渡る、雷のような怒声。それは聞き慣れた声だった。一気に現実に引き戻され、ハッと目が覚める。

 程なくして、の扉からお父さんが飛び込んできた。


「チクショウ!!あいつ、どうやって鍵をあけやがった!?」


 怒鳴り散らしながら、床に散乱したゴミを蹴り散らかす。反射的に身を竦めたボクがカサッと音を立てると、振り返ったお父さんと目が合った。


「なんだ、居るじゃねぇか……お利口さんだな」


 お父さんはニコニコと嬉しそうに近寄ってくると、その大きな左手でボクの髪を掴んで持ち上げた。臭くて真っ赤な顔が視界いっぱいに広がる。ボクは引かれる髪を手で抑えながら、歯を食いしばった。


「どうやって鍵を開けたんだ?なァ」


 質問と同時に答える暇もなく、無防備なボクのお腹めがけて、拳による打撃が見舞われた。

 痛みに悶え、体を捩ると、掴んだ髪が離される。お父さんは落ちるボクの横腹を、そのまま宙で蹴りとばした。ボールのように飛ばされたボクは、壁に背中を壁に叩きつけて落下し、床に崩れた。


「言わねぇンならしょうが…オィ汚すんじゃねェ!このクソガキ!!」

 お父さんはそのまま怒鳴り続けていたけど、聞き取る余裕なんてなかった。

 ──当たりどころが悪かったのかもしれない。ボクは我慢できずに、その場に嘔吐してしまったのだ。





「ん……なんだァそりゃ?」


 ──吐き出されたソレは、ぐったりしていたけど……まだその形を留めていた。

 そうか。あれは夢じゃなかったんだ──じゃあ、もしかしたら……本当に?

 藁にもすがる思いで、ボクは、朧げに光るそれに手を伸ばした。

「つれ…てっ……て──」


 震える指先が触れると、それは白く輝きを増しながら、パタパタと折り目を開くように薄く広がってゆく。そして、白いヴェール大きな煌めく薄い膜となったそれは、ボクを包み込むと、強く瞬いて──











あとには、罵声を上げて怒り狂う男と、ゴミの山だけが残された。

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