第3話 後の祭り

 ──ボクはどうなっちゃったんだろう。体の感覚がわからない。頭もぐるぐるする。胸が苦しくて、気持ち悪い。


 ……そんな中、近くで誰かの声が聞こえた。


「うっわマジでやりやがった」

「だって、しょうがないじゃん!」

「どうすっよ。絶対マズイっしょ」

「えぇぇ〜〜と、とりあえず!マジマは学長に指示を仰いできて!私は、この子をから!」

「っしゃーねーなー」


  直後、何かがバサッと大きくはためく音がすると、その場に静けさが戻った。







 


 ──ひんやりとした感覚が、スルスルと体のあちこちを撫でる。すると、少しずつ、体の感覚が戻ってくるのがわかった。くすぐったい。そっと手に力を入れてみると、手を握ることはできた……けども、体の節々がギシッと痛んだ。


「うぅ……」

「……ふぅっ、おはよう?もう大丈夫だよ。……よく頑張ったね」


 恐る恐る目を覚ますと、ボクは知らないお姉さんの膝に寝かされていた。覗き込む顔は、なんとなく悲しそうだけど、それでもニッコリと微笑んでくれた。

 ──滑らかな白く細い指が、ゴワゴワなボクの頭を優しく撫でる。いままで感じたことのなかった、ポワポワするような感覚。なんだか懐かしい気分だった。





 ふかふかな床に暖かい膝枕。いつの間にか、体の痛みもどこかに行ってしまった。心地よさに任せて、このまま寝ていてもよかったけど……ボクは何かおかしい気がして、うんしょ、っと体を起こした。


 ──飛び込んできたその光景に、思わず目が見開かれる。周囲には雲海が広がり、見上げた薄暗い空には、満月を讃えるように無数の星が輝いていた。

 ……信じられなかったけれど、ボクは雲の上にいたのだ。

「……ボク、死んじゃったの?」


 今まで見たことのない不思議な景色に。……なんとなく、そう思った。



 するとお姉さんは、

「ふふっ、大丈夫、ちゃーんと生きてるよ」

 とイタズラっぽく笑って、ボクのほっぺたを左右からプニッとつまむと、ムニムニと伸ばした。

「あまりに辛そうだったから、見てられなくって。つい連れてきちゃった」


 ……よくわからないけど、体からフッと何がか抜けていった。そして、思い出したかのようにボクのお腹はぐぅぅぅ、と鳴る。なんだか恥ずかしくなって、ボクは顔を俯けた。

「あ、そっか、レタフライ招待蝶を食べちゃうくらいお腹すいてたんだもんね。ちょっとまってね、たしか──」

  お姉さんが、肩から斜めにかけたポーチに手を伸ばした、その時。







 ──お姉さんの背後に突然、ブワッと何かが降ってきた。

「事情は聞いた」

 それは、真っ黒なローブにすっぽり身を包んだ……どうやら、人のようだった。所々に付けられた煌めく装飾品が、夜空の星のように輝く。頭には大きなつばのとんがり帽子を深くかぶっていて、顔は口しか見えなかった。

 少し遅れて、短髪のお兄さんがマントをはためかせながらドスッと着地した。


 お姉さんはパッと立ち上がって振り向くと、慌てて話し始めた、けれども。

「すみません学長!私──」

「まだセッションは切れてないな」

 学長と呼ばれたその人は、お姉さんの発言をバッサリ無視して横を通り過ぎると──手に持った背丈くらいありそうな大きな杖をくるりと翻し、宙に円を描いた。

 すると、空間に白い輪が浮かび上がる。その上部に杖がスッとかざされると、輪の内側が徐々に輝きで満たされていった。

 そして、輪が満たされ、完全な円になったかと思うと──















 ──刹那、その大きな杖が、光り輝く円を縦一閃に打ち砕いた。

「……」

「……」

「……」

「……え?」

 あたりには、砕け散った光る破片が、パラパラと降り注いだ。

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