1-4 舞台裏【動画じゃないよ】コンビ結成秘話






「……はい、オッケー!」



 三号くんと一緒に動画の最終チェックをして、投稿ボタンを押した。

 無事にアップロードされた動画はジワジワと再生数を伸ばしている。



「お疲れさまです」



 疲れた。


 僕は素顔を隠すためのライオン型ハーフマスクを外す。

 床にノートパソコンを直に置いただけの簡単な作業環境では肩が凝る。

 動画編集は嫌いじゃないけれど、一号みたいにテンション上げながら喋るのはあまり得意じゃない。


 でも三号くんは鉄壁のローテンションだし、動画のバランス的に僕が頑張るしかないのだ。



「これで今日の分はおしまいかな」


「やっぱり、三号の素顔とこの部屋についての疑問が多いですね」


「キミの素顔については、さっきの動画で答えたでしょ? 部屋についても説明いると思う?」


「視聴者さんの疑問には出来る限り地道に答えることが、動画配信者の心得だって言ってませんでした?」


「よく覚えているなぁ……」


「まだ若いので」


 黒いマスクをちょっと摘まみながら、三号くんは目を細める。


 たぶん笑ったのだろう。


 小さな顔には不釣り合いなんじゃないかと思うほど大きな黒いマスクに黒いキャップ。


 くっきり二重瞼の目元が印象的で、色素の薄い虹彩にくるんと綺麗にカールしたまつげ。

 そして帽子の隙間からのぞく鮮やかな金髪。

 もしかして、どこか外国の血が入っているのかもしれない。


 さっき動画で言った「三号くんの素顔を見たことがない」と言うのは本当だ。



 実は、僕と三号くんの新生ゴーストイーターが誕生したのはほんの一週間前なのだ。



 一週間の間に必要な言葉だけ交わして、事故物件を訪ねて、動画公開と相成った。

 事故物件や、事故物件かもしれない物件の依頼はけっこうある。

 不動産業は、どこも困っているらしい。

 ただ、僕ひとりだけでは『ゴーストイーター』は活動できない。


 事故物件での動画撮影中、突然行方不明になってしまった一号を探す手だてもなく、半年間途方に暮れていたところにメールをくれたのが三号くんだったのだ。


 彼は一言「一号さんに恩がある」と言って僕に協力を申し出てくれた。


 そして一号が消えた部屋に今、ふたりでいる。



 何もない、真っ白な部屋だ。



 全てが不自然なほどに白いから、視聴者さんが「白すぎる」と感じるのも無理はないと思う。

 お位牌があった部屋と似たようなワンルームマンション。

 違うのは、ここにはもう誰も住んでいないということ。


 5階建てのマンションなのに、どの階にも入居者がいない。

 不動産屋の涙ぐましい努力というの名のリフォームも全く成果をだしていないらしい。

 

 しかも、このマンションで誰かが不幸にあったという記録もない。


 それなのにどうして……という依頼を受けて動画を撮ろうとしたけれど、それが一号を見た最後の姿だった。



「どうして、前のゴーストイーターでは会議室なんて借りていたんですか?」


「一号のアイデアだよ。それに、会議室は一つじゃないんだ。複数借りて、ぐるぐる回してた感じ。どれも似たようなつくりだから、視聴者さんには同じ場所に見えたのかもしれないけどね」


「ふーん……」


「一号が言うには、ずっと同じ場所でホンモノが映っている動画配信なんかしたら……えっと、ケガレ? が溜まって悪いものを呼び寄せるんだって」


「ケガレ、ですか」


「うん。でもそれって持続力の弱いものだから、同じ場所で連続配信とかしなければ大丈夫だって聞いたけど……僕たち、今からそれをしようとしているよね?」


「ハイ。一号さんが消えた真相を確かめるためです。ここにケガレを溜めて、もう一度、一号さんが消えた状況を作り出しましょう」


「一号を引きずった幽霊をおびき出すってこと?」


「幽霊かどうかは分かりません、今は何の気配もないので。でも、心当たりはあります。一号さんを連れ去った存在について」


「そっか。一号もキミも、本当に霊感ってあるんだな……」


「霊感、と言うよりも勘が鋭いんでしょうね。何より、こんなことをしても一号さんがもどってくるという保証はないですけど」


「構わないさ。何もしないよりマシだ」


「危険に晒されるかもしれませんよ?」



 僕の隣に膝を抱えて座っていた三号くんの声が少し曇った。


 黒い帽子とマスクに色を合わせているのか、サイズの合っていないダボダボの黒パーカーの裾を引っ張って足首まで隠しながら言う。



「それは動画担当のキミの方が危ないんじゃないか?」


「三号は、身の守り方をそれなりに知っていますから。浅葱さんがだんだん痩せていくのが心配で言っているんです。コメントでも指摘されていたじゃないですか」


「一応、食べているんだけどなぁ……」



 嘘だ。


 一号がいなくなってからというもの、何を食べても味がしないからロクに胃におさめていない。

 僕たちはコンビだったのに、彼だけを犠牲にしてしまったという意識が強い。


 罪悪感……とでも言えばいいのだろうか。



「……浅葱さん?」


「あのさ、いい加減キミの名前教えてくれない?」


「いやです」


「それじゃ、プライベートでも僕のこと二号って呼んでよ。動画の中で本名出されるの本当に辛いんだけど」


「新人★浅葱優斗のブログ、楽しく読ませてもらいますね」


「やめてください、おねがいします。名前なんてただの記号だよね!!」


「そういうことです。最後に、お互いの目的を確認しておきましょう」



 三号くんは立ち上がって黒いリュックに荷物をまとめはじめた。

 本当、全身黒ずくめだな……。



「僕たちの目的は、消えたウスバカゲロウ一号を探すことだ」


「はい。一号さんを連れ去った存在を呼び出すために、同じ部屋で動画配信を続けてケガレをためましょう」


「事故物件の調査依頼だけはたくさんあるからなぁ」


「物件に囚われた魂も、できれば解放してあげたいです」


「無理はしないでいいからね。そりゃ、ある程度の話題性と再生数は必要だろうけど」


「三号は一号さんに恩がありますし、浅葱さんは一号さんの友達だったと聞いていますが」


「友達って言うか……僕も一号には助けてもらったからなぁ」


「また聞かせてください」


「もう行くのかい?」


「そろそろ塾の時間なので」


「……未成年って、本当だったんだ」


「三号は高校生ですよ」


「それなら、平日に連れ回して悪かったね」


「構いません。通信制なので。……これ以上は言えませんけど」


「……分かった。今後、動画内で話題にするのは止めるよ」


「ありがとうございます。まあ、三号は今後も浅葱さんの名前をうっかり口にするかもしれませんけどね」


「なんで!? ちょっと僕に厳しくない!?」


「最近の高校生って、みんなこんなもんですよ」



 そうなのか?


 黒いマスク越しだとどうにも表情が読めない。

 だけど、彼の力なしでは一号を探すことなんてできそうにない。



「……わかったよ」



 僕も自分の荷物をまとめて立ち上がった。

 ハーフマスクは鞄の中だ。


「じゃあ、塾まで送ってあげる」


「遠慮します。援助交際だと思われそうですし」



 ん〜……最近の高校生ってみんなこんな感じなのかな?


 僕にはよく分からないや……。



「じゃ……次の動画でまたよろしくね」


「はい、ごちそうさまでした」


「ばいば〜い」


「……ばいばい」



つい癖で気安く別れの挨拶をしたら、控えめに手を振って応えてくれた。


その仕草はどこか幼くて、そこだけ見れば確かに高校生なんだなぁと思った。




あぁ、一号。

君はいまどこにいるんだ?


会いたいよ。




僕は、君に会いたい。








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