(3ー8)答え合わせと本質

長い眠りから覚め、おぼろげな記憶をそっと仕舞いながら重たい瞼を上げる。

眩い光が差し込み、目が慣れるまでのほんの一瞬の間に思考を整理する。と言っても難しいことを考えるのではなく、本能的に、己の存在を確かめるこの一瞬が、勝利はこの上なく好きだった。


軋む体が、生存の香りを匂わせて、ようやく己がそこにあることを実感する。

体を起こそうか、もう少し横になっていようか、普段意識しない小さなレベルでの選択が、寝起きのこの瞬間には無数にあった。自身のことを自身で決めているという感覚はある意味承認欲求に近いのではないだろうか。ぼんやりとそんなことを考えているのは、あんな夢を見たからかもしれない。


思考を一旦切り上げて、周囲の状況を確認しようと体を起こそうとする。幸いにも敵意感知は作動していないし、かなり深い眠りだったにも関わらず、身の危険がなかったということは業鬼丸が安全を確保したということだろう。主従関係が魂レベルで構築されているからこその安心であった。


丁度、頭を持ち上げようとしたところで、なかなか体が持ち上がらないことに気付く。まだ自分は寝ぼけているらしい、思考はクリアなはずなのに、頭の下が妙に柔らかい。不可思議に思いつつも、更に周囲の状況を確認しようとする。光にも慣れ、焦点が定まってきたその瞬間、見慣れぬ顔が己を覗き込んだ。


「・・・君は、誰だい?」


当然湧いた疑問を口に出す。先ほどまでの夢で浮ついた頭はまだあまり回っていないようだ。


「おはようございます。私は小鳥遊真理亜と申します。あの時助けて頂いた恩を返しにまいりました。」


「・・・あの時……。あ。」


一瞬の思考の後、勝利はふと思い至る。数週前まで見ていた夢の、忘れられないあの事件の時の少女だと。


「・・・少し、大きくなったか?」


「ええもちろんですとも。あなたに会うために心も体もばっちり成長してきましたよ!」


屈託ない笑顔でそう告げた少女の顔は、あの時の恨みつらみなど一切なく、ただ純粋な笑顔だった。だからこそ、勝利は自分のことが後ろめたくなる。あの時自分がきっちりと考えて戦っていればこの少女の知り合い、もしかしたら肉親の可能性もある、そんな人を救うことができたかもしれないのだ。


「どうしたのですか?は、もしや私の顔に、見惚れた!?」


まったくの見当違いな発言だが、今の勝利はその勘違いを利用しようと考えた。自分の恥を隠すために。


「そ、そうだな。そういえば、俺を襲ってきたやつらはどうなったんだ?」


「はい、その方々なら私が倒しました!ぎったんぎたんのばったんばたんにしてやりましたとも!」


小鳥遊の言い放った事実に、勝利は純粋に驚く。意識が朦朧としていたこともあり詳しい戦力や数こそわからないが、それでも目の前の少女が圧倒したと言い放ったのだ。


「一体どうやって……」


方法を問いただそうと言葉を連ねつつ、周囲を見回した勝利は、目に映ったものに対して再度驚きの表情を浮かべる。


「こ、これ、君のか?」


目の前には跪いた状態で鎮座する鋼色の甲冑。よく見れば薄らと蒼みを帯びたその表面は光沢を帯び、微かに聴こえる低音が、甲冑ではなく人型の機械であると勝利に気付かせる。


「はい!私が半年間、寝る間も惜しんでダンジョンと地上を行き来した集大成です!いやー間に合ってよかったですよ!」


「間に合う?なに、は聞かなくてもわかるか。なんでこうなるってわかったんだ?」


勝利は階層主を倒し魔王に正式になったことで気を失った。そこを謎の集団が襲ってきた。問題はこの事態が起こることを知っていたと示唆する少女の言葉だ。


「いやー、まさか倒れてるとまでは知りませんでした!共闘して戦力っぷりをアピールするつもりだったんです。結局1人でやっつけちゃいましたけど。これはこれで結果オーライですね!」


微妙にズレた回答に、勝利は首を傾げる。もっとも絶賛膝枕中であり、加えて少女の体はまだ小さいと言って差し支えない。面積が小さい場所で身動きをとればどうなるかは一目瞭然。


「痛っ。」


ごつん地面に当たる勝利の頭。そこまで痛くはないが、反射的に声が出てしまう。


「だめですよー動いちゃ。勝利さんは疲れてるんですから、もう少しここ、使っていいんで・す・よ?」


地面に情けなく転がる勝利の頭に覆いかぶさるようにして小鳥遊が微笑みながら提案する。

ただ、勝利はその提案を一切の考慮無しに切り捨てむくりと上半身を起こし少女に向き直る。


「すまん、先にやることがある。ありがとう、助けてくれて感謝する。」


頭を地につける勢いで感謝の言葉を述べる勝利。小鳥遊はあたふたと勝利の頭を上げさせようとする。


「そ、そんな!こちらこそあの時助けて頂いた恩を返しにきただけなので!だからその、謝らないでください!」


「いや、それもだ。あの時俺がしっかりしていれば、死ななくていい人を救えたかもしれないんだ。」


思い出さないように蓋をした記憶がここに来て溢れる。見たくもなかったものを無理やり見せられたにしても、それでもこの記憶は勝利のもので、目を背けるわけにはいかなかった。


「あれは!あの人たちは罰が降ったというか!私をあの魔物に食わせようと突き飛ばしたから私は助かっただけなので!気にしないでください!」


「え?」


思いもよらぬ言葉に勝利は硬直する。

なにを言ったのだろうか、助かった?突き飛ばした?理解が追いつかず、口を半開きにしたまま小鳥遊の言葉が続くのを茫然と聞くしかなかった。


「それに、たとえ勝利さんが気をつけていたとしても救えるものだったんでしょうか!私たちは丁度壁の向こう側にいて見えていないわけですし!気に病むことでは無いと思います!」


必死に他人の弁明を図る小鳥遊。何をそんなに必死になっているんだろう、そう勝利が思っている間にも、小鳥遊の言葉は続けられる。


「だいたい、あなたが救った命が目の前にいて、あなたに感謝を述べているのに、それを無かったことに、しないでください!!」


なにやらヒートアップした小鳥遊は、次第に語気が強くなり、最後には説教のような圧力を伴ったものへと変わっていた。


「……きみは、助かって、感謝している、ただけ?」


少女の言葉がじわりと滲む。

勝利はあの時たしかに取れる選択肢があったかもしれない。戦場を制御し切れないほどの力を悦に入って使ったのはたしかに悪い選択肢だったろう。しかし、それでも仕方ないと小鳥遊に言われたことで、重しになっていたあの日の記憶が、助けた少女の、不鮮明ではっきりしない最後の顔を、ようやく思い出す。

はっとした表情の勝利の顔を見て、とびきりの笑み。


目の前に浮かぶ笑みは、あの時のそれと、瓜二つだった。


◇◆◇◆


「そうか、そんなことが……。」


憑物が落ちたような顔の勝利は、小鳥遊にことの経緯を聞くことにした。その結果、なぜ襲われたのかと、なぜ少女が襲撃を知っていたのかを知ることができた。


「すまん、整理する。まず、俺が襲われたのは他の魔王で探知に優れた奴がいて、そいつらが手下を使って魔王大戦を終わらせようとした、でいいな?」


少女が言うには、魔王化した何者かが、密かに溜めていた技術力を手下に使わせ早々に魔王大戦を終わらせようとしたのだと言う。


「それで、その何者かは小鳥遊の篭っていたダンジョンを同じく利用していて、それで企みに気がついたと。」


小鳥遊は偶然敵組織の企みを立ち聞きしてしまったらしい。どうにも無用心だと思わなくも無いが、その時話していた場所は魔物も人も寄り付かない小さい洞穴程度の場所らしかった。さらに、その奥の一見して壁にしか見えない場所の裏側、小さい亀裂から入ることができる小さな空間に寝泊りしていた小鳥遊ははっきりと勝利の名前を聞いたそうだ。


「はい!あいつら!勝利さんを事もあろうに駆逐対象だと!襲撃日まで決めて、住所も、どこで活動しているかも調べて!私だってまだやらなかったのに!」


「いや、まだってなんだ、おい。」


「え?あ、いやーまだ、やってないなぁーって、それだけですよぉー。」


「いや、全く弁解になってないけどな?」


「えへへ、大丈夫です、合法にやれば!」


なんとも言えず恐ろしい子だなと思いつつ、勝利は敵の企みを思案する。今の勝利は魔王化によって魔王大戦の内容も知っている。だから探知に優れたと言う部分が間違っていることもわかる。


なぜなら、勝利はすでに他の魔王の存在を肌で感じられるのだから。


(俺が最後か。勝手に自分が最強かと思ったたが、存外世に出てない奴らは多いんだな。)


心の中でそう呟いた勝利の顔はダンジョンに挑み始めた頃の、状況を純粋に楽しんでいるといった表情になっていた。

既に心のしこりは取れた、やってきたことは無駄じゃなく、救えた人もいた。一人でやってきたつもりだったが、小鳥遊に助けられたことでそれも違うとはっきりわかる。


「わかった。ならぶっ倒しに行こう。売られた喧嘩は買わないとな。」


「はい!勝利さんがそう言うなら私が全部滅ぼします!」


ここに、魔王の一柱が倒れる運命が、決まる。

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